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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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吉村順三の鎌倉山の茶室

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2002年に竣工した

鎌倉山の茶室「宋春庵」の工事中に、

職人さんがこの現場の近くで

「中村外二工務店」の名前が

書かれた軽トラックを見た。

と言いました。

さだかではありませんが、

鎌倉山で

吉村順三が設計した

住宅と茶室があるという噂は

聞いていましたが、

本当かどうかわかりませんでした。

吉村順三記念ギャラリーの

スタッフさんにその存在をたずねてみたら、

鎌倉山にたしかにありますが、

個人宅なので場所は

お教えできませんという

答えが返ってきました。


気になりながら、

忘れつつ思い出しつつ何年も過ぎた今年、

CacaBRUTUS230号に

いきなり吉村順三の

「鎌倉山の家」と「鎌倉山の茶室」の

リノベーション記事が

巻頭で特集されていたのを見て、

腰をぬかしました。

記事には当然のごとく

場所は特定されていません。


ある時、

知り合いのツイッターの記事に、

吉村順三が設計した住宅を改修した

ink gallery」を

自転車で走っていたら偶然見つけたけど、

汗だくで入れる状態じゃなかった。

みたいなことを

書いていたのをみつけて、

ink gallery」の場所を

やっと特定できました。


その場所はまた驚くことに、

僕が設計した茶室「宋春庵」の

となりのとなりのとなりでした。


最近、思うのですが、

時間が20年目から30年目にして、

ぐるっとひとまわりした感じがします・・・。

いろんな意味で・・・。


ともあれ、

吉村順三が設計した

「鎌倉山の茶室」と

「鎌倉山の家」を最終日に見に行きました。

最大の目的は、

中村外二施工の

茶室の意匠と技術を盗むこと・・・。

そして可能であれば

吉村順三の住宅の空間を体験すること・・。

残念ながら住宅の見学は無理そうでした・・・。


中村外二の数寄屋は

僕なりに解釈すると「切れ味がいい」空間です。

昔、日影アトリエのスタッフが

ミース・ファンデル・ローエみたい!

と言いましたが僕もそう思いました。


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ここからは住宅編・・・。

内部を見学できないのが残念でした。





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2002年に竣工した

鎌倉山の茶室「宋春庵」

藤沢市片瀬に建っていた書院造を解体し、

小間の茶室に圧縮したもの


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by y-hikage | 2019-08-23 17:39 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

朝の茶事に参加することができました。

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6月のはじめ、

お茶の先生から、

730日の火曜日、

「朝の茶事」の稽古をするという

お知らせがはいりました。

「朝の茶事」というものが

どういうものがよくわかりませんでしたが、

参加することにきめました。


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そして一か月ぐらいすぎたころ、

きれいな毛筆で書かれた封書が届きました。

毛筆でいただく手紙はあまり経験がなく、

差出人の住所も名前も記憶にないものでした。

おそるおそる封書を開けたら、

和紙が手折り巻紙になっており、

朝の茶事の招待が

茶事の亭主によって

丁寧に書かれていました。


茶事はまだ一か月も先・・なのに


準備はすでにはじめられている・・・ことに

おどろき、

お招きする側の心が伝わってきました。


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当日の茶事の流れを詳しく書くことは、

まちがいの元になるので詳しくは書けません。

僕はただただ正客のあとを添うように、

茶事の流れについていきました。

茶事の始まりから終わりまで

3時間ぐらいだったと思いますが、

すべてが新鮮なできごとで

楽しい時間でした。

心をこめて造られた自作の懐石料理のおいしさ。

そしてこの日のために

精一杯考えつくし選ばれた

お菓子や器の数々。

深く練られた濃茶が

口の中に余韻を残し、

さっぱりとした薄茶が

暑い夏を冷ましてくれるようでもありました。


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広間の床の間に飾られた掛け軸には

「 瀧 」が書かれていました。

この文字は見たことがありました・・・。

見た場所は、

お茶の世界に導いてくれた

一冊の本と一本の映画でした。

「 日日是好日 」

この「 瀧 」という文字が出てくる

シーンを読んでみます。






梅雨明け直後の土曜日だった。朝から30度を越す猛暑になった。お稽古に行く途中、歩道のアスファルトがじりじりと照り返した。

先生の家の玄関に入ったとたん、背中を汗が走り下りた。顔をハンカチで拭きながら、いつものように手前の部屋(寄り付き)の「乱れ箱」に荷物を置き、白いソックスをはいて稽古場に入った。

「こんにちは」

挨拶を終え、床の間に目をやった。

人の背丈ほどある掛け軸がかかっていた。

その長い紙の頭のあたりに、たった一文字、

「 瀧 」

と、太く勢いよく、堂々と書いてあった。

その下はすべて余白・・・。

「 瀧 」の筆の最後をハネず、そのまま余白を一気に、どぉーっと、紙の下まで書き抜いていた。勢いあまって、墨の小さな飛沫が散っていた。

(・・・・!)

一瞬、水しぶきを顔に感じた。

滝壷から、冷気が吹き上がった。

汗に濡れた背中が、スーッとした。

(あー、涼しい)

その時、私の目から、分厚いウロコがポロリと落ちた。

(あっ! 掛け軸って、こういうものなのか!)

難しくてわからないという思い込みが、いっぺんに吹き飛んだ。

文字を頭で読むのではないのだ。絵のように、眺めればいいのだ。

(なぁーんだ)

難しくて、エラそうなものだと思っていたが、こっちの思い込みを外してみれば、なぞなぞに似ていた。

「達筆なのか、ヘタクソなのか」と腹が立った筆文字は、自由自在な遊び心が描いた絵文字だったのだ。

センスと筆一本で、床の間の壁に瀧を出現させ、水しぶきまで体感させてしまう。

(すごい・・・)

先生が、(ねっ)という目をした。

その日から、床の間を見る目が、がらりと変わった。




(森下典子著 「日日是好日」より抜粋)


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by y-hikage | 2019-08-23 14:28 | お茶のお稽古 | Comments(0)

茶室・閑隠席の写しを造る構想

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今日は円覚寺でのお茶のお稽古でしたが、

事情があって

欠席することになってしまいました。

前々から楽しみにしていたので残念です・・・。


ところで


茶室・閑隠席(かんいんのせき)の

写しを造る構想を組み上げました。


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閑隠席は京都大徳寺塔頭聚光院の中にあります。

聚光院は利休の菩提寺で、

三千家歴代の墓があります。

閑隠席は本堂東北の書院の中に

造りこまれています。

全体的に簡素で

まっすぐな用材の取り合わせで

単純な内部構成としています。

よって好きな茶室のひとつでした。


「閑隠席の写し」・・・

実現できたら夢のような話です・・・。


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閑隠席で薄茶を点てる

裏千家十五代家元・千玄室大宗匠



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by y-hikage | 2019-08-20 12:39 | 設計過程 | Comments(0)

ちいさな家・きたかまの家

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きたかまの家の間取りがほぼ決まり、

断面もあらかた決まりました。

そのスタディ模型を机の前に置いています。

(写真中央の白い模型)


この模型を眺めていると、

つくづく小さい家だなあ・・と思います。


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縮尺100分の1の

きたかまの家の模型の

左上と右上に同じ縮尺の

吉村順三の模型を置いています。

左上は御蔵山の家(宮本邸・1966)、

右上は軽井沢の山荘(1962)。

御蔵山の家は吉村作品の中で

小住宅といえる作品で好きな住宅です。

巾約8m×奥行約7m×高さ

地盤面から3mの箱型の家。

この御蔵山の家と、

きたかまの家をくらべながら

家の小ささを確認しています。


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軽井沢の山荘の模型ですが、

屋根の上の物見台が

2011311日の地震で

棚から落ちて壊れました。

直そうと思いながら

はや8年半がたってしまいました・・・。


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御蔵山の家ときたかまの家


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by y-hikage | 2019-08-19 15:39 | きたかまの家 | Comments(0)

ぼんぼり祭りにいきました。

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8
9日の金曜日の夜、


鎌倉のぼんぼり祭りに行きました。

毎年かかさずなんとなく行っている

「 ぼんぼり祭り 」


ことしも

ぼんぼりを

ぼんやりと見ながら境内を歩きました。



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養老孟司の虫のぼんぼりもありました。


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ぼんぼりよりも興味がひくのは、

やはり建築です。

舞殿を中心に見学しました。


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舞殿正面


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舞殿見上げ


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舞殿と月


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白旗神社




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手水舎


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ライトアップされていた

旧神奈川県立近代美術館

(現・鎌倉文華館)


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by y-hikage | 2019-08-13 15:35 | 鎌倉・逗子・葉山で | Comments(0)

製図室に青竹を飾りました。

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製図室にお客さまがみえるというので、

床の間(正確にいうと壁床)に

何を飾ろうかと考えていたら、

竹にしようかと思いつきました。

前から気になっていた、

RUNコース沿いの山道に

増殖し続ける竹を飾ったらどうかと・・・。

早朝1本竹を切り、

道をズルズルと

走りながら引っ張る光景は、

いかにもコッケイ・・・。

バランスのいいところで竹を切り、

枝は新鮮な頂点のところを切り、

製図室の床の間に飾りました。

竹筒に

ザクッと

突っ込んだだけの

竹の葉っぱは

夏らしさを感じさせてくれました。


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道をズルズルと

引っ張てきた青竹・・・。


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七夕は過ぎてしまいましたが、

七夕を感じさせる床の間となりました。


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by y-hikage | 2019-08-11 14:13 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

台の家が「渡辺篤史の建もの探訪」で放映されました。

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2015年に竣工した

鎌倉の「 台の家 」が、

先週の土曜日・83日の

「渡辺篤史の建もの探訪」で放映されました。

撮影は68日におこなわれ、

午前9時から夕方までかかりました。

途中、

奥様が昼食をつくるシーンが撮影され、

そのあと

自分では予想もしていなかったのですが、

ご夫婦と一緒に食卓を囲み、

ワインで乾杯し

スパゲッティをいただくシーンの

仲間入りすることになりました。

テレビに映る自分を

不思議な感覚で見てしまいました。






放映にあたって制作部から

「建築家のひとこと」を

400字ぐらいで書いてほしいと要望があり、

以下のような文章を書いてみました。




鎌倉の閑静な住宅地に建つ新築の洋館住宅です。


建主からの要望は、大正から昭和初期に流行した和洋折衷の家。昔懐かしい雰囲気をもつ家でした。


昭和初期の和洋折衷の洋館は、正面に洋館を設け奥に和館を配置するのが一般的な様式でした。この鎌倉の家では、1階を洋館に、2階を和館とすることでかつての様式を継承しました。


洋館のエッセンスはアールデコを基調とし、主に窓や引き戸などの意匠によって表現しました。


外部に面する窓は縦長と正方形に近い桟の割り付けとし、内部の引き戸は大ぶりな6角形のガラスをはめています。


洋館のエッセンスを支えるもうひとつの大切な要素はガラスを透過する光です。すりガラスが醸し出す柔らかい光。面取りガラスによる硬質な宝石のような光。アールデコ調の色ガラスによる絵画的な光など・・・一部古ガラスも再利用しています。


ドアノブなど手が触れる金物はすべて真鍮とし、木の材料は1階の洋館部分はラワンを、2階の和館部分は杉を使用し、全体から細部までこだわった新築の洋館に仕上がっています。







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番組の導入部の映像


(テレビを写真で撮った画像です。以下同様)


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渡辺篤史さんが


チャイムを鳴らし訪問する場面。


事前のシナリオが


まったくない撮影とのこと。


うそのようで本当の話。


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リビングでくつろぐ渡辺篤史さん。


赤い靴下が印象的でした。


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ご夫婦と


ワインとスパゲッティをいただくシーン。


やはり僕は猫背です。


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2階の和室でオーディオの話をする渡辺篤史さん。


渡辺篤史さんは、


大のオーディオマニアとのこと、


オーディオにかじりついていました。


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となりの子どもが


台の家のジューンベリーの実を


食べてるシーンも放映されました。


ご近所ぐるみで記念となる放映となりました。




建築関係の取材・撮影に同行することは


良くありますが、


テレビは貴重な体験でした。


興味深く、楽しい1日となりました・・・。


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by y-hikage | 2019-08-08 09:24 | 台の家 | Comments(0)

建築知識にみたかの家と循環の家がちいさく掲載されました。

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建築の雑誌である建築知識に

「みたかの家」と

「循環の家」がちいさく掲載されました。


特集のテーマは「住宅の高さ寸法」


全体的に

事例が豊富かつ具体的な紙面になっていて、

使い勝手のいい

「高さの辞典」といえるような

本に仕上がっていました。




「高さ」・・・

いつも重要なテーマとして考えています。

高さを僕は

「矩計(かなばかり)」といつもよんでいます。

建築知識から取材を受け、

校正を読みながら、

二人の建築家の巨匠の言葉を

思い出していました。

一人は吉村順三、

もう一人は村野藤吾です。

思い浮かべた二人の言葉を

書き写してみました。




吉村順三から・・・


京都の町屋は小壁が小さく、天井も低くて気持ちのよい立面をしている。

私はもともと、内法五尺七寸という寸法が決定的ともいえるほど、いい高さの寸法であると思っていたし、そのうえ小壁が低く、天井の低いのが好きだったのだが、のちにアメリカにおいて、ボストン付近のコロニアル風の住宅をみたとき、天井が意外に低く、たいへん気持ちのよい空間をしていたものだから、すっかり自信を得て、今では、天井高を押さえるよう意識している。

(新建築・1966年一月号より)


私は天井の高い部屋はほとんどつくらないんです。

それは経済的な意味もあるわけですが、そればかりでなくプロポーションの問題があります。天井が高くなったのは明治から大正にかけての成金の住宅からなのです。ヨーロッパやアメリカでも勃興期に金持が出てきたとき天井が高くなっているんです。

それから2階の床と1階の天井の間を日本の大工さんは広く取ってしまう。飛騨などの民家に行ってみますと、床がそのまま天井みたいのがありますね。ああいうのを見てそれをやってみると、低くなっても格好もいいですし、第一材料が経済的です。とにかくデザインというのは、材料の浪費をしないということに大切なポイントがあるのです。

(新建築・1968年一月号より)


プランと一緒に高さを考えなければならないということ、その高さがいかに大事かということは、例えば、一尺建物を低くすれば、柱から、壁から、配管の長さから、正確にいえば目方が軽くなるからフーティングだって小さくなるでしょうね。とにかく経済的なわけですね。

だから低くて、プロポーションが良くて、安くできるなら、何も漠然と高くする手はないんじゃないかと思います。私としてはやっとそこですごい発見もしたわけです。いまだに、プランを考えているときはいつも高さを考えます。前にはそれが同時にいかなかった。

197811月・岐阜講演会録より)


そういうことで、2階床の低い家ができることもわかり、だんだんやってみると格好も良い。第一、毎日それだけ余計な階段を上り下りしなくてすむし、いままでどうして気付かなかったのだろうと思いました。

(新建築臨時・1980年より)




次に村野藤吾の言葉より・・・。


30年近い前にこの著作を読み感銘を受けました。

特に泉岡語録は設計を進めるうえで

何度となく頭の中に浮かんできます。

どこか戒めのように・・・。

なかなか到達できない境地です。




私は日本建築について特別に学んだことはない。学校で教わった程度である。

すべて見よう見まねで覚えたようなもので、関西に住みついて、ほんものの日本建築を見る機会に恵まれたこと、優れた茶方の宗匠棟梁たちの仕事を見たことも幸いであったが、私にいくらか日本建築について、もし私流という言葉を許していただけるなら、自己流の道を模索する糸口のようなものを与えてくれたのは泉岡宗助さんではなかったかと思う。

次に泉岡語録の二、三を紹介しよう。

  1. 玄関を大きくするな。門戸を張るな。

  2. 外からは小さく低く、内にはいるほど広く、高くすること。

  3. 天井の高さは七尺五寸を限度と思え、それ以上は料理屋か、功成り名とげた人の表現になるので普通ではない。

  4. 柱の太さは三寸角、それ以上になると面取りで加減したり、ごひら(長方形)にする。

  5. 窓の高さは二尺四寸、風炉先屏風の高さが標準。

  6. 縁側の柱は一間まに建て、桁に無理をさせぬこと、これで十分日本風になるはずである。

  7. 人の目につかぬところ、人に気付かれぬところほど仕事を大切にして金をかけること。

  8. 腕の良さ見せようとするな、技を殺せ。


まだあるがざっとこの程度である。


伝統的で関西風な薄味のする考え方ではあるが、控えめなところがあり、なんでも表わそう、訴えようとするのとは味が違う。けだし日本建築の真髄にふれた言葉ではないかと思う。泉岡流の手法は真似られても、作の品格にいたっては生活の良さと趣味の高い人だけが持っているものでいかんともしがたい。


(村野藤吾著作集全一巻・平成三年発行・・より)





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みたかの家の小さな掲載


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循環の家小さな掲載


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循環の家小さな掲載


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みたかの家の広縁


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循環の家の玄関土間


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循環の家の食卓


循環の家は、

アトリエDEFのモデルハウスとして

設計させていただきました。

2010年に完成しました。

長野県の原村にひっそりと建っています。



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by y-hikage | 2019-08-02 11:04 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

築後3年半の山泰荘

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728日の日曜日、

山泰荘に行きました。

山泰荘は20162月に竣工したので、

竣工後およそ3年半がたちました。

竣工してから何度も行っているのですが、

先日の日曜日は1年ぶりの訪問でした。

竣工当時は、

木の色が新鮮な白木でしたが、

3年半の間、

太陽の光や雨や風にさらされ

味わいがでてきました。

家は外部も内部も

特に問題のない様子でした。


屋根は日本瓦葺、

外壁は

1階部分が杉板目板押さえ、

2階以上が土佐漆喰鎧仕上げです。

敷地が海に近いことから、

強い風雨から家を守るための選択です。


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1350㎜ある深い軒の出も

強い風雨から家を守るため。


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濡れ縁と広縁は

外部と内部の中間領域的な空間です。

夏の強い日差しを防ぎます。


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家全体が竹小舞土壁塗りの家です。

ほとんどの内壁は、

土壁下地漆喰塗りですが、

玄関土間は土壁仕上げとし

陰影の強い空間としました。


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アプローチから見る山泰荘。

屋根の上に突き出ている塔屋は

海を眺めるためテラスになっています。



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by y-hikage | 2019-08-01 09:35 | 山泰荘 | Comments(0)