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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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神宮外苑再開発

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3月のとある水曜日、


明治神宮外苑の銀杏並木を


見に行きました。


外苑の銀杏並木を


見るのははじめてでした。


昨年から明治神宮外苑地区で


神宮球場などを建て替え、


新たな高層ビルをつくる再開発を巡り、


自然環境への悪影響を


心配する声が広がってきました。


昨年の3月に亡くなった


世界的音楽家の坂本龍一さんが


この再開発によって


多くの樹木が伐採されることに


異を唱え、


東京都の小池百合子知事に


計画の見直しを求める手紙を送り、


大きく報道されたことで


この再開発の問題について


多くの人々が感心をもつようになりました。


作家の村上春樹さんも


「この再開発に個人的に強く反対している」


と語りました。


様々な新聞記事を読みながら、


この再開発される場所は


どのようなところなのか、


いつか見に行こうと心に決めていました。



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10年以上前に聖徳記念絵画館は、


建築的に興味があったので


見学にいきましたが、


銀杏並木を見るのははじめて・・・。


地下鉄外苑前駅を通り過ぎて、


銀杏並木入口に立って


眺めて驚いたのは、軸線の美しさでした。


この美しい銀杏並木の軸線は、


まっすぐに聖徳記念絵画館に向かっています。


周辺に高い建物がないせいか


よりいっそう軸線の美しさを際立たせています。



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聖徳記念絵画館



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聖徳記念絵画館を


背にして銀杏並木を見る風景



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写真で見る銀杏並木の軸線と


聖徳記念絵画館の関係


右上の巨大な白いリングは国立競技場



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黄金色に輝く銀杏並木



明治神宮は、明治天皇と


昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)を


祭る神社で、


1920年(大正9年)に建築されました。


代々木駅と原宿駅を結ぶ線路の外側に、


本殿などの神社の施設が集まっていて、


この神域を「内苑」と呼びます。


今回、再開発計画が進む「外苑」は、


内苑から東に約1キロ離れた


山手線の内側にあります。


外苑は明治天皇が成し遂げたことを


後に伝えようと、


国民が寄付や献木をしたり、


ボランティアをしたりして造営され、


1926年に完成しました。


再開発のきっかけを調べてみると、


東京都が201012月に


神宮外苑周辺をスポーツ施設が


集まる拠点にする方針を


発表したことによるようです。


2020年には土地を所有する


明治神宮などが再開発計画を提案し、


都に認められそうです。


外苑はもともと、


景観を守るために開発を制限する


「風致地区」や「都市計画公園」に指定され、


建物を15m以下にすることが


決められていました。


風致地区は、5つのランクに分かれ、


再開発地域は、最も厳しく制限される


A」地域としていましたが、


東京五輪の前に


国立競技場が建つ場所では


75mまで緩和され、


再開発計画地全体では、


いつの間にか、風致地区規制の


最も緩い「S」地域に変更され、


190mまで高い建物を


建ててよいことになったそうです。


再開発するのは、


〇明治神宮


〇三井不動産


〇日本スポーツ振興センター


〇伊藤忠商事


4者で、


本来なら明治神宮の杜を


守り継承すべきだと思われる


明治神宮自身が


再開発の関わっているのが、


ぼく個人的にはたいへんな驚きでした。


再開発では、17.5ヘクタールの敷地内で、


現在の神宮球場とラグビー場を


入れ替えて新しく建て直すほか、


商業施設が入る超高層ビル2棟が


整備されるそうです。


新聞記事によると、


2024322日に工事が始まり、


神宮第2球場の解体が


進められているとのことです。


再開発計画は2035年に完了する予定で、


総事業費は約3490億円のようです。


明治神宮によると、


神宮全体の収益構造の約8割を


外苑が担っており、


さらに外苑の収益の7割を


神宮球場が占めているとのことです。


ぼくは今まで、


明治神宮は神宮の杜を守る


神社だと思ってきましたが、


多大な収益を得る


民間企業だとは知りませんでした。



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明治神宮外苑の現在と再開発計画


新野球場が銀杏並木に迫り、


新ラグビー場が


既存樹木の上に計画されています。



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再開発計画の問題とされているのは、


自然環境への悪い影響です。


再開発を進める事業者は


計画外の土地も含めて高さ3m以上の樹木を


743本を伐採するそうです。


また外苑のシンボルである


146本の銀杏並木まで


最も近い場所で約8mしか


離れていないため


銀杏の根が傷つく心配も懸念されています。



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聖徳記念絵画館にむかって左側の歩道。


この歩道のすぐ横に


新球場が迫って建築されます。




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村上春樹さんが


再開発に強く反対する新聞記事


◇◇◇


銀杏並木の歩道の脇に


「明治神宮外苑の記」と書かれた


碑文が立っていたので読んでみます。


再開発を主導する人たちに、


この碑文を心あらためて


読んでほしいと思いました。


◇◇◇


「明治神宮外苑の記」


明治45年(1912730日に、


明治天皇(第122代の


天皇・今の天皇の高祖父)、


大正3年(1914411日には、


昭憲皇太后(明治天皇の皇后)が


お亡くなりになりました。


これを伝え聞いた国民の間から、


御二方の御神霊をお祀りして、


御遺徳を永遠に追慕し、


敬仰申し上げたいという機運が高まり、


その真心が実って、


大正9年(1920111日、


代々木の地に、


明治神宮の御創建となったのであります。


明治の時代は、日本の歴史を通じて、


政治・経済・文化・スポーツ等の


各方面において、驚くべき躍進を遂げ、


近代国家としての基盤が確立されましたが、


その原動力となられた


天皇の偉大御事業と御聖徳の数々を、


永く後世に伝えたいものと、


明治神宮外苑の造営が


進められることになりました。


これがため、


明治神宮奉賛会が設けられ、


天皇が御在世中、


しばしば陸軍観兵式を行わされ、


又、御葬儀がとり行われた


旧陸軍青山練兵場の現在地に、


皇室の御下賜金をはじめとして、


ひろく全国民の献金と、


真心のこもった労働奉仕により、


十余年の年月をかけて、


大正15年(192610月に、


明治神宮外苑は完成しました。


苑内には、


天皇・皇后御二方の御一代の御実蹟を、


有名画家が描いた


80枚の大壁画が掲げられている


白亜の殿堂、聖徳記念絵画館を中心に、


野球場、競技場その他の多くの


優れた運動施設が設けられ、


御仁徳をお偲びしつつ、


青少年の心身鍛錬の場として、


或いは遊歩道を


楽しむ人々の憩いの苑として、


崇高森厳の気漲る内苑と


相俟って造成されたもので、


永く後世に残されるものであります。


外苑造成工事全く成り、


奉賛会より明治神宮に奉献するに当たり、


事情の概要を記し、


後の世の人々に伝えるものであります。


明治神宮奉賛会 会長 徳川家達


◇◇◇


そしてまた、


上記の碑文のほかに、


「銀杏並木」という解説文が


「明治神宮外苑によって」書かれた


解説が立てられていたので、


こちらも読んでみます・


◇◇◇


銀杏並木


いちょう(銀杏・公孫樹)


銀杏は、現存する


最も古い前世界の植物の一つです。


地質学上中世ジュラ紀


15000万年前、


巨大な恐竜が棲息していた時代)に


地球上にひろく分布し、


生育していた樹種です。


従って、


その化石の発見は極地より南北両半球、


中国・日本にまで及んでおります。


氷河期の到来により、


多くの地方では、銀杏樹は絶滅しましたが、


温暖な気候を保ち得た中国では死滅を免れ、


生育を続けて現在に至っております。


日本の銀杏は、


この中国より渡来した樹種で、


現在では街路樹・防火樹・庭木として


ひろく植えられており、


「東京都の木」ともなっております。


現在では東南アジア以外では


ほとんど植えられておりません。


並木の本数は


146本(雄木44本・雌木102本)


四並列の銀杏の大木が作り出した、


世界に誇り得る銀杏並木の景観。


これを通し、

正面に白亜の絵画館を望む


人工自然美の素晴らしさ。


若葉・青葉・黄葉・裸木と


四季折々の美しさ。


長年にわたる管理、手入れの良さが


見事な樹形を作り出しております。


この、明治神宮外苑は


大正15年(19261022日の


創建でありますが、


その苑地造成に当たり、


青山通りの正面から直線主要道路は、


左右歩道の両側に植樹帯を取り、


銀杏並木をもって四条の並木を


造成することになりました。


これは銀杏樹が、


樹姿端正・樹高よろしく・


緑量も豊富・気品高く・


公害にも強く、威厳を保ちつつ


年間を通しての来苑者に好景観を呈示し、


外苑の広幅員街路の並木として


最適なものとの考えによるものです。


この外苑の銀杏樹が、


この世に実生えたのは、


造園会の泰斗・折下吉延博士


(外苑造成時の庭園主任技師・


昭和4188歳で没)が、


新宿御苑に奉職中の


明治41年(1908)新宿御苑在来木の、


銀杏樹から銀杏を採集し、


これを種子として代々木の


宮内省南豊島御料地内


(現在の明治神宮内苑)の


苗圃に蒔いたことによります。


その後、苗圃の木々はすくすくと成長し、


その数1600本にもなりました。


外苑造苑に当たり、


この銀杏樹を採用することとなり、


既に樹高6メートル内外に成長していた、


これら多数の中より候補樹を選抜し、


更に並木として適格になるよう、


年々樹形を整えてきたものを、


大正13年(1923)に植栽したものです。


直路四条の並木と、


途中西折して女子学習院正門


(現秩父宮ラグビー場)に


至る二条の並木も同時に植えられています。


最高24メートル・


目通り周り1メートル80センチ、


最低17メートル・


目通り周り1メートル80センチのものを、


樹高順に青山口より降り勾配に


従って植えられております。


絵画館を望む見事な遠近法です。


この銀杏が、苗圃で実生えてより実に80余年、


外苑に植栽されてより早や70年、


このように雄大に・


見事な樹形を保ちつつ成長しております。


銀杏樹は植生の環境、手入れが


適当であれば、


その成長量がいかに偉大であるかを、


如実に物語っております。


樹木の運命は、


その立地の適不適によって


決められるものでしょうが、


よき所で、よく育てられ、


よき場所に植えられた樹木ほど


幸運なものはないでしょう。


同じ時期に、同じ苗圃で


育てられてきた、


これら多くの兄弟木は、


世にも稀なる幸福な樹木と言えましょう。


今後幾百年、これら兄弟木の銀杏は


成長に成長を続けて老大成し、


その偉大なる雄姿を発揮し、


外苑々地と融和し、


我々に見事な人工自然美を


楽しませてくれることでしょう。


平成御大礼の日 之を建つ


平成21111


明治神宮外苑


◇◇◇


銀杏並木が植樹されて今年で101年です。


明治神宮外苑によって書かれた、


この文章を読み終えてますます、


銀杏並木を


保存継承しなくてはならないと思いました。



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# by y-hikage | 2024-04-08 15:44 | 建築巡礼 | Comments(0)