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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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「 建築の日本展 」その2

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森美術館で917日まで

開催されていた「建築の日本展」。

展示会場では一部を除いて撮影禁止でした。

展示内容を記憶するには、

目で記憶するか、

スケッチするかの二通りしかありませんでした。

僕は気になった模型を短時間で

ラフスケッチしましたが、

ある時、

壁にかかれた言葉が気になりはじめました。

高額な図録を買えば、

その言葉も手に入るかもしれませんが、

買うのをやめて記録することにしました。

以下、

「 建築の日本展の言葉 」の

一部を紹介します。

記名のないものは、

書き忘れたか、

書いてなかったのかのどちらかです。


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○やはり昔のものの中からいいものを一杯集めてよく勉強してそういうのを再編成することが即ち創造だと思う。(吉村順三)


○生活機能と対応する建築空間が美しいものでなければならず、その美しさを通じてのみ、建築空間が機能を人間に伝えることができる、ということを否定しうるものではない。このような意味において「美しき」もののみ機能的である、といいうるのである。(丹下健三)


○建築の実質は屋根と壁で囲まれた空虚な空間に見いだされるのであって屋根と壁そのものではない。(岡倉天心)



○祖先への郷愁としてではなくて、むしろ輝かしい構想力にみちた現代的象徴として民家を保存すべきである。(伊藤ていじ)


○材料のみで「色」を添えんとしている・・・桂離宮。(ブルーノ・タウト)


○安らかな屋根


○柱 間の立ち現われ(磯崎新)


○木に宿る魂


○柱は力そのものの表現


○風景をも建築化した。


○建築は自然の一部である。


○光と素材と意匠が渾然一体。


○連なる空間


○建築の意味の問題というのは、建物が成立する網の目の中にその建物の居場所を見つけていくことである。(塚本由晴)


○集まって生きる形


○開かれた折衷


○ル・コルビジェの大切な理論であるモデュールの標準化と規格化について、当時私たちはまだ実現できていなかった。しかし日本家屋にはそれが当然のように行われているのを目にすることができた。


○ぼんやりとした境界。(藤本壮介)


○そこには装飾がない。骨組みが「あらわに」なっている壁は可動であり、「近代」建築家がお気に入りの可変性の原理がある。しかも設計は「モデュール」にのっている(きわめて近代的だ)。



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法隆寺中門の模型をスケッチ。

展示の中で最も好きな建築でした。


・・・・・・

次回、「建築の日本展」その3に続く。






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# by y-hikage | 2018-09-22 14:04 | 建築巡礼 | Comments(0)