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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:建築巡礼( 183 )

建築写真家の畑亮さんのお宅にうかがいました。

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先月の1027日の土曜日、

建築写真家の畑亮さんの

ご自宅にうかがいました。

その目的はというと、

かたい話になりそうですが、

要は飲みながら

畑亮さんの建築写真家人生を

聞こうという企画に誘われてのこと・・・。


畑亮さんの息子さんお二人、

畑耕さんと畑拓さんも建築写真家です。

畑亮さんとは長いお付き合いを

させていただいています。

そのきっかけは僕の処女作である

「鎌倉の大屋根」を撮影していただいた

1990年ごろから・・・。


今回の飲み会には、

元住宅建築編集長の

植久哲男さんも参加。

植久さんが居ることで

畑亮さんへのインタビューが

より深い内容になりました。


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左奥が建築写真家の畑亮さん

右奥が畑耕さん

右真ん中が植久哲男さん


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畑亮さんのお宅は八王子市にあります。

外のデッキでまずは乾杯。


畑亮さんは1943年石川県生まれです。

日本大学芸術学部写真学科の卒業です。

学生時代、ガソリンスタンドで

アルバイトをしていた時に、

建築写真家の村井修氏と出会い、

その出会いが建築写真家を

目指すきっかけになったそうです。

村井修氏(1928年~2016年)は

日本を代表する建築写真家で

数々の名作を生み出してきました。

畑亮さんのお話によると、

学生時代に村井修氏のもとで

アルバイトをしていた時は、

建築写真家・二川幸男(1932年~2013年)と

大塚氏という人と

村井修氏と3人でレトリアという

写真スタジオで活動していたとのこと・・・。

村井修氏のもとで修業したあとに独立し、

建築家・高須賀晋(1933年~2010年)と出会い、

1973年から約10年間撮り続けた

「日本の集落」が

畑亮さんの代表作となります。



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「日本の集落」三巻

日本の集落は、

建築雑誌「住宅建築」に連載されたものを

三巻にまとめたものです。

「日本の集落」は高須賀晋氏と二人で、

日本全国を巡り、

セスナに乗って

空から集落を写す写真が特徴です。

高須賀晋氏との二人旅の

エピソードの数々は神話のようになっています。


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北越谷で2009年に開催された

畑亮写真展のチラシがみつかりました。


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畑亮さんの師匠である村井修氏の写真

日経アーキテクチャーからの転載です。

写真は丹下健三設計の香川県立体育館

建築写真というよりも

村井修の芸術作品となっています。


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畑亮さんが写真家として軌跡を語っています。

畑亮さんの話に熱心に耳をかたむける

植久さんと日影良孝。


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1980年建築の生闘学舎(東京都三宅島)

設計:高須賀晋。撮影:畑亮さん。

写真から建築のエネルギーが伝わってきます。

尻込みするほどに・・・。


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生闘学舎の内部空間


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ある大工は、

生闘学舎はいずれ世界史に残る

遺跡になるだろうと話していました。

ただし、

誰に聞いても生闘学舎の

現在の状況はわかりません。



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毎日新聞社発刊の

重要文化財・吉島家住宅

写真:畑亮さん

1984年、畑亮さんが41歳の時です。

数ある吉島家住宅の写真の中で

もっとも完成度が高い

写真作品ではないかと思っています。

現在、絶版の本で入手困難です。



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僕の処女作「鎌倉の大屋根」が

掲載された「住宅建築」の表紙

19906月号です。

この6月号には

「鎌倉の大屋根」と「山中湖の蔵座敷」の

二作が掲載され、

表紙の写真は「山中湖の蔵座敷」

写真は畑亮さん。


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「鎌倉の大屋根」の巻頭写真


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「住宅建築」199410月号

新潟県高柳町で設計した、

かやぶきの家4棟の特集号です。

表紙はその4棟の中の

「おやけ」とよばれる、かやぶきの家。

写真はもちろん畑亮さん。


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高柳町の荻ノ島集落の「荻の家」


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20144月号の住宅建築に

掲載された「 那須の家 」

・・・・・・・・・・・・

1027日の土曜日は、

夜遅くまで話が盛り上がり、

結局、

畑亮さんの家に泊まってしまいました・・・。


( 人物写真は畑拓さんの撮影です )



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by y-hikage | 2018-11-09 11:47 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その8・茶室「光華」

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1933年(昭和8年)に

朝香宮鳩彦王の住居として建てられた

朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)の敷地に

茶室があることを今まで知りませんでした。

いや知っていたかもしれませんが、

記憶に残るような建築ではありませんでした。

今回、あらためて見学し、

その屋根の美しさに感銘を受けました。

杮葺きを銅板で包んでいたのです。

・・・

この茶室は「光華(こうか)」と呼ばれ、

2015年に本館である朝香宮邸とともに

茶室・光華は国指定重要文化財の

指定を受けました。

2016年に改修をおこない

建築当初の姿に蘇り、

一般に公開されるようになったとのことです。

・・・

「光華」という名称は

朝香宮鳩彦王自らが付け、

扁額も朝香宮鳩彦王の

直筆のものと伝えられています。

・・・

設計は

武者小路千家の茶人である中川砂村。

施工は「昭和の名工」と呼ばれた

大阪の数寄屋大工棟梁・平田雅哉により、

1936年(昭和11年)に完成しています。

数寄屋大工・平田雅也は

1900年(明治33年)堺市に生まれ、

1980年(昭和55年)80歳の生涯を閉じます。

ほぼ同時代の

数寄屋大工・中村外二1906 - 1997年)と

比較すると、洗練された数寄屋というよりも、

意匠的な要素が多く、

手の痕跡が表に出ている感じがいたします。

茶室「光華」は、

比較的遊びの少ない「真」から「行」の間で

まとめられているのは、

武者小路千家の茶人の設計によることと、

なにより朝香宮鳩彦王の好みが

反映されているものと思われます。


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茶室「光華」に置かれていた資料を読むと、


光華は

小間・広間・立礼の三席に、水屋・立水屋・廊下・手洗所が付属している。

広間は四畳半切本勝手・九畳・上座床の間取りである。茶席のほか、懐石、小間の寄付待合としても使用できる。部屋の北側を手前座とし、その並びに一間床を設けている。床柱は赤松皮付。


小間は、四畳半上台目切本勝手、下座床の間取りである。手前座の風呂先に中柱を立て、中敷居と鴨居を入れ、その間を開放としている。床の間は台目幅の本床。床柱は栗六角のナグリ。床框は花梨に拭漆仕上げとなっている。


立礼席は、

約十畳分の広さをもち、南西隅には台目幅の松床を備え、北側には飾り棚を備える。床は敷瓦四半敷であるが、創建当初のものとは異なると思われる。

「光華」に立礼席に当初から専用の立礼席が設けられた理由はわからないが、当時の皇族は親善外交の一翼も担っていたことから、外国人の来客に対応するためだった可能性がある。また、朝香宮殿下自身、フランスでの交通事故により足に後遺症があったことから、正座での茶席が困難だった可能性がある。


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ガラス越しに西側廊下、広間を見ます。


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西側外観


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茶室・小間の外観


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茶室・小間の外観


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立礼席南側外観


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広間南側外観。

茶室は、ほぼ真南に面しており

非常に明るい空間を創り出しています。

障子を開けるとガラス戸を通して

日本庭園を借景とし、春夏秋冬の風情を

存分に味わうことができるとのこと。


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小間南側外観


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立水屋入り口


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立水屋の東側窓


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水屋北側窓


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手洗所北側窓


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杮葺きの腰葺き桟瓦葺の屋根。

杉板の杮葺きを銅板で包んでいます。

非常に珍しい工法であり、

その分大変手間のかかる仕事です。

しかしながら手間をかけた効果が

存分に発揮されており、

杮葺きのエッジが美しくでています。


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広間の内部空間


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広間の内部空間


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広間の内部空間


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広間の内部空間


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立礼席の内部空間

残念ながら、

室内は立礼席と立礼席から見る

広間のみが見学可能でした。


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光華の立礼席に置いてあった資料の中の

簡単な単線間取図を撮影し、

設計図として清書してみました。


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by y-hikage | 2018-11-07 15:18 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その7

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19933月、

東京都教育委員会による

東京都文化財指定説明の中の、


10.参考事項に

こう書かれています。


朝香宮邸の特徴を一言でいうなら、20世紀のはじめのもっとも先進的で、最後の装飾芸術であったアール・デコ様式が随所に採用され、新鮮で華やかな意匠に満ちた建築であったということに尽きる。

特に、玄関のガラス・スクリーン(ラリック作)、大客室に設けられた扉(ラリック作)、大客室の天井にかかるシャンデリア、大食堂の壁面装飾(ブランショ作)・シャンデリア(ラリック作)・壁面(ラパン作)など室内装飾はどれ一つをとってもアール・デコ様式の尽きない魅力を明確に伝えている。日本ではアール・デコ様式が住宅に用いられた例は比較的少なく、おそらく朝香宮邸が唯一のものと考えられている。


そしてまた

12.指定理由

にはこう書かれています。


1920年代、パリで生まれたアール・デコ様式は、商業主義と工業化時代の製品に対応しながら独自の様式をつくり上げていたが、旧朝香宮邸はそのアール・デコ様式を余すところなく伝える典型的な建築物である。

現在は博物館施設として使われているが、内部の改造が僅少でアール・デコ様式を正確に留め、昭和初期における文化受容の様相をうかがうことができる貴重な歴史的建造物である。このため指定して保存する必要がある。



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殿下書斎

正方形の部屋の隅に飾り棚を設け、

室内を円形に仕上げています。

シトロニエ材の丸柱が円形に配置され、

天井も円形ドームとしています。

その真ん中に半円形の机を置き、

求心的な空間を強調しています。

この部屋は机とともに

インテリアデザインを

アンリ・ラパンが担当しています。


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2階の広間に面する北の間のガラス窓。


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北の間と呼ばれるベランダ。

夏の時期、家族の団らんの場所として

使用されたようです。


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若宮の寝室


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南側のベランダ。

市松模様の床と

小ぶりな照明器具が印象的です。

個人的にはこの病院のような

清潔感あふれる

シンプルな空間が好きです。


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殿下の寝室


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2階浴室

南側ベランダの内側に配され、

窓からの光はベランダからのもの。


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1階大食堂の壁面レリーフ。


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允子妃殿下の居間


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姫宮の居間


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第二階段室


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第二階段室見返り


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ウィンターガーデン

と呼ばれるペントハウス。

たしか改修前は公開されていませんでした。


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バウハウス的空間の

ウィンターガーデン。


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雨水が侵入したときのために

排水口が設けられています。


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2014年に増築されたギャラリー棟

設計は久米設計です。


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半円の断面をもつ

ヴォールト状のPC版表しの天井は、

本館の正円のモチーフの

引用ではないかと僕は推測しました。


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カフェ


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渡り廊下にはめられた、

光がウネウネするガラス。

ラリックの

ガラスレリーフへのオマージュ。


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・・・・・・・

次回

朝香宮邸の建築・その8

に続く・・・。


次回は、

庭園内にある茶室

「 光華(こうか) 」について

記事にします。

朝香宮邸の建築の連載は、

この茶室を記事にするためでした。

7回続けた連載は、

次回のための前座だったのです・・・。



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by y-hikage | 2018-11-03 16:57 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その6

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朝香宮邸の内部空間は、

全体的に

同じ基調の上にデザインされているので、

安心して空間を味わうことが

できるような気がいたします。

奇抜さがなく、

設計者やデザイナーの

恣意的な面も感じられません。

全体的に調和がとれています。

空間全体のプロポーションがよく、

細部が全体を

ささえているようにも思います。

その細部とは、

造作の意匠であったり、

材料の使い方であったり、

品のいい飾り物のデザインであったり、

遊び心のある職人のセンスであったりします。


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大広間から大客室の入り口の

造作の意匠と円形の照明器具。


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大食堂の腰壁


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第一階段の手すり


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妃殿下居間の暖炉

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妃殿下居間の巾木と

造作枠とのとりあい。


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造作枠の詳細


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造作枠の詳細


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造作枠の詳細


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造作枠の詳細



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1階大広間の床の間風のアーチ壁。


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1階大広間の床の間風のアーチ壁の細部。


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たしか玄関の照明?


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大食堂のシャンデリア


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大客室のシャンデリア


・・・・・・・

次回

朝香宮邸の建築・その7

に続く・・・。



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by y-hikage | 2018-11-03 11:37 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その5

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朝香宮邸の室内の意匠は、

基本的に

直線もしくは正円で

構成されています。

ガラスのエッチングや

暖炉の鉄製のグリル、

壁面のレリーフ以外は・・・。

したがって全体的に

シャープな空間を創り出しています。

朝香宮邸の建築が好きな理由は

このシャープさです。


上の写真は、

玄関を入ってすぐの大広間です。

正面の鏡と大理石を組み合わせた

暖炉と左右のアーチ。

天井に埋め込まれた

40基の照明も正円です。


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扉のエッチングガラス。

デザインと制作はマックス・アングラン。

ガラスに銀のフロスト仕上げです。


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大客室


天井にはラリック作の

「ブカレスト」という名の

シャンデリアが吊るされています。

壁上部の壁画はアンリ・ラパンの作。

大客室の向こうは大食堂。


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大食堂

左右の銀灰色の壁は、花柄のレリーフ。


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一見地味な小食堂ですが、

凛とした木割りで構成され

「クールな和」を創り出しています。


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2階広間と第一階段


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第一階段の手すり意匠


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第一階段まわりの造作の詳細

やはり几帳面としています。


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プライベートな第二階段

円形のはめ殺し窓が印象的です。


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第二階段の手すりの意匠



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円形のはめ殺し窓の意匠

設計者はこのモチーフが

どうも好きなようです。



・・・・・・・

次回

朝香宮邸の建築・その6

に続く・・・。



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by y-hikage | 2018-11-02 10:44 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その4

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いつからか

東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)では、

年に一度、

建物を公開するようになりました。

公開とは、

自由に内部空間を

撮影できることを意味し、

今年は3月から6月まで公開され、

僕は5月の終わりごろに行きました。

平日の開館と同時に行くと、

人影もまばら・・・。

誰にも邪魔されることなく撮影できます。


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正面玄関ガラスレリーフ扉。

デザイン・製作:ルネ・ラリック。

型押しプレス成型ガラス、スチール製枠。

美しい作品ですが、

なぜ正面玄関で

四人の女性が出むかえてくれるのか、

いまだに謎・・・。


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次の間の「香水塔」。

デザイン:アンリ・ラパン。

磁気、金属、大理石、モルタル漆塗り。

フランス海軍より献上されたという

セーブル社製の照明器具。

この建築の中で象徴的な彫刻的デザイン。

渦巻部分を取り外し、

そこに香料を入れて、

電灯の熱で気化させ客を向かい入れたとのこと。

どんな香りがしたのかは

謎に包まれています・・・。


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大客室から見える次の間の香水塔。

美しいガラスの模様は、

エッチングガラス。


・・・・・・・

次回

朝香宮邸の建築・その5

に続く・・・。


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by y-hikage | 2018-11-01 11:18 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その3

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東京白金に建つ朝香宮邸は

1933年(昭和8年)に

宮家の朝香宮鳩彦王と

妻・允子の住居として建築されました。

妻・允子(のぶこ)は

明治天皇の第八皇女です。

朝香宮は1922年(大正11年)に

フランスに渡り、3年間遊学します。

この時期ちょうどパリで開かれていた

アール・デコ博覧会に出向き、

フランスの工芸や住居の

デザインに目覚めます。

大正14年に帰国した夫妻は、

結婚このかた住みなれた

高輪の純和風の住宅に満足せずに、

パリ仕込みの生活の夢を実現するべく、

結婚の際に朝香宮へ

下賜(かし)された白金台の

御料地(天皇家の土地)に、

朝香宮邸を建築することになります。

設計は宮内省の

内匠寮(たくみりょう)の権藤要吉。

インテリアデザインを

パリのアンリ・ラパンが担当しました。

設計中の様子を

朝香宮鳩彦王の第二女子の

大給湛子(おぎゅうきよこ)さまは

インタビューに答えながら

このように語っています。


 ○ ○ ○


-----まず、朝香宮家についてお話しいただけますでしょうか。


大給:朝香宮家というのは、父朝香宮鳩彦が明治39年に明治天皇の特旨によって創立された宮家で父は第一代目でございます。母允子は明治天皇の八女として生まれ、明治43年の結婚に際し、この白金台の土地を賜ったと聞きますので、この白金の、「朝香宮邸」称される建物は母があったがためにできたようなものといえるのではないかと思います。


-----朝香宮邸はどういった事情で建てることになったのですか。


大給:白金の家(朝香宮邸)に引っ越すまでは、現在の高輪パシフィックホテルのある土地にあった宮内省のものだったお家に住んでおりました。それは非常に古い建物で、私はあまり覚えておりませんが、大正12年の震災で洋館がひどく傷みまして、全部取り壊しました。残った日本館と、それから取り壊した跡にバラック建てみたいなものをちょっと建てまして、兄たちの部屋とか、小さい客間や事務をとる「役所」等ができておりました。

いまでもそうでしょうけれど、当時はどの宮様方もみんな外国からのお客様、大・公使等を自邸にお招きしておりましたのに、我が家にはお招きする部屋もないような状態でございました。それで白金の土地をいただくことになっていましたので、あちらの方をお招きしても恥ずかしくないような家を建てたいと思い、それで建てたのだと思います。

白金の家を建てますについては、私はまだほんの小学生ぐらいでしただから、あまりよく覚えておりませんけれども、宮内省の権藤さんとか、そういう方々いらして、うちの事務官とか、主だった者と両親がテーブルをかこみいろいろと相談しているのは見ております。

それから、フランスからしょっちゅう手紙が来ておりました。おそらく建築に携わった方からの手紙ですね。そのフランス語の手紙を母が夜遅くまで訳しているのをよく見ておりました。


-----朝香宮邸は、フランスに行っているときに構想されたと考えてよろしいですか。


大給:たぶんそうだと思います。


-----工事中の白金の朝香宮邸にはよく行かれたのですか。


大給:はい。何度も高輪から白金まで両親と見に行っておりました。コンクリートを打って、内装にかかる前にも中をグルグル回ったり。


朝香宮邸のアール・デコ

1986年㈶東京都文化振興会発行)

より抜粋


 ○ ○ ○


そしてまた、この本の中で、

元宮内省内匠寮内匠生の多田正信は

興味深いことを語っています。


-----話は少し変わりますが、朝香宮邸の特色の一つに、フランスのインテリア・デザイナーであったアンリ・ラパンの内装デザインがあると思うのですが、ラパンはどういうところに関係していたのですか。


多田:私の記憶によりますと、ラパンが関係したのは、ある程度なんです。大体の基本設計ができたところで、主要な部屋のデザインをラパンに頼みたいということを朝香宮様のほうからおっしゃたんだろうと思います。初めの請負契約にはラパンについては触れられていませんでした。

-----工事を請け負ったのは・・・。


多田:入札で戸田組が請け負ったんです。戸田利兵衛・・・。ただし、請負契約の仕様書には、一階の大食堂、大客室、次の間、小客室、大広間、二階のお書斎の六室は別途発注とすると記せられていたと思います。


-----円形の書斎も別途発注ですか。


多田:そうです。塔の下のあるお書斎も含めて六室の内装デザインを宮家からラパンに依頼されたのだと思います。


-----そうしますと、ラパンはインテリア・デザイナーとして、六室の内装デザインに関係したということですね。建物の立面とかプランとかには関係しなかったのですか。


多田:プランとか立面の決定はすべて内匠寮の三人です。とくに権藤さんです。しかしだんだん思い出すと、二階の殿下のお居間、これは初めはラパンの方には入ってなかったのですが、のちに追加してラパンに依頼されたと思います。そうしますと結局、一階の五室と二階の二室、合計七室の内装デザインをラパンが手がけたということになります。それ以外のすべては内匠寮の設計になるものです。



「朝香宮邸のアール・デコ」より抜粋


 ○ ○ ○


そしてまたこの本の中で

松本哲夫氏は

このように解説しています。


縮尺20分1の躯体展開図が宮様自身によってアンリ・ラパンに送られ、フランスでラパンの作業は進行したという。ラパンからの図面は天井伏図、床面のデザイン図、展開図、彩色パース等であって、詳細図はあまりなかったという。従って、これらのデザインを中心に内匠寮の建築家は、1925年博を見るために渡仏したり、各種材料を集め、いわば日本のアール・デコを創りあげていったことになる。


「朝香宮邸のアール・デコ」より抜粋


 ○ ○ ○


朝香宮邸について語る時、

フランスのデザイナーである

アンリ・ラパンが前面にでてきますが、

この本を読み込んでいくと、

ラパンは一度も来日せず

図面もしくは模型などを送り、

詳細なデザインを考えていったのは

日本の建築家だった

ということがわかってきます。

朝香宮邸の特徴は

細部のデザインではないかと思ってきました。

ここまで洗練されたアール・デコを

創りあげたのは、

日本人建築家だったのです・・・。


・・・・・・・

次回

朝香宮邸の建築・その4

に続く・・・。

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by y-hikage | 2018-10-31 14:35 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その2

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現在、

東京都庭園美術館として

運営されている建築は、

1933年(昭和8年)に

朝香宮鳩彦王の住居として

建てられたものです。

「アール・デコの館」と評されていますが、

外観はとてもシンプルで、

装飾を排した

モダニズム建築のようにも見えます。

単調なパラペットの線が一筋走り、

右上には、

ベイウィンドウが弓形にふくらみ、

左上には、

バルコニーが四角く張り出しているだけです。


東京都庭園美術館として

開館したのは1983年です。

2011年に大規模改修がおこなわれ、

庭園をのぞむ空間に

ショップやカフェを備えた

ホワイトキューブのギャラリーが

増築されました。

大規模改修の前は

何度となく足を運びましたが、

改修後に訪れたのは

今年の5月がはじめてでした。


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テラスの独立柱の列柱。

この柱の角にほどこされた

カドカドの面の意匠に注目・・・。

日本の意匠では、

この面のかたちを

「几帳面(きちょうめん)」とよび、

面のなかで最も格式の高い

かたちとされています。

外観には室内の意匠を

予感させる部分がほとんどありませんが、

この独立柱の「几帳面」のみが

室内のアール・デコを

予感させていると僕は思っています。


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最上階・ウィンターガーデンの

ガラス張りの意匠は、

バウハウスのデザインと共通しています。

バウハウスは

1919年にドイツに開校された

美術と建築に関する

総合的な教育をおこなった学校で

1933年にナチスによって閉校されます。

そう・・・1933年は

朝香宮邸が竣工した年にあたります。

この朝香宮邸を設計するにあたり

バウハウスのデザインを

一部取り入れたとしても

不思議ではありません。

これもまた、あくまでも僕の持論ですが・・・。


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次回

朝香宮邸の建築・その3

に続く・・・。



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by y-hikage | 2018-10-30 12:03 | 建築巡礼 | Comments(0)

朝香宮邸の建築・その1

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たしか19902月だったと思います。

旧朝香宮邸・東京都庭園美術館で

開催されていた

「 旧朝香宮邸のアール・デコ 」展

に行きました。

そのとき2階の寝室に展示されていた

椅子と

その背景にある

楕円のガラスをもつドアとの

調和に妙な感動をおぼえ、

撮影禁止であることを知りながら、

監視員さんに

「一枚だけでいいので撮影させてください」と

何度となくお願いし

撮影できた写真がこれです。

アール・デコをこの身で

はじめて知った28年前の冬のことでした。


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撮影できた喜びのあまり

写真を絵葉書にまでしました。

その絵葉書がまだ残っているのも

また不思議です。

・・・・・・・

次回

朝香宮邸の建築・その2

に続く・・・。




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by y-hikage | 2018-10-27 08:31 | 建築巡礼 | Comments(0)

江戸東京たてもの園に行きました。

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先週の1012日、

みたかの家の

ウエブマガジンの取材が終わったあとに、

江戸東京たてもの園に行きました。

設計のヒントになる何かを探しに・・・。

江戸東京たてもの園は

何度となく足を運んでいるので、

特に目新しい要素は見つかりませんでしたが、

「東京150年・都市とたてもの・ひと」

というテーマの展示をおこなっていて、

貴重な建築模型を

見ることができたことが幸いでした。


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丹下健三設計の国立代々木競技場

将来、国宝建造物に指定されるであろうと、

勝手に推測する日本の名建築。


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菊竹清則自邸・スカイハウス


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黒川紀章設計・中銀カプセルタワー



他にも模型が展示されていました。


たてもの園に入館し、

すぐに手持ちのカメラの充電が

切れてしまいました。

やむをえずスマートフォンの

カメラで撮影しましたが、

僕のスマートフォンはアイフォンではなく、

しかもかなり古い機種のドコモなので、

写りがよくないので

写真を撮影するのをやめました。

カメラがないのもたまにはいいものです。


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堀口捨巳設計・小出邸


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堀口捨巳設計・小出邸


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堀口捨巳設計・小出邸

小出邸の意匠は、

日影アトリエが設計した

鎌倉の「台の家」に

ところどころ似ています。

特に意識したわけではないのですが・・・。


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田園調布の家


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田園調布の家


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前川國男自邸


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八王子の穀倉

落し板構造の小さな板倉。

シンプルで無駄のないかたち。


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吉野家

やはり日本の茅葺の民家は美しいと思います。

設計の原点に立ち返る力をもらえます。

定期的に茅葺の民家を見学してみることは

必要だと改めて考えました。


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奄美の高倉


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綱島家


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八王子千人同心組頭の家


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三井八郎右衛門の土蔵の小屋組

この土蔵の構造には圧倒されます。

構造に「気の塊(かたまり)」

というものがあるとしたら、

その気の塊に吹き飛ばされそうになります。




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by y-hikage | 2018-10-15 11:14 | 建築巡礼 | Comments(0)