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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:吉村順三ギャラリー( 68 )

吉村順三の鎌倉山の茶室

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2002年に竣工した

鎌倉山の茶室「宋春庵」の工事中に、

職人さんがこの現場の近くで

「中村外二工務店」の名前が

書かれた軽トラックを見た。

と言いました。

さだかではありませんが、

鎌倉山で

吉村順三が設計した

住宅と茶室があるという噂は

聞いていましたが、

本当かどうかわかりませんでした。

吉村順三記念ギャラリーの

スタッフさんにその存在をたずねてみたら、

鎌倉山にたしかにありますが、

個人宅なので場所は

お教えできませんという

答えが返ってきました。


気になりながら、

忘れつつ思い出しつつ何年も過ぎた今年、

CacaBRUTUS230号に

いきなり吉村順三の

「鎌倉山の家」と「鎌倉山の茶室」の

リノベーション記事が

巻頭で特集されていたのを見て、

腰をぬかしました。

記事には当然のごとく

場所は特定されていません。


ある時、

知り合いのツイッターの記事に、

吉村順三が設計した住宅を改修した

ink gallery」を

自転車で走っていたら偶然見つけたけど、

汗だくで入れる状態じゃなかった。

みたいなことを

書いていたのをみつけて、

ink gallery」の場所を

やっと特定できました。


その場所はまた驚くことに、

僕が設計した茶室「宋春庵」の

となりのとなりのとなりでした。


最近、思うのですが、

時間が20年目から30年目にして、

ぐるっとひとまわりした感じがします・・・。

いろんな意味で・・・。


ともあれ、

吉村順三が設計した

「鎌倉山の茶室」と

「鎌倉山の家」を最終日に見に行きました。

最大の目的は、

中村外二施工の

茶室の意匠と技術を盗むこと・・・。

そして可能であれば

吉村順三の住宅の空間を体験すること・・。

残念ながら住宅の見学は無理そうでした・・・。


中村外二の数寄屋は

僕なりに解釈すると「切れ味がいい」空間です。

昔、日影アトリエのスタッフが

ミース・ファンデル・ローエみたい!

と言いましたが僕もそう思いました。


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ここからは住宅編・・・。

内部を見学できないのが残念でした。





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2002年に竣工した

鎌倉山の茶室「宋春庵」

藤沢市片瀬に建っていた書院造を解体し、

小間の茶室に圧縮したもの


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by y-hikage | 2019-08-23 17:39 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

75.吉村順三記念ギャラリー「高輪の家」

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5月のとある週末、

吉村順三記念ギャラリーに行きました。

テーマは、

75回「 高輪の家 」


高輪の家は、

1974年に東京高輪に建てられた家です。

写真は北西に配置された居間

西側と南側を引き込み障子としています。

開口部の窓枠を設けずに、

壁を白く塗りまわし輪郭を消しています。

写真が白黒なのではっきりとわかりませんが、

全体的に壁面の角や端部に

木を使用せずに白い均質な空間を

求めているように見えました。


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吉村順三記念ギャラリーの展示室

道路沿いに塀を立て

竹を植えた庭がガラス越しに見えています。

この美しい自然光を眺めるのが好きでした。

机に置かれているのは、

展示テーマごとに刷られた図面集です。


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ギャラリーの応接室

おもえば最初に

このギャラリーを訪ねた時に

感じた応接室の気持ちのよさにとりつかれ、

12年間ぐらい毎回欠かさず、

ギャラリーに通い続けたように思います。


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応接室の開口部の詳細図

障子を引き込み

ロールスクリーンをおろすと

スライド映写機の

スクリーンにかわる仕掛けです。

外部の自然光が

スクリーンの両端から漏れないような

工夫がされています。

今回、展示されている高輪の家と同様に、

開口部の窓枠を白く塗りまわし

輪郭を消しています。


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竹橋のパレスサイドビルを設計した

日建設計・林昌二氏は、

この応接室のことを文章にしています。

この文章を読んだことが、

吉村順三記念ギャラリーに

興味をもったきっかけとなりました。

読んでみようと思います。


 ○  ○  ○  ○


隠し過ぎずに


目白の住宅地の一角にある吉村順三設計事務所の建物は、事務所の性格のままに、あまりにも何気ない印象ですから、よほど道順を確かめて訪れないと、行き過ぎてしまうほどです。

けれども一歩中に入ると、さすがに気分のよいつくりようで、全体の雰囲気がなんとはなしに伝わってくる程度に開放的でありながら、ワンルーム・オフィスのように互いに見え過ぎることはない、巧みなバランス感覚がみなぎった設計室を見ることができます。

といっても、来客が設計室に立ち入ることは滅多にないようで、入口脇にある、これもあまりに気分が良い部屋なので来客が長居するのではないかと懸念される応接室に通されます。

その気分の良さというのは、床を一段下げてソファをつくりつけたアットホームなスケール感と、外に向かって穿れたひとつの窓の効果によっています。

窓には紙障子があって、その枠が(ここでいう枠とは障子の框と組子を示す。注釈:日影良孝)ラワンで赤いステイン塗りであることを知れば、吉村流の神髄に触れた思いをするものですが、その窓の外には、1mほどの先を通る道路との境界に立つ塀が迫っていて、窓と塀の間の、ほんのわずかな隙間を利用した、可愛らしい小庭が目に入る仕組みになっています。

小庭には石燈籠や植込みが配されて、まさに日本の伝統的手法には違いないのですが、ソファに腰を落ちつけて改めて窓の外を眺めてみますと、塀越しに見える道の向こうの商店の看板が、隠し切れなかったという思いを残すことなく、まことに自然に目に入ってしまいます。

吉村順三以外の、日本建築の名手を思い浮かべてみると、彼らなら完璧に視線を防いだに違いないと思われ、ここにも吉村流のこだわりのなさがあることを知ります。

日本の建築と住み手との間の関係では、見苦しいものはことさらに隠すのではなく、見えにくくする工夫があればそれで良く、あとは住み手の側の心づかいとして、見るべきでないものは見ない、聞くべきでないものは聞かぬふりをするのがルールなのでした。

そうでなければ「夏を旨とする」風通しは滅法良いが視線は遮ききれず、音はつつ抜けという家で気持良く暮らすこてはできなかったはずです。

暮らしの工夫は生活の作法となり建築の様式へとつながって、独特の味わいを醸し出します。

・・・・後略・・・・


(別冊新建築・日本現代建築家シリーズ7・吉村順三より引用)


 ○  ○  ○  ○


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by y-hikage | 2019-05-30 10:44 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

吉村順三が設計した宮殿

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明日の

平成31430

宮殿にて、

天皇の退位の儀式がおこなわれ、

令和元年51

やはり宮殿で

新天皇の即位の儀式がおこなわれます。


言うまでもなく

この宮殿の設計は、

建築家・吉村順三(19081997)によるものです。

竣工は1968年。

この宮殿の建築的なデータには、

基本設計:吉村順三 

実施設計:宮内庁臨時皇居造営部 

と書かれています。

(作品名は「 新宮殿 」)

これは、

新宮殿の実施設計に入った段階で、

吉村順三の設計に対する考えが

宮内庁に受け入れられず、

吉村は建築家としての立場を明確にするため、

設計を辞退したためです。

この経緯により

吉村順三の設計は基本設計までとされていますが、

この基本設計の図面を見ると、

基本設計の密度をはるかに超えた

実施設計のレベルに達していました。

竣工写真を見る限り、

一部の装飾的な部分を除くと、

忠実に吉村順三の設計に基づいているように

僕には思えました。


なにはともあれ、

尊敬してやまない

建築家・吉村順三が設計した宮殿で

天皇の代替わりの儀式が

おこなわれるということが、

なによりもわくわくする気持ちになります。


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平面図

中庭に面した上の部屋が

儀式が行われる「松の間」


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断面図


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配置図

上記図面三点は

吉村順三記念ギャラリーで撮影したもの


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屋根伏図航空写真


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FIXのガラスの向こうに見える横繁の障子。

この障子が縦繁の障子だったら

全くちがう見え方をしていただろうと思います。

障子の桟が横方向のみによって、

よりのびやかな水平線を強調しています。




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200811月、

吉村順三記念ギャラリーで

「新宮殿」の展示がありました。

この展示で作成されたチラシに

元所員の故奥村まことさんの

文章が書かれています。

今回再読しましたが、

とても素敵な文章で感銘を受けました。

涙が出そうになるほどに・・・。

奥村まことさんの文章を読んでみようと思います・・・。

 

O O O O O O O O


2008826日、宮内庁の工務課が「宮殿長期保全計画」を策定するについて、各界の意見を求めており、当時吉村設計事務所にいた元所員が、宮殿を拝見した。

丁度40年経っているので、状態を見るのは大切なことだ。

全体の印象は「静かで落ち着いて、風格ある建物」であった。

そして沢山歩いたのに少しも疲れない。緊張しない。

それは何故かと言うと、「住宅のような建物」であったからだ。

重々しくない。外も室内と同じ、白い壁と黒みがかった柱。軽い爽やかな緑の屋根。

連翠(小食堂)と千草と千鳥の間(休所)以外の舞良戸風のあかり障子の形の落ち着き。

杉・栂・松・欅・檜の温かい木の感覚。廊下から見える中庭の景色。

歩くうちに感じる高さと巾のリズム。

そういったものがすべて一体となって、安心の気持ちを人に与える効果があった。

白状すると、時々ドキッとしたのはシャンデリアである。壁画もところを得てないものがあった。しかしすぐにまた元の落ち着きになる。

吉村が思い描いていたであろう空間はちゃんとそこにあった。

電飾が心配されていたが大丈夫。当たり前だが、大変よく手入れがなされている。

保全計画も「古びたからといって取り替える」ということはしない、という方針である。

工務課の方々の知恵を信じて帰ってきた。

吉村がこの仕事で最も明らかにしたかったことは、「オルガ二―ゼーションとデザイン」ということである。

建築家は責任をもってすべての要素を綜合したデザインをする。

そのためには一人のチーフデザイナーとそれを助ける数人の優れた人材が最初から最後まで、配置から現寸まで、庭園から引き手まで、デザインしなければよい建物は出来ない。

そんな吉村の思いがこもっていた。

また、この建物の構想が、あの軽井沢の山荘のデザインと同じ時に始まり、山荘で完成したことも付け加えておきたい。

爽やかな思いがこもっていえる。

(文責 奥村まこと)


O O O O O O O O



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by y-hikage | 2019-04-29 10:44 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

手作りの吉村順三の図面集・その2

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20151012日の日日日影新聞の記事で

「手作りの吉村順三の図面集」を書きました。

あれから4年半が過ぎ、

図面集が7冊になりました。

吉村順三記念ギャラリーでは、

展示内容にあわせて

展示パネルを図面化して

500円で販売しています。

ギャラリーに行くと決まって購入し、

あるていど図面がたまってきたら

製本しています。

こうして日影アトリエ製図室には

オリジナルの吉村順三図面集が

増えていきます。

どの市販の作品集にも

発表されていない作品の図面も多く、

貴重なオリジナル図面集ではないかと

思っています。


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72回・松風荘の平面図


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72回・松風荘の立面図


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61回・ニューヨーク郊外のゲストハウスの

室内の写真


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61回・ニューヨーク郊外のゲストハウスの

矩計詳細図

このような詳細図は設計にとても役にたちます。



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by y-hikage | 2019-04-05 13:38 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

74.吉村順三記念ギャラリー「ニューヨークに」

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平成313月のとある週末、

吉村順三記念ギャラリーに行きました。

テーマは、

74回「 ニューヨークに 」


展示内容は、ニューヨークに設計した作品で、

今まで展示していない

四つの作品を集めたものでした。

1948年:ニューヨーク国際繊維改修工事

1956年:日本航空ニューヨーク事務所

1958年:高島屋ニューヨーク店

1976年:ホテル北野


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そして第74回・吉村ギャラリーの目玉は

なんといっても、

「ポカンティコヒルの家」

別名「ロックフェラー邸」の軸組模型。

この模型は

平成304月から9月まで

開催された「建築の日本展」に

展示されていたものです。

「建築の日本展」では撮影不可だったので、

吉村ギャラリーに

戻るのを楽しみにしていました。


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「ポカンティコヒルの家」について

吉村順三作品集に

書かれた解説を読んでみます。


※ ※ ※ ※


この住宅はニューヨーク近郊の広大な敷地の中に、眺望のよい一画を塀で囲って落ち着いた住まいの環境を作り、その中に建てられている。

地階をコンクリート構造とし主階は開放的なプラントするために積層材の柱梁構造とした。

冷暖房は床ダクトによる空調方式である。

壁の中に引き込む軽い間仕切りによって居間、食堂、回廊スペースを自由に変化させることが出来る。

回廊はコレクションの展示に使われる。

中庭の繊細な植栽は荒々しい冬の風雪から守られている。

地形を利用した地階のピロティ部分は多目的に使用され、風の強い日はガラスのパーティションを引き出せるようになっている。


※ ※ ※ ※


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吉村順三の作品は

美しい屋根の建築が多いと思います。

「美しく日本的な屋根」と

言ってもいいような気がします。

2冊組の吉村順三作品集の中で、

美しい屋根をあえて5つ選ぶなら、


1.1988年:八ヶ岳高原音楽堂

2.1974年:ポカンティコヒルの家

3.1986年:インターボイス軽井沢山荘

4.1967年:湘南茅ヶ崎の家

5.1962年:軽井沢山荘(吉村順三の夏の家)


です。


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門からポカンティコヒルの家をのぞき見ます。


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地階平面図


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主階平面図


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断面図


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ニューヨーク国際繊維展の図面


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日本航空ニューヨーク事務所のインテリア。

インテリアが一枚の絵葉書のようです・・・。


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高島屋ニューヨーク店

既存のビルを改修した店舗のようです。

大胆にも外壁の一部を解体して

ガラスのカーテンウォールにしています。


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高島屋ニューヨーク店

店舗内の階段。

どのようにして階段を支持しているのか

見当がつきません。


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高島屋ニューヨーク店

店舗内の階段図面。

どのようにして階段を支持しているのか、

図面を見ても見当がつきませんでした・・・。


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今回の第74回「 ニューヨークに 」は

平成最後の展示でした。

平成最後に

「ポカンティコヒルの家」の軸組模型を

展示した記念すべき

74.吉村順三記念ギャラリーでした。


次回は、第75回「高輪の家」です。

令和元年54日から開催します。


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by y-hikage | 2019-04-03 12:29 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

73.吉村順三記念ギャラリー「ポカンティコヒルの家」

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今年の1月のとある週末、

吉村順三記念ギャラリーに行きました。

テーマは、

73回「 ポカンティコヒルの家 」


ポカンティコヒルの家は1974年、

ニューヨークの北

およそ40㎞の郊外ポカンティコの丘の上に

建築された

アメリカの企業家であり富豪である

ロックフェラーの住宅です。

東西南北およそ1㎞四方の

広大な敷地の西側に計画されました。

500坪ぐらいの大きな西洋館に住んでいた

ロックフェラーが

「こんどは200坪ぐらいの小さな家を

吉村順三に設計をやらせたい」と言って

設計を依頼した住宅です。

敷地は広大で

見える部分のすべてが

ロックフェラー家の敷地で、

敷地の中に湖がひとつと

フリーウェーが一本と

山が一つと

九ホールのゴルフ場がひとつあり、

それらを2階のリビングから

眺めることができます。

日本の木造住宅の良さを生かした

コンパクトで住みよい住宅をという

ロックフェラーの希望を

簡潔なロの字の平面で実現しています。

各室のプロポーションは

生活に見合ったスケール感を

生みだしています。

地階西側のピロティは

庭を介して周囲の自然環境と

連続しており、

地階と1階をつなぐ中庭から

それを取り囲む諸室へと、

自然が室内まで導いています。

中庭に面したギャラリーや

居間・食堂の間仕切りとなる襖や障子は、

すべて壁内に引き込まれ、

用途に応じた室内空間の

フレキシビリティと同時に、

中庭との一体感と

広大な自然を見おろす眺望を

獲得しています。

データによると

1階と2階をあわせた床面積は

360坪におよびます。

写真をみると

家の巨大さを感じさせないところが

吉村順三のうまさと

言えるのではないかと思いました。

僕は宙に浮いたような

屋根の軒先とバルコニーの

水平線の美しさを

いつもうっとりとした気分で見ています。

置かれている家具のほとんどが

ジョージ中嶋の作品ですが、

吉村順三の空間と

ジョージ中嶋のデザインが

衝突しあっていると

感じるのは僕だけでしょうか・・・。


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by y-hikage | 2019-03-13 10:58 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

72.吉村順三記念ギャラリー「松風荘」

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松風荘(しょうふうそう)は1954年、

ニューヨーク近代美術館(MOMA)の中庭に、

吉村順三の日本の住宅の原点であるとの思いを

世界に知らしめた建築です。

この計画は

ニューヨーク近代美術館の建築主事である

フィリップ・ジョンソン、

アーサー・ドレックスラー、

ロックフェラーと

関野克氏らの要望で、

中世の武家の住まいを紹介するものでした。


松風荘の設計に関して

展示用パンフレットに書かれた

吉村順三の文章を引用してみます。

※ ※ ※ ※

吉村の記—1


近代美術館での僕の仕事は、普通の仕事ではなくて、日本を紹介するというのが目的ですから、それにふさわしいものにしたわけです。

自分のオリジナルでもないし、そうかといって、日本そのままでもないわけですね。アメリカの人たちが消化しやすいようにしてあります。

シカゴ万博で平等院がでたり、サンフランシスコのゴールデン・ゲート公園の日本庭園が出来たりというのが日本的だと思われていたんですね。

日本建築にはこういう合理性がある。合理性があっておもしろいんだということを僕が主張して、だんだん向こうも分かってきたんですよ。そういう意味で日本建築というものに、非常に興味を持つようになったわけですね。

エキゾチックというばかりでなくて、ちょうどモダンな建築がはやってきた時期ですから、それと同じようなことで、日本建築も入ってきたわけです。

僕のほうは、そういうことをすでに感じていました。このデザインの中には、アメリカ人にも理解できる近代的なものがあるということをね。


吉村の記—2


20階、30階のビルに囲まれてた狭い土地で、小さな日本の平屋がどう見えるかと心配していたが、できてみると桧皮の屋根の曲線が周囲の建物と強い対照を見せ、白い築地に囲まれた庭が静かな額縁となってかえって効果的であった。

庭と建物が一体となってつくりだす環境は、西洋にはまったく新しいもので、日本が数百年も前からこのような家をつくってきたということに人々は驚いている。

鉄とコンクリートの町の中で苔のある石、柔らかな庭木の曲線、泉水の音、青畳、桧の木肌、襖の軽い線等の構成が心のやすらぎを感じさせるためか、広縁に座って何時間も庭をながめて動かない人々が少なくなかった。

私にとっては、機械的に近代化されたアメリカの建物と洗練された手工業による日本の建築を対照して見ることができて非常に得難い経験だった。


(展示用のパンフレットから引用)


※ ※ ※ ※



1908年生まれの吉村順三が

松風荘を完成させたのが1954年なので、

吉村順三が46歳のときです。

完璧なまでの日本建築を設計した

吉村順三の力量には驚きます。

おそらく青年のころから、

いや幼少のころから

日本建築に親しみをもって

接していたのでしょう・・・。

松風荘の展示では、

今まで見ることができなかった

写真や図面が多く展示されていて

貴重な展覧会でした・・・。


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配置図


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平面図


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天井伏図


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屋根伏図


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床伏図


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小屋伏図


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立面図


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立面図


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断面図


※ ※ ※ ※



松風荘はMOMA2年間展示されたあとに

フィラデルフィア市郊外の

フェアマウント公園に移築されました。



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by y-hikage | 2019-01-15 14:07 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

71.吉村順三記念ギャラリー「モテルオンザマウンテン」

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9月のとある週末、

吉村順三記念ギャラリーに行きました。

テーマは、

71回「 モテル・オン・ザ・マウンテン 」

この飲食店を兼ねた宿泊施設は、

1956年、アメリカのマンハッタンから車で

1時間ほど走った山の上に建築されました。

山頂の人工池を中心に等高線に沿って

弧を描くように配置されています。

この吉村順三の作品は、

1枚目の見上げの写真と

男性が立っているバルコニーの

2枚目の写真のみが

今まで書物などに公開されており、

いわば謎の作品でした。

今回の展示では、

多数の写真と図面が展示され、

ある程度、

謎が解けたと思われました。

僕の中では・・・。


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最終的な吉村順三のスケッチ。

このスケッチをもとに

所員が図面にしていったそうです。


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遠景から見る

モテル・オン・ザ・マウンテン。


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バルコニーでくつろぐカップル。


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レストラン棟は

もっとも眺望の開けた一角に張り出し、

清水寺のような懸造りになっています。


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屋根のかたちが入母屋造になっており、

きわめて「日本的」な意匠を

採用しているのには驚きました。

吉村順三の作品には

入母屋の屋根はめずらしく、

作品集をみると他には

「松風荘(1954)」

「新宮殿(1968)」

「神慈秀明会神苑祭事棟(1986)」

3棟のみです。

この入母屋の屋根は、

ニューヨーク近代美術館に展示された

「松風荘」に感銘を受けた建主が、

急きょ設計を依頼したことと

無関係ではないと思います。


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インテリアに障子を用いるだけではなく、

長押の存在も見受けられます。


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吉村順三の断面図は、


例外なくプロポーションが美しいです。


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次回の吉村順三記念ギャラリーは、

ニューヨーク近代美術館に建った

「 松風荘 」

お知らせのハガキにこのように書かれています。


1954年に、ニューヨーク近代美術館の中庭に、吉村の日本住宅の原点であるとの思いを世界に知らしめた建物です」


次回が楽しみです。

11月3日(土)からです。



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by y-hikage | 2018-10-05 10:57 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

国際文化会館の建築

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六本木の鳥居坂に建つ

「 国際文化会館 」は、

坂倉順三、前川國男、吉村順三の

3人の共同設計であることは有名です。

この建築をいずれ

見学してみたいと思ったきっかけは、

吉村順三記念ギャラリーでの

展示を見たからでした。

その展示は、20155月の

「吉村の増改築の考え方」というテーマで、

「 国際文化会館・小食堂増築 」が

事例のひとつとして紹介されていました。



まず、1955年に竣工した

国際文化会館の概要を知るために

松隈洋氏の文章を読んでみます。


○ ○ ○ ○ ○


国際文化交流の促進を目的に、ロックフェラー財団などから巨額の寄付を元に、閑静な屋敷町の面影を残す鳥居坂の一角に建てられた、講堂や会議室、宴会場、宿泊部門などからなる文化施設。

当時の建築界を代表する坂倉順三、前川國男、吉村順三の3人が唯一共同で設計した貴重な建物である。

鉄筋コンクリートの薄い屋根、プレキャスト・コンクリートの柱や梁と、大谷石や大きな木製サッシュ、障子などを組み合わせて、近代的でありながら日本的な雰囲気をもった透明感あふれる端正な空間が生み出されている。

1976年には、前川國男の設計により大規模な増築が行われたが、今なおその原型をよくとどめている。

2004年、理事会は改築計画を発表、その行方が注目されている。

(文化遺産としての

モダニズム建築DOCOMOMO100選展・

図録より引用)


○ ○ ○ ○ ○


次に吉村ギャラリーに展示されていた

国際文化会館・小食堂増築の

解説を読んでみます。


○ ○ ○ ○ ○



国際文化会館・小食堂増築

本館は、1955年に竣工して、人が集まれるところは、講堂以外には大食堂と18㎡で10人位の利用できる特別食堂だけであった。

3年後の1958年に大食堂に隣接した特別食堂を潰して、3~40人が利用できる部屋を増築した。


○ ○ ○ ○ ○

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国際文化会館には、

すでに取り壊されてしまった

吉村順三が設計の

「 国際文化会館住宅 」

が建っていました。

2棟連棟型・板張り切妻屋根の住宅です。

このシンプルで美しいプロポーションの住宅は、

設計の参考にするために

何度となく作品集を見てきました。

作品集の解説文を読んでみます。


○ ○ ○ ○ ○


坂倉順三、前川國男、吉村順三が共同で設計した国際文化会館に隣接する、館長、副館長のための連棟住宅。本館の外観が平側をプレキャスト・コンクリートの柱梁による真壁風、妻側を本実型枠コンクリートによる縦羽目風とされたことに対応し、この住宅では平側を木造の真壁、妻側を杉板の縦羽目とし、本館との文脈的な関連づけをしている。

JA59・吉村順三より引用)


○ ○ ○ ○ ○

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国際文化会館住宅の外観と室内

JA59・吉村順三よりからの転載))

取り壊されてしまったのが残念な建築です。


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アプローチから見える国際文化会館の側面。

近代建築らしい佇まいを感じさせます。


今回、坂倉順三、前川國男、吉村順三の

3人よる共同設計である

国際文化会館を見て思ったのは、

共同設計の難しさでした。

どこが坂倉順三的か、

どこが前川國男的か、

どこが吉村順三的か、

見る眼が弱いせいでしょう、

伝わってきませんでした。


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左手向こうに見える平屋の建築が

吉村順三設計したが小食堂。


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池に浮かぶように建つ食堂棟。

水平の軒先とテラスのスラブ。


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ここからの写真と図面は、

吉村順三記念ギャラリー

第51回「吉村の増改築の考え方」より・・・


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図面にマーカーで書かれた部分が食堂棟。


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次回、

吉村順三記念ギャラリー・第71

「モテルオンザマウンテン」に続く・・・。



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by y-hikage | 2018-10-04 10:54 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

70.吉村順三記念ギャラリー「ジャパンハウス」その2

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吉村順三記念ギャラリー

70回「 ジャパンハウス 」の

展示の中で、

とても貴重だと思えるものが

2種類ありました。


ひとつは、

ジャパンハウスの

中庭かエキジビジョンエリアに

計画された「組立式茶室」の図面。


もうひとつは、

吉村順三が描いたジャパンハウスの初期のスケッチ。


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中庭に配置された組立式茶室の平面図


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ジャパンハウスの中庭


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組立式茶室の小屋伏図


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組立式茶室の立面図


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無駄な部材を一切排除した簡素な矩計。

この組立式茶室が完成していたら

名建築の部類にはいると思われます。


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吉村順三が描いた

ジャパンハウスの初期のスケッチ。

貴重な原画のコピー。

吉村順三のスケッチからは

いつも愛が感じられます・・・。

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次回の吉村順三記念ギャラリー

小さな建築展

71回は、

「モテルオンザマウンテン」です。

1956年建築の

懸造りのような木造2階建ての

飲食店+宿泊施設です。





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by y-hikage | 2018-08-20 16:02 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)