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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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秋のあさの風

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10月もなかばが過ぎ、

日の出の時間が550分ぐらいになりました。

日の出とともに

RUNをはじめるのを理想としているので、

冬がちかづくにつれ、

RUNのスタート時間が

おそくなってきます。

そのぶん秋の朝は、

風が気持ちいいほど、

からっと乾いていてうれしくなります。


RUNの時間は一日の中で

もっとも大切な時間です。

走りながら瞑想にふけり、

現在進行中の設計を

頭の中でイメージしていきます。

ゆっくりとゆっくりと・・

走るのと歩くのとあいだぐらいの速度で、


光の色、

風や波の音、

動物の鳴き声が

空間のイメージを

かたちにしていってくれるのです・・・。


明日の朝も晴れますように・・・


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by y-hikage | 2018-10-18 11:21 | 朝RUNの風景 | Comments(0)

製図室にオイルヒーターをだしました。

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日影アトリエ製図室では、

急に寒くなってきたので

オイルヒーターをだしました。

ガスストーブを使うのはもう少しまちます。

・・・

ガスは寒くなってきたら開栓。

あたたかくなってきたら閉栓。

ガスはガスストーブためだけのもの。

・・・

断熱性も気密性も

ゼロに等しいのではないかと思わせる

40年のビル。

その2階建ての2階の西向きの部屋。

下の階は車庫のピロティ―なので

部屋はなくアスファルト。

夏は西日の照り返しによって

床が床暖房となり、

冬はスケートリンクに変わります。

もうじき恐怖の冬がやってきます・・・。

昨日から体がだるく、

関節の節々がいたいのは

風邪のせいでしょうか・・・。


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by y-hikage | 2018-10-16 16:16 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

江戸東京たてもの園に行きました。

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先週の1012日、

みたかの家の

ウエブマガジンの取材が終わったあとに、

江戸東京たてもの園に行きました。

設計のヒントになる何かを探しに・・・。

江戸東京たてもの園は

何度となく足を運んでいるので、

特に目新しい要素は見つかりませんでしたが、

「東京150年・都市とたてもの・ひと」

というテーマの展示をおこなっていて、

貴重な建築模型を

見ることができたことが幸いでした。


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丹下健三設計の国立代々木競技場

将来、国宝建造物に指定されるであろうと、

勝手に推測する日本の名建築。


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菊竹清則自邸・スカイハウス


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黒川紀章設計・中銀カプセルタワー



他にも模型が展示されていました。


たてもの園に入館し、

すぐに手持ちのカメラの充電が

切れてしまいました。

やむをえずスマートフォンの

カメラで撮影しましたが、

僕のスマートフォンはアイフォンではなく、

しかもかなり古い機種のドコモなので、

写りがよくないので

写真を撮影するのをやめました。

カメラがないのもたまにはいいものです。


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堀口捨巳設計・小出邸


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堀口捨巳設計・小出邸


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堀口捨巳設計・小出邸

小出邸の意匠は、

日影アトリエが設計した

鎌倉の「台の家」に

ところどころ似ています。

特に意識したわけではないのですが・・・。


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田園調布の家


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田園調布の家


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前川國男自邸


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八王子の穀倉

落し板構造の小さな板倉。

シンプルで無駄のないかたち。


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吉野家

やはり日本の茅葺の民家は美しいと思います。

設計の原点に立ち返る力をもらえます。

定期的に茅葺の民家を見学してみることは

必要だと改めて考えました。


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奄美の高倉


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綱島家


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八王子千人同心組頭の家


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三井八郎右衛門の土蔵の小屋組

この土蔵の構造には圧倒されます。

構造に「気の塊(かたまり)」

というものがあるとしたら、

その気の塊に吹き飛ばされそうになります。




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by y-hikage | 2018-10-15 11:14 | 建築巡礼 | Comments(0)

取材は猫が主役

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昨日、みたかの家で

あるウエブマガジンの取材がありました。

猫がテーマの取材ではありませんでしたが、

なんとなく猫が主役の取材になりました。

カメラマンさんが

必死で猫を追いかけている様子が、

おもしろかったです。


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さて猫ちゃんはどこにいるでしょう・・?


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by y-hikage | 2018-10-13 12:06 | みたかの家 | Comments(0)

2011年3月11日からの498日間の記録

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2011311日に発生した


東日本大震災のあとの南三陸町のまち。



たずねたとき

戦争のあとのように見えて

言葉を失いました。

津波によって紙のように

あとかたもなく流された家を見て、

建築の弱さを思い知り

建築をやめようかとも考えました。

もうあれから7年半も過ぎました。

あれから日本中で大きな災害が続き、

地震だけではなく大雨による被害も

たびたびおこるようになりました。

そのたびに2011311日の

大きな地震と津波を思い出します。

人々は2011311日のことを

「サンテンイチイチ」と

記号のように呼んでいますが、

東北の人の命を

記号化されているようで

あまり好きではありません。


先月の929日、

木の建築フォラム主催の

講習会の講師として

わずかな時間ですが講演しました。

テーマは

「木の建築賞受賞者が語る私の木造設計講座」

僕は

2011311日からの498日間の記録」

というサブタイトルで

「手のひらに太陽の家」について

設計から完成までの過程を

スライドで説明しました。


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この講習会のために

スライドを整理していたら

当時のことを思い出しました。

2011311日の翌日、

当時、

自由が丘にあった事務所から

逗子の自宅に戻り、

テレビをつけたら

東北の沿岸部が

大きな津波にのまれている

衝撃的な映像を目にしました。

岩手県に実家がある僕にとっては

ひとごとではなく、

なんとかしなくてはならないと

「 あせり 」、

いまもっとも必要なのは、

家族で寄りそえる家なのではないかと、

津波の映像を見ながら

モレスキンの手帳に

家のスケッチを描きました。

312日のことでした。

描いたあと

近くのコンビニでコピーして

宮城県の工務店にFAXしました。


こんな家を一緒に造ってくれないかと・・・。

そしてその翌週の315日に

宮城県で活動する友人の大場隆博氏から、

木造仮設住宅を建築できないか

という相談の電話がありました。

主に法的な手続きで・・・。

すぐに建築基準法上の根拠を調べ

図面を書き、

岩手県と宮城県の県庁に電話し

「木造仮設住宅を建築させていただけないか、

木もあるし人手もあるので・・・」

「お気持ちはありがたいのですが、

そのようなご相談は

現在おことわりしております」


という丁寧な回答につまずきました。


この木造仮設住宅の提案は

NPO法人・日本の森バイオマスネットワーク」の

東日本大震災の復興活動ひとつでした。

木造仮設住宅の提案の可能性が絶たれ、

次に考えたのは

被災した家族のための

共同住宅のようなものでした。

この住宅が

「手のひらに太陽の家・プロジェクト」

につながり、

震災の311日から

498日後の

2012721日完成までの

怒涛のような(僕にとっては)

日々が続きました。

312日に

描いた木造仮設ユニットを原点として・・・。





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312日に描いた

木造仮設ユニットのスケッチ。

わずか3畳の箱が4つ集まった、

「鳥の巣箱」のようなイメージ。

体育館のような大きな避難所では

どうしてもプライバシーを

維持できないし、

家族同士でも本気で寄り添えない。

寄り添う場所が必要だ・・・。


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木造仮設ユニットのスケッチ。


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木造仮設ユニットのスケッチを

清書した図面。

3畳の箱の引き戸を開けると

中央が広間にかわり

共有のスペースが食堂になる。


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工事の合理化と工期の短縮のために

壁は、落し板か杉板のパネル。

床は置くだけの朝鮮張り。

矩計寸法は4m材を半分に使えるように

土台下端から軒桁までの高さを2mとする。


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木造仮設ユニットの模型。

この4つの箱をひとつのユニットとして、

木造仮設住宅ユニットの集落をつくる・・・。

という312日の構想・・・。


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「日本の森バイオマスネットワーク」の

活動で考えた木造仮設住宅。

解体移築が容易な

渡りあご工法による伝統工法。

壁は落し板。

再利用を前提とするために

合板類などの新建材の使用をおこなわない。


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この木造仮設住宅は

残念ながら実現しませんでしたが、

建築の基本方針として

「手のひらに太陽の家」に

引き継がれていくことになります。

20115月の終わりぐらいのことでした。


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手のひらに太陽の家の平面図。


日本を代表するアウトドアのメーカーの

「モンベル」の全面的な支援を受け、

宮城県の登米市に土地を取得し、

建築上の手続きを重ね

着工したのは201112月のことでした。

完成したのは2012721日のことでした。


  1. 地域の木材を使用し、

  2. 地域の職人によって建築し、

  3. 合板類をいっさい使用しない

    伝統的な木組みで、

  4. バイオマスエネルギーや太陽光発電などの

    自然エネルギーを活用する建築


をテーマに建築されました。



以下、


「 手のひらに太陽の家 」の


模型と図面と上棟から完成までの写真。


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この講座の司会およびコメンテーターは、


木の建築賞の選考委員をつとめた、

建築家の安藤邦廣先生と泉幸甫先生でした。

泉先生が、

手のひらに太陽の家を

「 のびやかな建築 」と言ってくれました。

僕の建築設計の中で

大切にしている

テーマの言葉のひとつだったので

うれしく思いました。


講義資料全ページを

日影アトリエのFBに掲載しました⇒





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by y-hikage | 2018-10-09 12:01 | 手のひらに太陽の家 | Comments(0)

逗子マリーナのラジオスタジオが閉鎖されました。

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RUNのコース沿いに

「 湘南ビーチFM 」の

サテライトスタジオがありました。

週末の土日は、

このスタジオから放送し、

外にも音楽が聞こえるように

演出していました。

このサテライトラジオスタジオが

最近閉鎖されました。

それと同時にスタジオに隣接する場所で

建築工事がはじまりました。

建築の用途は、

ホテルとレストラン。

階数は4階建てとのこと。


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一時期、

この逗子マリーナの敷地に、

2020年開催の東京オリンピックで

開催される

江の島のセーリング競技にむけて、

上の写真のような

高さ130メートルの高層ホテルが

建設されるということで

話題になりました。

現在になっても

高層ホテルの着工の気配がなく、

最近着工した

4階建てに縮小されたと推測しています。

ひとまず安心しました。

130メールの高層ホテルがもし完成すると、

大切な風景が

失われてしまいますので・・・。


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日日日影新聞では

毎度おなじみの

RUNコースの一部である

逗子マリーナの風景・・・。

いつもと変わらない風景がなによりです。



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by y-hikage | 2018-10-07 11:13 | 朝RUNの風景 | Comments(0)

71.吉村順三記念ギャラリー「モテルオンザマウンテン」

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9月のとある週末、

吉村順三記念ギャラリーに行きました。

テーマは、

71回「 モテル・オン・ザ・マウンテン 」

この飲食店を兼ねた宿泊施設は、

1956年、アメリカのマンハッタンから車で

1時間ほど走った山の上に建築されました。

山頂の人工池を中心に等高線に沿って

弧を描くように配置されています。

この吉村順三の作品は、

1枚目の見上げの写真と

男性が立っているバルコニーの

2枚目の写真のみが

今まで書物などに公開されており、

いわば謎の作品でした。

今回の展示では、

多数の写真と図面が展示され、

ある程度、

謎が解けたと思われました。

僕の中では・・・。


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最終的な吉村順三のスケッチ。

このスケッチをもとに

所員が図面にしていったそうです。


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遠景から見る

モテル・オン・ザ・マウンテン。


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バルコニーでくつろぐカップル。


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レストラン棟は

もっとも眺望の開けた一角に張り出し、

清水寺のような懸造りになっています。


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屋根のかたちが入母屋造になっており、

きわめて「日本的」な意匠を

採用しているのには驚きました。

吉村順三の作品には

入母屋の屋根はめずらしく、

作品集をみると他には

「松風荘(1954)」

「新宮殿(1968)」

「神慈秀明会神苑祭事棟(1986)」

3棟のみです。

この入母屋の屋根は、

ニューヨーク近代美術館に展示された

「松風荘」に感銘を受けた建主が、

急きょ設計を依頼したことと

無関係ではないと思います。


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インテリアに障子を用いるだけではなく、

長押の存在も見受けられます。


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吉村順三の断面図は、


例外なくプロポーションが美しいです。


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次回の吉村順三記念ギャラリーは、

ニューヨーク近代美術館に建った

「 松風荘 」

お知らせのハガキにこのように書かれています。


1954年に、ニューヨーク近代美術館の中庭に、吉村の日本住宅の原点であるとの思いを世界に知らしめた建物です」


次回が楽しみです。

11月3日(土)からです。



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by y-hikage | 2018-10-05 10:57 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

国際文化会館の建築

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六本木の鳥居坂に建つ

「 国際文化会館 」は、

坂倉順三、前川國男、吉村順三の

3人の共同設計であることは有名です。

この建築をいずれ

見学してみたいと思ったきっかけは、

吉村順三記念ギャラリーでの

展示を見たからでした。

その展示は、20155月の

「吉村の増改築の考え方」というテーマで、

「 国際文化会館・小食堂増築 」が

事例のひとつとして紹介されていました。



まず、1955年に竣工した

国際文化会館の概要を知るために

松隈洋氏の文章を読んでみます。


○ ○ ○ ○ ○


国際文化交流の促進を目的に、ロックフェラー財団などから巨額の寄付を元に、閑静な屋敷町の面影を残す鳥居坂の一角に建てられた、講堂や会議室、宴会場、宿泊部門などからなる文化施設。

当時の建築界を代表する坂倉順三、前川國男、吉村順三の3人が唯一共同で設計した貴重な建物である。

鉄筋コンクリートの薄い屋根、プレキャスト・コンクリートの柱や梁と、大谷石や大きな木製サッシュ、障子などを組み合わせて、近代的でありながら日本的な雰囲気をもった透明感あふれる端正な空間が生み出されている。

1976年には、前川國男の設計により大規模な増築が行われたが、今なおその原型をよくとどめている。

2004年、理事会は改築計画を発表、その行方が注目されている。

(文化遺産としての

モダニズム建築DOCOMOMO100選展・

図録より引用)


○ ○ ○ ○ ○


次に吉村ギャラリーに展示されていた

国際文化会館・小食堂増築の

解説を読んでみます。


○ ○ ○ ○ ○



国際文化会館・小食堂増築

本館は、1955年に竣工して、人が集まれるところは、講堂以外には大食堂と18㎡で10人位の利用できる特別食堂だけであった。

3年後の1958年に大食堂に隣接した特別食堂を潰して、3~40人が利用できる部屋を増築した。


○ ○ ○ ○ ○

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国際文化会館には、

すでに取り壊されてしまった

吉村順三が設計の

「 国際文化会館住宅 」

が建っていました。

2棟連棟型・板張り切妻屋根の住宅です。

このシンプルで美しいプロポーションの住宅は、

設計の参考にするために

何度となく作品集を見てきました。

作品集の解説文を読んでみます。


○ ○ ○ ○ ○


坂倉順三、前川國男、吉村順三が共同で設計した国際文化会館に隣接する、館長、副館長のための連棟住宅。本館の外観が平側をプレキャスト・コンクリートの柱梁による真壁風、妻側を本実型枠コンクリートによる縦羽目風とされたことに対応し、この住宅では平側を木造の真壁、妻側を杉板の縦羽目とし、本館との文脈的な関連づけをしている。

JA59・吉村順三より引用)


○ ○ ○ ○ ○

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国際文化会館住宅の外観と室内

JA59・吉村順三よりからの転載))

取り壊されてしまったのが残念な建築です。


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アプローチから見える国際文化会館の側面。

近代建築らしい佇まいを感じさせます。


今回、坂倉順三、前川國男、吉村順三の

3人よる共同設計である

国際文化会館を見て思ったのは、

共同設計の難しさでした。

どこが坂倉順三的か、

どこが前川國男的か、

どこが吉村順三的か、

見る眼が弱いせいでしょう、

伝わってきませんでした。


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左手向こうに見える平屋の建築が

吉村順三設計したが小食堂。


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池に浮かぶように建つ食堂棟。

水平の軒先とテラスのスラブ。


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ここからの写真と図面は、

吉村順三記念ギャラリー

第51回「吉村の増改築の考え方」より・・・


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図面にマーカーで書かれた部分が食堂棟。


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次回、

吉村順三記念ギャラリー・第71

「モテルオンザマウンテン」に続く・・・。



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by y-hikage | 2018-10-04 10:54 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

東洋英和女学院の建築

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森美術館の「建築の日本展」を見たあと、

国際文化会館を見学するため

六本木の鳥居坂をのぼっていったら、

国際文化会館の向かいに

洋風のきれいな建築物が建っていました。

施設の名前を見ると

「東洋英和女学院」と書かれています。

品がある洋風建築だと思い、

しばらく眺めていました。

あとでこの品のある建築の由来を調べてみたら、

1933年(昭和8年)に

ウィリアム・メレル・ヴォーリズが

主宰するヴォーリズ建築事務所の

設計によるものだと知りました。

現在の校舎は1993年に取り壊されたものを、

創建当時の図面をもとに

復元されたものだということです。

スパニッシュ・ミッション・スタイルと

呼ばれる修道院の建築様式と

資料に書かれていました。

控えめでありながら、

可憐な花のような意匠に好感をもちました。

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by y-hikage | 2018-10-03 10:02 | 建築巡礼 | Comments(0)

ラムネホールでのコンサート

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前の週のグリーンホールに続き、

923日・日曜日の午後、

聖光学院ラムネホールに

コンサートを聴きにいきました。

オーケストラは、

聖光学院管弦楽団。

指揮者は田部井剛。


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コンサートプログラムは、


1・メンデルスゾーン作曲:

「 美しいメルジーネの物語  」作品32

2・シューマン作曲:

「 交響曲第4番ニ短調 」作品120

3・ラフマニノフ作曲:

「 ピアノ協奏曲第2番 」ハ短調作品18

  ピアノソリスト・今川裕代。

4・アンコール

  シューマン作曲:

「 トロイメライ 」

ピアノソリスト・今川裕代。


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ラフマニノフ作曲:

「 ピアノ協奏曲第2番 」は、

前の週のグリーンホールで

倉澤杏菜さんが弾いた曲と同じです。

幸い、両方ともピアノを弾く手が

よく見える席だったので、

手の動きで

二人の弾く音のちがいが

なんとなくわかりました。

倉澤杏菜さんの演奏は

ダイナミックで力強く、

今川裕代さんの演奏は

優しくやわらかい印象でした。

そしてまた

倉澤さんは、

指が立ち跳ねているように見え、

今川さんは

指が平らにゆっくりと

動いているように見えました。


アンコールの前に

指揮者の田部井さんと

今川さんとのトークがあり、

「 手 」の話しになりました。

今川さんいわく、

「私の手は大きく指も長いほうですが、

華奢で手のひらも薄いほうです」と話され

手のひらを客席に見せてくれました。

透き通るような美しい手は、

彼女が奏でるピアノの音を

すぐに連想させてくれました。

「ピアニストにとって手は

楽器の一部だと思います」と

言った言葉が忘れられません。


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アンコールの

「トロイメライ」は

帰りの電車の中で

耳の中で鳴り続けました・・・。


トロイメライ⇒



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by y-hikage | 2018-10-02 09:58 | 森の中と町の中で | Comments(0)