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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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よちくんの「草深の家」が完成しました。

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「草深の家」が完成しました。昨日竣工引渡しがありました。
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よちくんは大喜びです。「草深の家」は二世帯住宅です。親世帯のたたみの間ではしゃぐよちくん。親世帯の空間には古建具を多用しています。
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階段で遊ぶよちくん。階段は子供たちの遊具になることでしょう。
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階段から飛び降りるよちくん。家中を走り回っていました。
by y-hikage | 2009-12-29 12:59 | 草深の家 | Comments(0)

「坂の上の雲」の撮影に使われた堀田邸。

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印旛沼の見学の後に堺棟梁たちと行った「旧堀田邸」。本日放映の「坂の上の雲」の撮影に使われたのでしょうか。男優と女優のサインが飾ってありました。婚儀のシーンのようです。
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堀田邸を引き上げる日影さんです。
by y-hikage | 2009-12-27 23:13 | 建築巡礼 | Comments(0)

昨日の朝、娘がたこを生け捕りにした場所に行きました。

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昨日の朝は空が曇っていました。
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今日の朝は空が晴れていました。
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昨日の朝、娘が小学生の時に、たこを生け捕りにした岩壁に行って見ようと思い立ちました。向こうに見える岩壁がその場所です。
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娘がたこを生け捕りにした岩壁です。
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185段の石段を登ります。
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石段を上りきったこの神社に参拝することが早朝の習慣です。
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台風18号で決壊した堤防は修復されているのだろうか。
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今朝黄色い花を見つけました。
by y-hikage | 2009-12-27 12:46 | 鎌倉・逗子・葉山で | Comments(0)

「草深の家」の近くに小川を見つけました。

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「草深の家」も濡れ縁と外構植栽を残しほぼ完成しました。12月24日は完了検査の日。完了検査も無事合格し、天気が良かったので日向ぼっこをしながら弁当を食べました。
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「草深の家」から南に10分ほど歩いたところにきれいな小川を見つけました。諸戸川という川です。「ぜひ残したい日本の原風景」のひとつに選定しました。僕が・・・。
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小川の日影に霜柱が生えていました。
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堺棟梁は川越の大工さんですが、遠方のために現場の近くにアパートを借りて仕事をしました。「せっかく千葉県の草深まできて仕事をしたのにどこにも行ってない!!」、ということで堺棟梁のお弟子さんたちと印旛沼に行きました。先ほどの「ぜひ残したい日本の原風景」からおよそ8km下流の諸戸川が印旛沼に流れこんでいました。なんと!!
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印旛沼で記念撮影をする堺棟梁と日影さん。このあと佐倉市内の国指定重要文化財「旧堀田邸」を見学に行きました。たいへん勉強になりました。
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現場にもどると夕方になっていました。そのあと「草深の家」の家族と堺棟梁たちと忘年会を行いました。楽しいひと時でした。
by y-hikage | 2009-12-27 12:15 | 草深の家 | Comments(0)

「那須の家」の薪小屋が完成しました。

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「那須の家」の薪小屋が完成しましたので昨日現場に確認に行ってきました。那須野が原の現場周辺は一面雪が積もっていました。
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母屋の北側に建てられた薪小屋。母屋との調和を考え基本的に同じような素材の使い方(意匠的に)しました。
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北側から見る薪小屋とその向こうに見える母屋。薪小屋の右隣にあるのは薪小屋に入りきれなかった薪を積んだ仮設の薪小屋。敷地の倒された樹木を塩谷棟梁にお願いして割っていただいた薪です。想像以上の薪の量に塩谷棟梁は驚いたそうです。
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薪小屋の柱と土台は栗。外壁は栗と杉の構成。貫と隙間を空けた縦板は栗。
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薪で満杯になった薪小屋と隣に並ぶ仮設の薪小屋はなんとも面白い光景でした。
by y-hikage | 2009-12-21 13:04 | 那須の家 | Comments(0)

「循環の家」の物語がはじまる。

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一昨日に八ヶ岳のふもとの原村に行った。「循環の家」の設計打合せのためだ。アトリエデフ施工。日影アトリエが設計を担当させていただくことになった。工事はすでに進行している。もう冬だ。霜柱がはえていた。霜柱?辞書を読む。「冬の夜、土中の水分が地表にしみ出て、凍結してできる、細い氷柱の集まり」と書いてある。土は春になると花を咲かせるけど、冬にも氷という花を咲かせることを忘れない。地面にはいつくばってその表面を見つめていると常に彼らは動き続けているのを感じる。「循環の家」はこの土との循環も大きな構想のテーマひとつとしている。
by y-hikage | 2009-12-20 14:52 | 循環の家 | Comments(0)

草深の家(そうふけのいえ)が完成間近。よちくん現場に行く。

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「草深の家」が完成間近です。残りは内部の建具と外部の外構工事が残っています。内部の建具は一部に古い建具が再利用されます。遠景から見る「草深の家」です。風景と家族の住まい方から生まれた自然なかたちです。
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家族全員が集う居間。親世帯と子供世帯の二世帯住宅ですが、くつろぐ場所、食事する場所、調理する場所、お風呂に入る場所、トイレに行く場所は一緒です。だから二世帯のようで一世帯のような住宅です。堺棟梁は外構工事に大忙しです。
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この家の中で最も構造が明快に表現されている場所のロフト。その手すりを造っています。
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さてさて、待ちに待った、よちくんが現場に登場です。2階の廊下の手すりの仕上がりを確認中です。
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子どもが苦手という堺棟梁ですが、よちくんと案外仲良しです。
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よちくんの家族がつくってくれたお昼ごはんをいただきます。チャーハンとトン汁とサラダと漬物です。とても美味しかったです。寝不足の日影さんは食後に少し眠くなります。
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よちくんがつくった団子です。柔らかさがなんともよくて美味しかったです。
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押入れに閉じこもるよちくん。家全体が遊具のようです。
by y-hikage | 2009-12-15 18:18 | 草深の家 | Comments(0)

「那須の家」を日影アトリエのホームページに追加しました。

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「那須の家」が完成し早いもので三ヶ月が過ぎました。
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新たに建築中の薪小屋ももうじき完成します。
by y-hikage | 2009-12-11 13:45 | 那須の家 | Comments(0)

西大寺東塔の基壇

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先週の木曜日の午前中、平城京跡に行く前に西大寺に立ち寄りました。西大寺は東大寺の大仏殿を基点とすると約5250m(地図で計測すると)西にあります。780年ごろには110を数える堂宇が甍を連ね壮大な伽藍であったと伝えられています。しかしながらたびたびの被災で堂塔を失っていき南都七大寺のひとつとして東大寺に次ぐ威勢も衰微していきます。
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西大寺本堂の前に四角い基壇が残っています。当初は八角七重塔として設計されましたが、途中で設計変更され四角五重塔(高さ46m)が東西に建立されたそうです。雑誌などで西大寺を紹介する写真は東塔の基壇の上から本堂を撮影したものです。
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この基壇は一般の人は立ち入り禁止。内緒で上がってみようと思いましたがあまりにも目立つのでやめることにしました。本堂から見る東塔の基壇です。
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さてその真四角の基壇の石積みですが僕の眼にはどうしても荒々しい積み方に見えてしまいます。見ようによっては他の石を再利用しているようにも見えます。もしかしたら突然の設計変更のために石工たちが慌てた結果、粗野な積み方になったのかもしれません。いやあえて粗野に積んだとしたら彼らの芸術性に驚いてしまいます。およそ1200年前のことでした。
by y-hikage | 2009-12-10 18:03 | 建築巡礼 | Comments(0)

北鎌倉の家が完成しました。その2

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「北鎌倉の家」は二つの座敷を原型のままで移築しています。新築の家の中に座敷を復元するという表現よりも、古い座敷にしたがって新しい家が創られたという表現が正しいように思います。広縁から八畳間を見た景色です。
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柱や造作材の他に天井材から建具まで再利用しています。広縁から四畳半の間を見た景色です。
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時間が堆積された空間は新しい材料では表現できません。部材はけして太くはありませんが流れた時間のおもさを感じます。
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古い空間と新しい空間が素直につながるように間取りを考えました。
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座敷の前の広縁は以前の寸法とほぼ同じです。時間が経過すると前のような味わいがでてくることでしょう。
by y-hikage | 2009-12-09 17:07 | 北鎌倉の家 | Comments(0)