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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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72.吉村順三記念ギャラリー「松風荘」

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松風荘(しょうふうそう)は1954年、

ニューヨーク近代美術館(MOMA)の中庭に、

吉村順三の日本の住宅の原点であるとの思いを

世界に知らしめた建築です。

この計画は

ニューヨーク近代美術館の建築主事である

フィリップ・ジョンソン、

アーサー・ドレックスラー、

ロックフェラーと

関野克氏らの要望で、

中世の武家の住まいを紹介するものでした。


松風荘の設計に関して

展示用パンフレットに書かれた

吉村順三の文章を引用してみます。

※ ※ ※ ※

吉村の記—1


近代美術館での僕の仕事は、普通の仕事ではなくて、日本を紹介するというのが目的ですから、それにふさわしいものにしたわけです。

自分のオリジナルでもないし、そうかといって、日本そのままでもないわけですね。アメリカの人たちが消化しやすいようにしてあります。

シカゴ万博で平等院がでたり、サンフランシスコのゴールデン・ゲート公園の日本庭園が出来たりというのが日本的だと思われていたんですね。

日本建築にはこういう合理性がある。合理性があっておもしろいんだということを僕が主張して、だんだん向こうも分かってきたんですよ。そういう意味で日本建築というものに、非常に興味を持つようになったわけですね。

エキゾチックというばかりでなくて、ちょうどモダンな建築がはやってきた時期ですから、それと同じようなことで、日本建築も入ってきたわけです。

僕のほうは、そういうことをすでに感じていました。このデザインの中には、アメリカ人にも理解できる近代的なものがあるということをね。


吉村の記—2


20階、30階のビルに囲まれてた狭い土地で、小さな日本の平屋がどう見えるかと心配していたが、できてみると桧皮の屋根の曲線が周囲の建物と強い対照を見せ、白い築地に囲まれた庭が静かな額縁となってかえって効果的であった。

庭と建物が一体となってつくりだす環境は、西洋にはまったく新しいもので、日本が数百年も前からこのような家をつくってきたということに人々は驚いている。

鉄とコンクリートの町の中で苔のある石、柔らかな庭木の曲線、泉水の音、青畳、桧の木肌、襖の軽い線等の構成が心のやすらぎを感じさせるためか、広縁に座って何時間も庭をながめて動かない人々が少なくなかった。

私にとっては、機械的に近代化されたアメリカの建物と洗練された手工業による日本の建築を対照して見ることができて非常に得難い経験だった。


(展示用のパンフレットから引用)


※ ※ ※ ※



1908年生まれの吉村順三が

松風荘を完成させたのが1954年なので、

吉村順三が46歳のときです。

完璧なまでの日本建築を設計した

吉村順三の力量には驚きます。

おそらく青年のころから、

いや幼少のころから

日本建築に親しみをもって

接していたのでしょう・・・。

松風荘の展示では、

今まで見ることができなかった

写真や図面が多く展示されていて

貴重な展覧会でした・・・。


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配置図


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平面図


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天井伏図


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屋根伏図


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床伏図


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小屋伏図


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立面図


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立面図


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断面図


※ ※ ※ ※



松風荘はMOMA2年間展示されたあとに

フィラデルフィア市郊外の

フェアマウント公園に移築されました。



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# by y-hikage | 2019-01-15 14:07 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)