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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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ひののあんのキンカン

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20年前の1998年に竣工した「ひののあん」

メンテナンスの打合せのために、

昨年の10月末に続き、

今月の128日、

2回目の打合せにでかけました。

打合せの帰り際に庭でとれた

キンカンをいただきました。

皮ごと食べるのが

美味しい食べ方ということで、

皮ごと食べてみました。

甘酸っぱさが

口いっぱいに満たされました。

キンカンを食べたのは

生まれて初めてです。

とても美味しかったです。


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「ひののあん」の庭にはえている

キンカンの木と

キンカンの実


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20年の「ひののあん」

傷みがほとんどありません・・・。

むしろ時間の流れが生みだした

味わいがにじみでていました。


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「ひののあん」は、

敷地の四方を

高さ1650㎜の板塀で囲っています。

この板塀も20年が経過しています。

雨ざらしになっているにもかかわらず、

なんとか持ちこたえてきました。

よく20年も持ちこたえたなあ・・・、

というのが正直な感想です。

今回の打合せは、

この板塀の改修について・・・。


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昨年の10月末の

打合せの帰り際にいただいのは、

庭でとれた柿・・・。

この柿もとても美味しかったです。



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by y-hikage | 2019-01-31 11:20 | ひののあん | Comments(0)

SDGsのバッジをもらいました。

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昨年、SDGsのバッジをもらいました。


「手のひらに太陽の家」の

ロゴマークが印刷された

モンベルのパーカーに

SDGsのバッジを留めてみました。

SDGsのバッジのデザインは、

とてもシンプルで気に入っています。

七宝焼きのような素材感というと

大げさかもしれませんが、

深みのある存在感を放っています。


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「 SDGs 」とは、

Sustainable Developmento Goals の略称で、

「持続可能な開発目標」という意味です。

すっかりおなじみになった

「 SDGs 」ですが、

持続可能な開発とは

「将来の世代の欲求を満たしつつ、

現在の世代をも満足させるような開発」

と定義されています。

SDGsは20159月に

米ニューヨークで開かれた国連の

「持続可能な開発サミット」で採択されました。

貧困や飢餓の撲滅をはじめ、

気候変動対策など、

2030年までに人類が達成すべき

17の大きな目標と、

各目標を達成するために具体的に定めた

169の「ターゲット」で構成されています。

民族、国、言語などの違いはあっても

地球の永続のために

最低限これだけのことを

やろうという呼びかけです。


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日影アトリエでは、

建築を設計する上で、

可能な限り地球に還ることができる

自然素材を使用してきました。

職人さんの技術を生かし、

将来の改修が容易なように、

建築という器が

再利用が容易なように

設計をこころがけてきました。

最初から大きな目標をかかげてしまうと、

途中で息がきれてしまいますので、

できることから

ひとつひとつ着実に進んでいきたいと、

いつも考えています。

小さいことの積み重ねが大切だし

好きです。


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by y-hikage | 2019-01-29 11:52 | 日影アトリエの本棚 | Comments(1)

アミ 小さな宇宙人


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小説家の小川糸さんの


「糸通信」を読んでいたら、

こんな文章をみつけました。

 ・ ・ ・ ・

今日は、ちらりと窓の向こうに目をやりながら、本を読んでいた。読んでいたのは、これ(アミ 小さな宇宙人)。

近所の友達が、息子のために買ったという本を貸してもらったのだけど、全然、子ども向けの本じゃない。

ものすごいことが書いてある。

今世紀の「星の王子様」かもしれない。

そのくらい、私には衝撃だった。少なくとも私にとっての真実が書かれている。

今後のバイブルになりそうだ。


 ・ ・ ・ ・


大好きな小川糸さんが衝撃を受けた本・・・?

さっそく買って読みました。

「星の王子様」は読んだことがないけれど、

この真実を

真剣に考えなければならないと思いました。


本の内容はあとにして、


著者のエンリケ・バリオスさんのまえがきと、

さくらももこさんの

あとがきを読んでみます。

さくらももこさんのことは、

昨年亡くなった時の

新聞記事を読むまで

どういう人か具体的には

知りませんでした。

そして

「アミ 小さな宇宙人」を読むまでは・・・・。


 ・ ・ ・ ・


まえがき


アミのたいせつなメッセージの伝達者としての役割をわたしにあたえてくれたことを宇宙の魂にかんしゃします。メッセージは、受け手にみとめられてはじめて、有効なものなりえるのです。この本は現在十一種類の言語に訳されていますが、これはじゅうぶんすぎるほどみとめられていること(だと思うので)、とてもうれしく感じます。


アミの読者はすぐに気がつかれると思いますが、日本はわたしにとって、とても意味のある国なのです。世界的に有名で、才能あふれる漫画家のさくらももこさんにイラストを添えていただけるというご好意と、親和力の法則で、アミはとつぜん起きあがりました。

さくらももこさんはアミに胸をうたれたと書かれましたが、わたしもまた彼女のやさしさと「ももこのいきもの図鑑」に胸をうたれました。

わたしは別の世界の兄弟たちのように遠すぎて目に見えないような世界のものたちにひかれます。さくらさんは小さな虫たちや、小鳥、みみずのような近すぎて目に見えないような世界のものたちにひかれます。わたしは彼女にかんしゃし、このめぐりあわせをひき起こしてくれた宇宙にかんしゃします。まちがいなくこれは数かぎりない人々によろこびと光をあたえてくれるでしょう。


エンリケ・バリオス

ブエノスアイレス、2000年のはじめの日


 ・・・・


あとがき  さくらももこ


私は、良い宇宙人がでてくる本を捜していた。何か企んでいるようなイヤな宇宙人ではなく、もっと地球人に良い影響を与えてくれるような、精神レベルの高い宇宙人がでてくるような本を読みたいと思っていたのだ。

そんな時、書店で「アミ 小さな宇宙人」をみつけた。

好感のもてるタイトルだと思った。アミという名前もかわいいし、小さな宇宙人というのもいかにもかわいい子供の宇宙人だと印象である。

これは良い宇宙人の話に違いないと思い、すぐに買ってわくわくしながら家に帰り、読んでみた。

予想以上にものすごくよい本だった。まさに、求めていたような内容が初めから最後までギッシリ詰まっていた。

この清らかで明確で大切な物語が、ひとりでも多くの人々の魂に届きますように。


 ・ ・ ・ ・


「アミ 小さな宇宙人」の

まえがきとあとがきより・・・。



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by y-hikage | 2019-01-26 11:13 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

日日是好日

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いつも行くとなり町・大船の本屋さんで、

「 大河ドラマの西郷ドンに出ている

黒木なんとかという女優と

樹木希林が共演している映画、

日日なんとかという本はありますか? 」

と店員さんに聞きました。

「 はい!森下典子さんの日日是好日ですね。

ただいま在庫をお調べいたします 」と・・・。

「 申し訳ありません。

ただいま単行本も文庫本も

在庫をきらしております。

お取り寄せいたしますか? 」と・・・。


「いいです・・・」とあきらめて帰りました。


数日後に同じ本屋さんに行ったら、

単行本も文庫本も

平積みになっておいていたので、

文庫本を買いました。


もともとお茶の世界に興味があったこと。

茶室をいくつか設計したことがあること。

お茶を習ってみたいと

ずっと思っていること・・・。

などから読んでみたいと思っていた本でした。


「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」


読みはじめて、

まえがきからひきこまれました。

美しい言葉の宝庫だったのです。


たとえば・・・。


世の中には、「すぐにわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の二種類がある。

何度か行ったり来たりするうちに、後になって少しずつじわじわとわかりだし、「別のもの」に変わっていく。

そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体のほんの断片にすぎなかったことに気づく。


たとえば・・・。


「そうやって、頭で覚えちゃダメなの。稽古は、一回でも多くすることなの。そのうち、手が勝手に動くようになるから」

「あなたは、すぐそうやって頭で考える。頭で考えないの。手が知ってるから、手に聞いてごらんなさい」


たとえば・・・。


「よく見なさい。見て感じるのが勉強よ」


たとえば・・・。


「間違えるのは、かまわないの。だけどキチンとやりなさい。一つ一つの小さな動きに、キチンと心を入れるのよ」


たとえば・・・。


雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。

夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。・・・・・どんな日も、その日も、その日を思う存分味わう。

お茶とは、そういう「生き方」なのだ。

「悪い天気」なんて存在しない。

雨の日をこんなふうに味わえるなら、どんな日も「いい日」になるのだ。毎日がいい日に・・・。



「日日是好日」を読み終わったあと、

すぐに映画を観にいきました。

第十三章「雨の日は、雨を聴くこと」

この言葉が美しい映像と音楽で

綴られていました。

昨年の11月のことでした・・・。

心が澄み切ったような冬のはじまりでした・・・。


映画のパンフレットを買って帰り、

読んでいたら心に残った言葉をみつけました。

樹木希林さんが語った短い言葉・・・。


「書というものは見るもの、

絵というものは読むもの」


言葉が心にストンと落ちて、

目からうろこが落ちたようでした。


追記:

映画の背景で流れる音楽を

どこかで聴いたことがあると思いながら

映像を観ていました。

パンフレットを読むと作曲は、

世武裕子さん・・・、

以前観た映画

「 羊と鋼の森 」と同じ作曲家でした。


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by y-hikage | 2019-01-23 12:36 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

梅原猛さんのこと。

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哲学者・梅原猛さんが115日に

93歳で亡くなられました。

梅原猛さんは尊敬する人でした。

雲の上の人でしたから

お会いしたことはありませんでしたが、

一方的に

とても親しみを感じていました。


いくつかの側面から・・・。


一つ目は、

仙台市出身で同じ東北生まれであること。


二つ目は、

25年ほど前に出会った著書

「隠された十字架--法隆寺論」を読み

感銘をうけたこと。

当時、僕なりに

法隆寺が日本の中で

最も好きな建築であり、

国宝建造物に興味を持ち始める

きっかけとなった建築であったことから、

夢中になって読んだことを覚えています。


三つ目は、

僕の「建築の基礎」である

小説家・劇作家の

井上ひさしさん(19342010)と

共通した点があること・・・。

同じ東北の生まれで、

日本ペンクラブ会長を共に務めたこと。

13代・梅原猛さん、14代・井上ひさしさん)

そして共に「九条の会」の呼びかけ人だったこと。




四つ目は、

尊敬する建築家・吉村順三の

設計のいくつかの工事を担当した

尊敬する名棟梁・中村外二(19061997)が

梅原猛さんの家の工事を

おこなったこと(設計は横内敏人氏)。

驚くべきことに梅原猛さんの住宅には、

法隆寺の古い柱が再利用されています。


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僕の本棚には、

梅原猛さんの著作が並んでいます。

「隠された十字架 法隆寺論」は2冊あります。

「森の思想が人類を救う」という本にも

少なからず影響を受けています。


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井上ひさしさんの著作も数多く並んでいます。


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純粋無垢なロマンチストで、

存在そのものが天才だった・・・

と瀬戸内寂聴氏。

(日経朝刊文化欄20190116


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憲法や9条には

「超近代」の理想が含まれている。

(毎日朝刊20190115


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2011年には、

東日本大震災復興構想会議の

特別顧問を務めた。

(毎日朝刊20190115


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1972年に「隠された十字架法隆寺論」を出し、

73年には万葉歌人の

柿本人麻呂は流刑死したとする

「水底の歌--柿本人麻呂論」を刊行。

通説を覆す独創的な論は

「梅原古代学」と呼ばれ、

大きな反響を呼んだ。

(朝日朝刊20190115


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権威と戦う姿勢貫く。

(朝日朝刊20190115


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独創し続けた巨人。

(毎日朝刊社説20190116


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梅原さんの「反主流」。

「梅原猛、恐るべし」。わたしがそう思ったのは著書「隠された十字架法隆寺論」を読んだ時のことだ。いつのことだったか記憶は定かではない。

だが、「現在の法隆寺は聖徳太子の怨霊鎮魂のために建てられた」という大胆不敵な説と、それを補強する数々の「証拠」の積み上げに、一気に引き込まれたことを覚えている。

(毎日朝刊20190119「土記」青野由利記者の記事)

まさに僕も青野記者と同じような感想をもちました。


青野さんは毎日新聞記者の中で

好きな人のひとりです。

僕は新聞を読むのが趣味と

言っていいぐらいとても好きで、

昔から「記者」で読みます。

日本経済新聞では

田勢康弘を好きなだけで

株価などまったく興味がないのに

何年も購読していました。

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梅原猛さんとは直接関係がありませんが、

名棟梁・中村外二が手がけた

吉村順三設計の植田邸。

中村外二は、吉村順三設計の

ニューヨーク郊外に建つ

ロックフェラー邸の内装工事も担当しています。


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さて、

梅原猛さんは哲学者として

語られることがほとんどだと思いますが、

設計・横内敏人氏、

施工・中村外二による

梅原猛邸について

振り返ってみようと思います。

振り返るにあたって

建築雑誌・住宅建築に

「若王子の家」という名で掲載された

横内敏人氏の文章を引用してみたいと思います。


梅原猛さんの深い思想のように

場所と家の

壮大な物語が語られています・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●家の歴史とその魅力


この家のある京都若王子にはかつて後白河法皇の別荘があったと言われている。

その場所は詳しくはわかっていないが、この家の敷地内にある池は室町期の古地図にはすでに載っているほど古く、言い伝えられているその「玉鏡の池」という美しい名前からしてもこの敷地こそその別荘があったところではないかと思わせるものでものである。

実際に山ふところにいだかれ水に恵まれたこの敷地は、風水の理にもかなっており、貴族の別荘があったとしても、何らおかしくない落ち着いた風情を持っている。

そして明治中期にこの地の魅力に引かれ、ここを隠居の地と定めたのが古郷時侍氏である。

古郷氏は原三渓に長年大番頭として仕えた人物で、当時稀有な茶人として知られた原三渓の影響で、古郷氏自身も相当な数寄者だったらしく、茶席のある侘びた構え隠居を建てるために、かねてより各地で解体された数寄屋の古材を取集していたという。

現在の家はそうした2軒の古い数寄屋を玄関でつなぐ形で古郷氏がこの地に再生したものである。

従って柱など主な材料は300年以上前の元禄期のものがそのまま使われている。

家の細部を見るとこの家に対する古郷氏の思い入れの深さが偲ばれるが、氏は数年間ここで暮らしただけで他界していまい、この家はその後哲学者の和辻哲郎氏に引き継がれる。

京都大学で教鞭を取った9年間を和辻氏はこの地ですごし、年代的に見ても名著「風土」はこの家で書かれたものと思われる。

しかし氏は意外にも住まいに関心が少なかったらしく、その間に建物は随分荒れてしまったらしい。

その後この家は岸田劉生の親友であり彼のパトロンであった洋画家の岡崎桃乞氏により長く住まわれることになる。

茶を心得た岡崎夫妻は、この地とこの家をこよなく愛し、庭と家とを今の状態につくりあげ、行き届いた手入れでそれを維持した。

そしてその次にこの家を受け継いだのが哲学者で現在の家主である。

(~中略~)

最大の課題は、法隆寺の柱をどうするかであった。

この柱は法隆寺の昭和の大修理の際に市場に出されてもので、大工の中村外二氏が長年所有していた。

縁あって氏に今回の改築の施工をお願いに行ったところ、独自の法隆寺論を著作に持つこの施主の家なら是非使ってくれと頼まれてきたものである。

直径8寸、800年ほどの前の鎌倉期の材だと言う。

表面は黒々と風化し、威風堂々とした存在感をもつこの柱を、家の中で最も煩雑なダイニングキッチンという場でいかに用いるか、それが課題であった。

初めは床柱のように鑑賞の対象として用いることも考えたが、結局、いくら文化財的価値があっても、柱は柱として屋根を支えるというその本来の役割を持たせてあげる方が、柱にとってはより幸せであろうという結論に達し、最終的には既存屋根の桁の出隅を支える、この家で最も重要な柱として用いることになった。

(~後略)


(住宅建築より引用・・・)



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梅原猛邸のダイニングキッチン。

太い丸柱が法隆寺の柱。

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梅原猛邸の玄関。


写真は住宅建築からの転載。

写真は建築写真家の畑亮さん。


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by y-hikage | 2019-01-20 16:08 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

たためる椅子とうごく机(Ver.2.0)

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建築家・吉村順三が設計した

「たためる椅子」のための

「うごく机 バージョン2(Ver.2.0)」

を作ってみました。

前回製作した、「うごく机(Ver.1.0)」は、

肘掛けの片側だけに

机の天板がある設計でしたが、

うごく机(Ver.2.0)は、

「たためる椅子」の巾いっぱいの長さとし、

左右に脚がある

安定したかたちにしてみました。


上の図面はうごく机(Ver.2.0


さて材料ですが・・・、

天板は、

うごく机(Ver.1.0)と共木の杉。

脚は、

軽さを優先するために桐にしてみました。

机の高さは、

うごく机(Ver.1.0)が、

うごく机(Ver.2.0)の下に

ぎりぎりもぐれる入れ子構造にしました。

本格的なスケッチ作業などは、

うごく机(Ver.2.0)を使い、

軽い読書などは、

うごく机(Ver.1.0)を使いたいと思います。


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うごく机(Ver.2.0

右下にいるのが

うごく机(Ver.1.0


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うごく机(Ver.1.0)の図面


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たためる椅子とうごく机(Ver.1.0


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うごく机(Ver.2.0)と

たためる椅子

うごく机(Ver.1.0)もそばにいます。


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うごく机(Ver.1.0)が

うごく机(Ver.2.0)の下に

もぐりこもうとしています。


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うごく机(Ver.1.0)が

うごく机(Ver.2.0)の下に

もぐりこみました。


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たためる椅子がたたまれて、

うごく机(Ver.1.0)と

うごく机(Ver.2.0)と

たためる椅子が

くっつきあいました。

※ ※ ※ ※

うごく机(Ver.1.0)の記事⇒




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by y-hikage | 2019-01-19 11:26 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

72.吉村順三記念ギャラリー「松風荘」

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松風荘(しょうふうそう)は1954年、

ニューヨーク近代美術館(MOMA)の中庭に、

吉村順三の日本の住宅の原点であるとの思いを

世界に知らしめた建築です。

この計画は

ニューヨーク近代美術館の建築主事である

フィリップ・ジョンソン、

アーサー・ドレックスラー、

ロックフェラーと

関野克氏らの要望で、

中世の武家の住まいを紹介するものでした。


松風荘の設計に関して

展示用パンフレットに書かれた

吉村順三の文章を引用してみます。

※ ※ ※ ※

吉村の記—1


近代美術館での僕の仕事は、普通の仕事ではなくて、日本を紹介するというのが目的ですから、それにふさわしいものにしたわけです。

自分のオリジナルでもないし、そうかといって、日本そのままでもないわけですね。アメリカの人たちが消化しやすいようにしてあります。

シカゴ万博で平等院がでたり、サンフランシスコのゴールデン・ゲート公園の日本庭園が出来たりというのが日本的だと思われていたんですね。

日本建築にはこういう合理性がある。合理性があっておもしろいんだということを僕が主張して、だんだん向こうも分かってきたんですよ。そういう意味で日本建築というものに、非常に興味を持つようになったわけですね。

エキゾチックというばかりでなくて、ちょうどモダンな建築がはやってきた時期ですから、それと同じようなことで、日本建築も入ってきたわけです。

僕のほうは、そういうことをすでに感じていました。このデザインの中には、アメリカ人にも理解できる近代的なものがあるということをね。


吉村の記—2


20階、30階のビルに囲まれてた狭い土地で、小さな日本の平屋がどう見えるかと心配していたが、できてみると桧皮の屋根の曲線が周囲の建物と強い対照を見せ、白い築地に囲まれた庭が静かな額縁となってかえって効果的であった。

庭と建物が一体となってつくりだす環境は、西洋にはまったく新しいもので、日本が数百年も前からこのような家をつくってきたということに人々は驚いている。

鉄とコンクリートの町の中で苔のある石、柔らかな庭木の曲線、泉水の音、青畳、桧の木肌、襖の軽い線等の構成が心のやすらぎを感じさせるためか、広縁に座って何時間も庭をながめて動かない人々が少なくなかった。

私にとっては、機械的に近代化されたアメリカの建物と洗練された手工業による日本の建築を対照して見ることができて非常に得難い経験だった。


(展示用のパンフレットから引用)


※ ※ ※ ※



1908年生まれの吉村順三が

松風荘を完成させたのが1954年なので、

吉村順三が46歳のときです。

完璧なまでの日本建築を設計した

吉村順三の力量には驚きます。

おそらく青年のころから、

いや幼少のころから

日本建築に親しみをもって

接していたのでしょう・・・。

松風荘の展示では、

今まで見ることができなかった

写真や図面が多く展示されていて

貴重な展覧会でした・・・。


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配置図


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平面図


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天井伏図


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屋根伏図


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床伏図


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小屋伏図


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立面図


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立面図


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断面図


※ ※ ※ ※



松風荘はMOMA2年間展示されたあとに

フィラデルフィア市郊外の

フェアマウント公園に移築されました。



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by y-hikage | 2019-01-15 14:07 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

屋根のかたち

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「 きたかまの家 」の

間取りを若干修正しながら、

面積を3坪縮小しました。

1階と2階をあわせた床面積は

37坪となりました。

間取の変更にともない

また新しく検討模型を作りました。

左手前が新しい検討模型です。

雁行した平面形を素直に受けて

切妻屋根を2段に架けた案としています。

屋根が重なり合う部分の

施工性に問題が残っています。

過去の模型も見ながら、

軸組図を再度検証しています。


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九通り軒桁

35分上りにしたらどうだろうか・・・。


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by y-hikage | 2019-01-14 16:45 | きたかまの家 | Comments(0)

手書きの実感。いろはにほへと

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あたらしい年にうつり、

「 きたかまの家 」の設計を再開しました。

平面もほぼ決まり、

軸組図によって

矩計のプロポーションを検討しました。

次に構造伏図を描きはじめました。

同時に番付を決定させます。

番付を決定することは

設計の方向性を決定することと同義です。

間取 + 矩計寸法 + 構造によって

空間の骨格が生まれ、

その骨格に番付が刻印されます。


日影アトリエの図面は手書きで描かれます。

番付はひらがなのテンプレートで

描いていきます。


い・ろ・は・に・ほ・て・と・・・・


という具合に・・・。


CADとちがい

基礎伏図・床伏図・小屋伏図など

一枚一枚、

い・ろ・は・に・ほ・て・と・・・と

繰り返し手書きで描いていきます。


一見無駄な作業、

要領を得ない時間のように思えますが、

このたんたんとした手の動きが

大切だと思うようになりました。

「 手書きの実感 」が

伝える感覚というものでしょうか。


い・ろ・は・に・ほ・て・と・・・と


繰り返し手書きで描いているあいだ、


この家のことに思いをはせます。


はたしてこのまま設計を進めていいのだろうか・・・。

どこか根本的なずれがないのだろうか・・・。

家族や環境が家と調和しているだろうか・・・。


そして昨日の夕方、

「きたかまの家」の番付を描くことを急に止めた。

なにかがちがうと思ったから。



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by y-hikage | 2019-01-09 11:12 | きたかまの家 | Comments(0)

2019年1月3日の朝RUNと浜辺の夕景

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13日の朝RUN

夜明け前の5時半から走りはじめました。

6時半ぐらいまでは暗闇の中です・・・。

江の島に渡る橋の街灯と

展望台の灯かりが

遠くで光っていました。


時間とともに

刻一刻と変化する太陽の光は

朝の幻想的な風景を演出していました。



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夜明け前のヤシの木と月


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13日の逗子海岸の夕景の変化

この日は雲が少なく、

美しい日の入りを見ることができました。


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太陽が海に沈む時刻は、

毎年決まっていて午後430分過ぎです。

必ずこの時刻に太陽が沈む不思議さを感じます。






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by y-hikage | 2019-01-03 12:13 | 朝RUNの風景 | Comments(0)