ブログトップ | ログイン

日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

hikagesun.exblog.jp

カテゴリ:建築巡礼( 224 )

旧岩崎邸和館の深い屋根

c0195909_11435448.jpg



文京区湯島にある国立近現代建築資料館は、

重要文化財である

旧岩崎邸に隣接して建っています。

国立近現代建築資料館に

建築の展覧会を見に行ったときは、

必ず旧岩崎邸を見学することにしています。

(現在は安藤忠雄展を開催中)


特に和館は好きな建築なので、

毎回楽しみにしています。

今回、和館に行って、いまさらながら

屋根の軒の深さに驚きました。

見た目にして3mちかく

軒先が出ているのではないかと・・・。

ならば、

屋根の中に桔木(はねぎ)を設け、

桔木の力で屋根を

持ち出しているはずだと思いました。

そこで下屋をよくよくを見ると、

屋根の中に桔木が入らないほどに

薄いことに気がつきました。

一般的に桔木をいれる場合は、

軒裏の化粧勾配と

流れの野勾配を大きく変えて、

屋根が水上に行くほど高くなるのが

一般的だと思ってきました。

この疑問をどうしても解きたいと考え、

さっそく田町の建築学会図書館に行って、

修理報告書の図面を入手してきました。


c0195909_11435054.jpg



c0195909_11434628.jpg



c0195909_11434211.jpg



断面図を見ると、

下屋の軒の出を2780㎜としています。

軒裏の化粧勾配は、33分勾配。

流れの野勾配は4寸勾配としています。

つまり桔木が

超ぎりぎりに納まる

屋根の厚みとしていました。

野勾配を強く(きつく)すると、

上屋の軒の高さに影響し、

全体のプロポーションが

悪くなると考えた設計ではないかと

推測します。

またひとつ勉強になりました・・・。


c0195909_11433857.jpg



屋根の中の黄色い部材が桔木(はねぎ)


c0195909_11433438.jpg



旧岩崎邸和館の平面図と立面図


c0195909_11462484.jpg

by y-hikage | 2019-07-04 11:48 | 建築巡礼 | Comments(0)

安藤忠雄の光の教会

c0195909_10173946.jpg



国立近現代建築資料館で

世界的建築家である

安藤忠雄の初期建築原図展が

開催されていて観に行きました。

安藤忠雄の実物の建築作品は、

ほとんど見たことがありません。

作品集も少なからず持っています。

多くの著作も読んでいます。

それなのに実物を見たいという

心理に向かわないことを

うまく説明することができません。

建築作品のドローイング的指向が

強いせいなのか、

数知れないほどメディアに

登場していることからくる

既視感からなのかわかりません。

その中で空間を体験してみたい

建築がひとつあります。

「 光の教会 」です。

「 光の教会 」について

建築原図展での解説を読んで、

よりいっそう

見学してみたい気持ちが高まりました。

その解説を読んでみます。




「光の教会」は、数ある安藤作品の中でも、もっともシンプルでミニマルな建築である。

しかも多くの人に感動を与え続けている。

U2のボノーがアメージング・グレースを歌いだし、

ピーター・ズントウは礼儀正しく、整髪してから見学に臨んだ。

こうした感動の源、心理的緊張感の遠因はもちろん教会堂正面の十字架にある。

中世教会堂の歴史書の中で、

「建築家は重力を表現するものであるが、同時に光を表現するものである」とアンリ・フォシオンは述べている。

主題は光だ。

自然光による光の十字架、ピンホールカメラの内側から光の十字を見つめる空間、ローマのパンテオンのような崇高な光が降り落ちる空間、そして信者を支えるコミュニティとしての空間。

教会の軽込神父は「プロテスタントの教会はシンプルなのです。しかし行き過ぎると単なる集会所になってしまうのです。安藤さんはそこを見事に教会として創り上げてくれました」と語っている。

安藤は、コンクリートの箱が高い精神性をもつ空間となるために、光の十字架を発見した。光の教会は、人々のさまざまな想いが、光の十字架を触媒として一気に結晶化した建築である。





c0195909_10173519.jpg



光の教会


c0195909_10172955.jpg



光の教会


c0195909_10172548.jpg



光の教会


c0195909_10172047.jpg



光の教会


c0195909_10171640.jpg



光の教会のほかにも

多くの作品模型が展示されていました。


水の教会


c0195909_10170691.jpg



水の教会


c0195909_10170174.jpg



水の教会


c0195909_10165635.jpg



六甲の教会


c0195909_10165047.jpg



六甲の教会


c0195909_10164530.jpg



小篠邸


c0195909_10164066.jpg



城戸崎邸


c0195909_10163103.jpg



松本邸


c0195909_10162514.jpg



松本邸


c0195909_10162092.jpg



TIMES


c0195909_10161522.jpg



TIMES


c0195909_10161094.jpg



六甲の集合住宅


c0195909_10160588.jpg



大淀のアトリエ・1973

大淀のアトリエの増築プロセス

かなりの速さで

安藤忠雄の事務所が

拡大していった様子がわかります。


c0195909_10160086.jpg



大淀のアトリエ・1981


c0195909_10155458.jpg



大淀のアトリエ・1982


c0195909_10154938.jpg



大淀のアトリエ・1986


c0195909_10154241.jpg



大淀のアトリエ・1986


c0195909_10153296.jpg



大淀のアトリエ・アネックス


c0195909_10152478.jpg



大淀のアトリエ・アネックス


c0195909_10151858.jpg



ふたたび「光の教会」にもどります。


c0195909_10151010.jpg



光の教会でヴァイオリンを弾く

庄司紗矢香をみつけました。

庄司紗矢香は

もっとも好きなヴァイオリニストです。




c0195909_10270584.jpg




by y-hikage | 2019-07-04 10:30 | 建築巡礼 | Comments(0)

とらや赤坂店に行きました。

c0195909_12025405.jpg



先週の626日、

アントニン・レーモンドが設計した

聖オルバン教会にご挨拶をすませたあとに、

内藤廣が設計した

「 とらや赤坂店 」を見学にいきました。

赤坂御用地の緑に面する青山通り沿いに、

とらや赤坂店は建っています。

地下1階・地上4階建ての建物は、

ガラスのカーテンウォールで

円弧を描くようにデザインされています。

チタン製の瓦棒葺きの屋根が

あたかも宙に浮いているように見え、

内部空間のヒノキの小幅板が

赤坂御用地の緑と

呼応しあってるようでした。

ヒノキは奈良県の吉野産とのことです。


c0195909_12024904.jpg



外壁にもヒノキの小幅板が張られています。


c0195909_12024538.jpg



軒裏もヒノキの小幅板が張られています。


c0195909_12024169.jpg



c0195909_12023654.jpg



玄関の繊細な格子もヒノキです。


c0195909_12023090.jpg



3階の喫茶室「虎屋菓寮」

柱のない

屋根なりの開放的な空間になっています。

天井の小幅板は巾45㎜で

目透かしの巾は10㎜としています。

天井に組まれたスチールの垂木で

屋根を支えています。


c0195909_12022604.jpg



c0195909_12022128.jpg



屋根の勾配は45度。

スチールの垂木が

円すいの放射方向に組まれています。


c0195909_12021683.jpg



3階から2階の売り場に降りる階段。

手すりは繊細なヒノキの縦格子。

段板の木の素材はヒノキの無垢のかたまり?



c0195909_12021176.jpg



カーテンウォール沿いの階段。


段板はナラの無垢フローリング。

こうして素材を書いていると、

とらや赤坂店はスチールとガラスと

ヒノキとナラで

構成されていることに気がつきます。


c0195909_12020613.jpg



c0195909_12015937.jpg



赤坂御用地の緑を切り取る

ピクチャーウインドウ。


c0195909_12015386.jpg



地下に降りる階段もヒノキ


c0195909_12014800.jpg



地下に降りる階段と1階を仕切る手すりの意匠。


c0195909_12013801.jpg



地下1階のギャラリー


c0195909_12012938.jpg



地下1階のギャラリーの壁を

ヒノキの格子組としています。


c0195909_12012293.jpg



c0195909_12005943.jpg



トイレ周辺の壁もヒノキの小幅板張り。

全体的に言えることですが、

小幅板の長さが短いように思いました。

縦張りの小幅板を

横一本で見切っていますが、

縦の長さが倍あってもいいように思いました。

勝手ながら・・・・。


c0195909_12005438.jpg



エレベーターの箱の中も

ヒノキの小幅板張り。


c0195909_12004915.jpg



エレベーターの箱の中の手すりと床はナラ。


c0195909_12004452.jpg



2階売り場正面の黒い壁は、

黒漆喰磨き仕上げ。


c0195909_12003704.jpg



1階受付のまだら模様の壁は、

黒漆喰点模様仕上げ。


c0195909_12003024.jpg



黒漆喰点模様仕上げの近景。


c0195909_12002597.jpg



黒漆喰磨き仕上げと

黒漆喰点模様仕上げの塗り見本。


c0195909_12001918.jpg



2階売り場に置かれていた杉の彫刻。


c0195909_12001267.jpg



お客様が選んだお菓子を運ぶ

タモ材のトレーが右上に積まれています。

お店の人に

「このトレーは無印良品ですか?」

と聞いたら

「よくわかりましたね(笑)」と答えてくれました。


c0195909_12000798.jpg



帰りに「川島」という

琥珀色のお菓子をひとつ買いました。

製図室で

コーヒーのおともにいただきました。

想像していたとおりのおいしさでした。




c0195909_12155622.jpg




by y-hikage | 2019-07-01 12:17 | 建築巡礼 | Comments(0)

アントニン・レーモンドの聖オルバン教会

c0195909_15001758.jpg



「アントニン・レーモンドの教会を巡る」

と題して、

ある建築塾の見学会の案内人を

務めることになりました。

巡る教会のひとつとして

港区芝公園の「聖オルバン教会」が

選ばれたので、

昨日、事前にご挨拶にうかがいました。

1956年に竣工した聖オルバン教会は

何度か見学をしたことがあります。

レーモンドによる教会を

すべて見たわけではありませんが、

木造なら

聖オルバン教会。

鉄筋コンクリートなら

聖アンセルモ教会が好きな建築です・・・。

はたしてこの僕が

案内人の役目を

はたすことができるのだろうか・・・と、

少し不安になっています。


c0195909_15001330.jpg



c0195909_15000967.jpg



c0195909_15000520.jpg



c0195909_15013356.jpg


by y-hikage | 2019-06-27 15:02 | 建築巡礼 | Comments(0)

白井晟一のノアビル

c0195909_12052177.jpg



昨日、

アントニン・レーモンドが設計した

「 聖オルバン教会 」に

用事があって行きました。

オルバン教会は、

東京都港区の飯倉交差点の

近くに建っています。

東京タワーが目の前にそびえています。


飯倉の交差点には、

白井晟一が設計した

「 ノアビル 」も建っています。

1974年の竣工です。

ノアビルの近くに

駐日ロシア連邦大使館があるせいか、

いつも装甲車がビルの前に止まっていて

ものものしい警備がされています。

なので、なんとなく

近づきにくい印象がありましたが、

昨日は

エントランスホールを見学できました。

ノアビルは、

割肌のレンガ張りの基壇とし、

楕円形平面の高層部で構成されています。

楕円形の黒御影の塔は

強い象徴性を表現しており、

どこか石碑のようにも見えます。


c0195909_12051675.jpg



c0195909_12051288.jpg



c0195909_12050545.jpg



c0195909_12050008.jpg



c0195909_12045614.jpg



c0195909_12045114.jpg



c0195909_12044691.jpg



オニックスが張られたエントランスの天井


c0195909_12044281.jpg



c0195909_12043803.jpg



c0195909_12043315.jpg



c0195909_12042999.jpg



白井晟一のデザインが凝縮されています。


c0195909_12042596.jpg



c0195909_12042172.jpg



ノアビルの近くには

「 霊友会釈迦殿 」も建っています。

竹中工務店の設計によって

1975年竣工しました。

建築の異様を感じます。


c0195909_12041743.jpg



霊友会釈迦殿では

現在、増築工事が行われていました。



c0195909_12103192.jpg




by y-hikage | 2019-06-27 12:11 | 建築巡礼 | Comments(0)

会津若松の茶室「麟閣」を見学できました。

c0195909_17045371.jpg


5月さいごの週末、


会津若松市に行きました。

市内に計画する住宅の

建主さんご家族にお会いして、

設計のイメージを

ふくらませるのが目的でした。

明るく楽しいご家族に囲まれ、

手料理による郷土料理と

日本酒をたくさんいただきました。

手料理も日本酒も

ほんとうに美味しくて感動しました。

市内の史跡や建物もご案内いただき、

会津若松のことを部分的ですが

知ることもできました。

その中でも

鶴ヶ城の中に建つ茶室「麟閣」を

見学できたのは貴重な経験となりました。



c0195909_17044920.jpg



麟閣の正門


「麟閣」は、

千利休の子である千小庵が

建てた茶室とされています。

千小庵の母・宋恩が利休の後妻に入ったため、

千小庵は千利休の養子になり、

利休の娘であるお亀を妻とし、

二人の間に三代目である宗旦が生まれます。

それらの経緯をしめす説明文が

入館パンフレットに

書かれていたので読んでみます。


        ※


戦国時代から安土桃山時代にかけての武将である蒲生氏郷(がもううじさと・15561595)は、近江日野城主、伊勢松坂城主、最後に陸奥黒川城主をつとめました。

黒川城は会津若松の城である鶴ヶ城の旧称です。

蒲生氏郷は織田信長の娘婿で、この時代を代表する文化人でした。

特に茶道に親しみ、のちの利休七哲の筆頭にあげられるほどでした。

1591年の2月千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられた折、蒲生氏郷は利休の茶道が途絶えるのを惜しんで、その子、千少庵(せんのしょうあん・15461614)を会津にかくまい、徳川家康とともに千家再興を秀吉に働きかけました。

その結果、1594年と推定される「小庵召出状」が出されました。

千少庵は京都に帰って千家を再興し、千家は一子、宗旦(そうたん・15781658)に引き継がれました。

そののち、宗佐、宗室、宗守の三人の孫によって表、裏、武者小路の三千家が興され、茶道隆盛の基が築かれました。

千少庵が会津にかくまわれている間、蒲生氏郷のためにつくったと伝われているのが茶室「麟閣」であり、以来、鶴ヶ城内で大切に使用されてきました。

しかし、戊辰戦争(明治元年~明治2年)で会津藩が敗れ、鶴ヶ城が取り壊される際、石州流会津怡渓派の森川善兵衛は貴重な茶室が失われるのを惜しみ、明治5年に自宅へ移築しました。

平成2年、市制90年を記念して、蒲生氏郷と千少庵ゆかりの茶室を後世へ伝えるため、鶴ヶ城内の元の場所に移築し蘇らせました。


        ※


三千家の発祥の地であるというには

大げさかもしれませんが、

少なからず会津若松が

千家の茶の湯と深い関りがあることを知り、

ちょっと驚きました。



c0195909_17044577.jpg


撞木(しゅもく)造り形式の茅葺屋根。

南面の破風を正面とし、

捨柱を立てた土間庇の中に躙口を設けています。



c0195909_17044173.jpg


相伴席(しょうばんせき)付三畳台目の茶室と

水屋および六畳の鎖の間で構成されています。

茶室は三畳の客座をはさんで

点前座と相伴席を対置させた

古田織部好みの燕庵(えんあん)形式。

燕庵との違いは点前座の台目畳を

1尺六寸程度前に出し、

茶道口を点前座の床寄りにあけ、

襖を左の水屋側に引く点、

台目下座床の床脇に入隅の壁ができる点、

床に向き合う下座の壁面、

茅葺の妻部分の壁面が

燕庵では下地窓のところが連子窓になる点、

天井の棹が床指しになる点などがあげられます。

点前座を前に出したのは、

水屋の空間として

最低限の広さを確保するためで、

鎖の間の水屋としても余裕をもたせています。


c0195909_17043717.jpg



茶室「麟閣」の点前座。

手斧目をつけた中柱が立ち、

袖壁に横木を入れ、

雲雀棚(ひばりだな)を横木で納めています。

客座二畳と点前座の天井は

蒲天井を一面に張り、

竹二本押えとしています。

躙口側は駆込天井としています。


c0195909_17043271.jpg



茶室「麟閣」の床の間と相伴の席。

床柱は千少庵みずから

削ったと伝えられています。

床前蒲天井は点前座と一体となり、

床指しの竿縁天井としています。

床脇に入隅の壁を回しています。

床の間左の相伴席は駆込天井とし

客座とは襖で仕切り

板欄間がついています。


c0195909_17042845.jpg



相伴席より見た点前座


c0195909_17042396.jpg



六畳の鎖の間


c0195909_17041897.jpg



相伴席より三畳台目席を見ます。


c0195909_17041416.jpg



躙口から客座を通して点前座を見ます。


c0195909_17040902.jpg



茶室の北側外観


c0195909_17040635.jpg



茶室の北側外観


c0195909_17040149.jpg



寄付


c0195909_17035761.jpg



腰掛待合


c0195909_17035250.jpg



参考までに燕庵の間取図を記事に加えました。


c0195909_17034871.jpg



燕庵の外観


「燕庵」は京都市薮内家の代表的茶室で、

古田織部好みとされています。

会津若松の「麟閣」と似ています。


c0195909_17034318.jpg



燕庵の客座と点前座。

会津若松の「麟閣」と似ています。


c0195909_17033961.jpg



燕庵の床の間と相伴席。

会津若松の「麟閣」と似ています。


c0195909_17031397.jpg



鶴ヶ城のお堀と石垣。

石垣の向こうに廊下橋が見えます。


c0195909_17030884.jpg



鶴ヶ城の美しい天守閣

鶴ヶ城は

蒲生氏郷家の舞鶴の家紋にちなんで

鶴ヶ城と名付けられたそうです。

会津若松の若松は、

蒲生氏郷の出身地である

近江日野城に近い蒲生氏の氏神様である

馬見岡綿向神社の参道周辺にあった

「若松の森」に由来するとされています。




c0195909_17153787.jpg



by y-hikage | 2019-06-11 17:27 | 建築巡礼 | Comments(0)

床の間の新しい解釈

c0195909_12472938.jpg



517日のこと・・・。

住宅技術評論家・南雄三さんが主宰する

BB研究会に参加させていただきました。

この日の研究テーマは

「先人の知恵 今人の工夫」

(せんじんのちえ こんじんのくふう)


スライドを見ながら

空間デザイナーの小関理恵さんと

南雄三さんの対談形式で

講演が進められました。

小関理恵さんが作った

およそ80枚のスライドの中で、

心の中に引っかかった

1枚に出会いました。

その1枚には

床の間の新しい解釈が書かれていました。


  ※


床の間は

掛け軸や草花などで季節をしつらえ、

客人をおもてなしする場である。

床の間そのものが

小宇宙(自然そのもの)を表しており、

床の間の床(地板)は地を表し

ここに花を立てる。

床の間の天井は天を表し、

壁に掛けられた掛け軸は

天から降りてくる神の言葉だと。

そして床柱は

天と地を繋ぐものであると・・・。





学生時代から40年近い間、

建築の勉強を続けてきて、

その勉強はどちらかというと

日本建築寄りだったのですが、

上記で示す床の間の解釈は、

まったく耳にしたこともなく、

想像したこともない、

新しい解釈のように聞こえました。

この新しい解釈は

どことなく理にかなっていて、

床の間が新しい景色に見えてきました。

ちょうどお茶を習い始めたこともあり、

余計に心にストンと

落ちたのかもしれません・・・。


c0195909_12510497.jpg


by y-hikage | 2019-06-10 12:52 | 建築巡礼 | Comments(0)

五島美術館の建築

c0195909_15072739.jpg



324日に参加させていただいた茶会は、

世田谷区上野毛にある

五島美術館の庭園内の

茶室でおこなわれました。

五島美術館は、

武蔵野の雑木林の台地が

多摩川に向かって深く傾斜する

国分寺崖線上に位置しています。

美術館の設計は

芸術院会員・吉田五十八(18941974)。

竣工は1960年です。

パンフレットには

『コレクションの中で、最も有名な

国宝「源氏物語絵巻」「紫式部日記絵巻」に

ふさわしい寝殿造の意匠を

随所に採り入れています』

と書かれていますが、

1958年に完成した吉田五十八設計の

日本芸術院会館に通じる意匠になっています。

例えば軒の出が深い水平線の軒先

丸柱

穴あきブロックなど・・・。

ところで

今まで何度となく見学してきた

五島美術館ですが、

別館講堂の存在に気がつきませんでした。

この講堂の

ガラスのカーテンウォールは

とても美しく繊細で、

どことなく武骨な美術館本館とは対照的でした。


c0195909_15072327.jpg



五島美術館本館入り口正面


c0195909_15071845.jpg



美術館本館中庭


c0195909_15071485.jpg



美術館本館中庭


c0195909_15070845.jpg



美術館本館丸柱


c0195909_15070343.jpg



庭園に入る中門から見る美術館本館


c0195909_15065894.jpg



美術館本館の内部空間

穴あきブロックと丸柱


c0195909_15065410.jpg



別館講堂入り口正面


c0195909_15065012.jpg



別館講堂入り口


c0195909_15064536.jpg



別館講堂のガラスのカーテンウォール


c0195909_15064194.jpg


別館講堂に付属する瓦葺の平屋

吉田五十八の設計と思われます・・・。


c0195909_15063659.jpg


中門


c0195909_15063053.jpg



道路に面して建つ「不老門」


c0195909_15062542.jpg



不老門


c0195909_15062059.jpg



上野公園に建つ「日本芸術院会館」


c0195909_15061641.jpg



日本芸術院会館正面


c0195909_15061095.jpg



日本芸術院会館はロの字型の平面で、

中庭が特徴的です。

写真を紛失してしまい

紹介できないのが残念ですが、

五島美術館の丸柱の存在感と

とてもよく似ています。
c0195909_15060508.jpg




c0195909_15242609.jpg


by y-hikage | 2019-05-05 15:24 | 建築巡礼 | Comments(0)

五島美術館でのお茶会に参加させていただきました。

c0195909_10201675.jpg



324日、

建築ともだちの風祭千春さんから

五島美術館の茶室でおこなわれる

お茶会に誘っていただきました。

正式なお茶会に参加するのは初めてでした。

お茶は未経験なので、

ずっと風祭さんの隣に座り、

言われたとおりにしていました。

お昼前に五島美術館に入館し、

最初に点心会場である

講堂でお弁当をいただきました。

次に広間である「古経楼」で

薄茶をいただき、

その次に小間である「松寿庵」で

濃茶をいただき、

最後に立礼席である「富士見亭」で

薄茶をいただきました。

五島美術館の茶室は、

外観を見ることができても

内部空間を見ることはなかなかできません。

ましてや茶会のためにしつらえた

室の空間を体験できることなど・・・、

さまざまな意味で勉強になりました。


c0195909_10201234.jpg



広間「古経楼」の床の間


c0195909_10200430.jpg



「古経楼」の天井の意匠


c0195909_10200031.jpg



「古経楼」の腰付引分け猫間障子


c0195909_10195673.jpg



「古経楼」広縁の書院


c0195909_10194937.jpg



「古経楼」広縁の天井


c0195909_10194453.jpg



c0195909_10194098.jpg



「古経楼」広縁の欄間

五島美術館は、

建築家・吉田五十八の設計によって

1960年に完成しています。

よって庭園および茶室も

1960年かそれ以降に

造営されていると思われます。

茶室としては比較的新しく、

茶室の意匠も斬新かつ遊び心が

感じられる部分もありました。


c0195909_10193687.jpg



「古経楼」広縁の戸袋の意匠


c0195909_10193200.jpg



小間「松寿庵」の床の間


c0195909_10192843.jpg



c0195909_10192289.jpg



「松寿庵」の天井の意匠


c0195909_10191754.jpg



c0195909_10191185.jpg



「松寿庵」の躙口


c0195909_10190787.jpg



c0195909_10190274.jpg



立礼席「富士見亭」の入り口


c0195909_10185842.jpg



「富士見亭」の西側外観


c0195909_10185473.jpg



「富士見亭」の室内


c0195909_10185037.jpg



「富士見亭」は、

富士山の方向に大きく開いています。

障子やガラス戸が戸袋に全て引き込まれ、

室内が外部を一体となり、

あたかも風景が

額縁に切り取られたかのように見えます。

まさに1960年ごろのモダニズム建築を

数寄屋で表現しているかのようでした。


c0195909_10184558.jpg



追記:

後日、いっしょに参加した

kata.建築工房の片岡悦子さんと

お茶会に誘ってくれた

風祭建築設計の風祭千春さんから

写真を送られてきました。


c0195909_09274056.jpg



kata.建築工房の片岡悦子さんの写真


c0195909_09273699.jpg



kata.建築工房の片岡悦子さんの写真


c0195909_09273256.jpg



風祭建築設計の風祭千春さんの写真


c0195909_09272846.jpg



風祭建築設計の風祭千春さんの写真

いっしょに参加した

ゆくり設計室の松山千晶さんと

僕が写っています。




c0195909_10273591.jpg



by y-hikage | 2019-05-02 10:29 | 建築巡礼 | Comments(0)

村野藤吾の八ヶ岳美術館

c0195909_09041408.jpg



昨年の秋、

八ヶ岳美術館に行くことができました。

八ヶ岳美術館は村野藤吾の設計です。

設計の時期は

19788月から11月までの

たった3か月だったといわれています。

村野藤吾が88歳の時で、

1984年に97歳に亡くなる5年ほど前の設計です。

工期は19793月から12月まで。

八ヶ岳という寒冷地特有の気候条件を踏まえ、

現場での作業を極力減らすために、

特徴的な丸いドーム屋根は、

すべて東京の工場で作られた

プレキャスト・コンクリートの

ピースで構成され、

現地で床と壁と梁までを

鉄筋コンクリートで作り、

この上にドームを載せることによって、

現場の工期を最小限に抑えています。

一方で手作り感を出すために、

外壁のセメントブロックは、

現場で調合されて製作されたそうです。


c0195909_09041025.jpg



当時ではまだ珍しかった村立美術館の設立は、

地元の原村出身の

彫刻家・清水多嘉示(18971981)が

自らの作品を村へ寄贈したことが

きっかけでした。

清水から寄贈を受けた原村では、

村の各所から発掘された

縄文時代の考古学資料の展示も

併せて計画し、

1980年に

「原村立八ヶ岳美術館・原村歴史民俗資料館」

として開館しました。


c0195909_09040658.jpg



村野藤吾が描いたスケッチ。

カラマツの美しい林を損なわないように、

樹木のないところを敷地図のなかで探し、

建物が自然の中で異質な形で

存在しないように

考えられたかたちだとされています。


c0195909_09040151.jpg



建物のかたちから推測すると、

内部空間は

小さく分節されているように思いますが、

視線が奥まで伸びる

連続空間であることにおどろきます。

動線は単純明快で、

強い軸線にそって半円のアルコーブが寄り添い

体内の中にいるような展示空間を生み出しています。

その体内感覚を、

天井に吊るされたレースカーテンと

天井内に仕込まれた間接照明により

包み込まれるような華やかさとしています。


c0195909_09035742.jpg



c0195909_09035270.jpg



c0195909_09034724.jpg



c0195909_09034340.jpg



c0195909_09033937.jpg



c0195909_09033110.jpg



c0195909_09032596.jpg



c0195909_09032088.jpg



c0195909_09031699.jpg



c0195909_09031286.jpg



建築をひとつのかたまりとするのではなく、

小さな半円のドームの集合体とすることで、

カラマツ林に溶けこむ

森の中のコテージのように

村野藤吾は考えたのではないかと、

美術館のまわりを散策しながら

感じました。

室内を歩いているとき、

開口部から見える紅葉や差し込む光が

とても印象的だったように思いました。



c0195909_11143175.jpg


by y-hikage | 2019-04-28 09:08 | 建築巡礼 | Comments(0)