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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:建築巡礼( 144 )

沼津の駿河待庵

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たしか20年ぐらい前のことだったと思います。

旧沼津御用邸に千利休(1522年~1591年)が

設計した茶室・待庵の写しの

移築工事がおこなわれているので、

見学しに来ませんかと

京都の左官屋さんから連絡があり

沼津に行きました。

完成間近の茶室・待庵の写しは、

写真で見る待庵とほとんど同じで、

まさに本歌として

再現(復元写し)されたものでした。

さいわい茶室の中に

入れていただくことができ、

畳は敷かれていなかったにせよ、

床に座り待庵の内部空間を

身体で感じることができた

貴重な体験となりました。

とても二畳敷の

狭小な空間とは思えない

ふくらみのある広さを感じたことを

今でも忘れることはできません。

〇 〇 〇〇〇   〇

先日、旧沼津御用邸の近くに来ていたので、

再訪の機会を得ることができました。

手入れがむずかしいのでしょう、

外壁の土壁が部分的にはがれていましたが

20年前の姿を保っていました。

連子窓からのぞいた茶室の中は、

待庵そのものでしたが、

やはり畳の上に座り

内部空間に包まれてみないと、

待庵のよさはわからないものだと

つくづく思いました。

〇 〇 〇〇〇   〇

旧沼津御用邸の待庵は、

「 駿河待庵 」と呼ばれています。

駿河待庵は沼津御用邸記念公園の

東付属邸に隣接する

茶室・翠松亭(すいしょうてい)の一部として

移築されたものです。

茶室・翠松亭全体の設計は、

京都伝統建築技術協会の

中村昌生氏によるものです。

工事は京都の安井杢工務店が担当されました。



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by y-hikage | 2018-04-22 14:36 | 建築巡礼 | Comments(0)

沼津御用邸の沼津垣

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千利休が設計した

茶室・待庵の写しを見るために

旧沼津御用邸に先日行きました。

そこで見つけた垣根に目がとまりました・・・。

いつになくおおづくりでありながら、

羽織のようなとじた模様が好きになりました。

この垣根を

「 沼津垣 」と言うそうです・・・。

沼津垣の説明文を読むとこう書かれています。

〇 〇 〇〇   〇

沼津垣(ぬまづがき)は、昔から沼津周辺で浜の潮風を防ぐために用いられてきた垣根で、景観的にも、実用的にも優れています。旧沼津御用邸でも多く用いられたことから、一般的に知られるようになりました。

材料は、箱根竹と呼ばれる細い篠竹を十数本ずつ束ねて、網代(あじろ)網にしています。この束を「手」といい、どの束も別の二つの束を越えて編んでいるため、この編み方は「二手(ふたて)超し」と呼ばれています。

〇〇 〇〇        〇

「 二手(ふたて)超し編み 」・・・。

この言葉にどこかになにか

深い意味を感じてしまいます。


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by y-hikage | 2018-04-21 08:56 | 建築巡礼 | Comments(0)

明治神宮の杜のテラス

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明治神宮内苑に建つ


「 杜のテラス 」を見学しました。

本当にひさしぶりに

美しい木造の「 現代建築 」を

見たように思いました。

「 杜のテラス 」を見て、

ミース・ファン・デル・ローエの

ファンズワース邸と

フィリップ・ジョンソンの

グラスハウスを連想してしまいました。

それほどに明治神宮の杜と

一体となり溶け込んでいました。


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ミース・ファン・デル・ローエ設計の

ファンズワース邸


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フィリップ・ジョンソン設計の

グラスハウス


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明治神宮内苑の「 杜のテラス 」



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家具やカウンターは

明治神宮の杜で育った樹木で

風で倒木したものや

巨大に育った樹木を加工して造られています。

それがわかるように

「 明治神宮材 」として焼き印されています。



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「 杜のテラス 」の設計は、

オークヴィレッジ木造建築研究所



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by y-hikage | 2018-04-13 13:45 | 建築巡礼 | Comments(0)

明治神宮の社殿

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3月のとある金曜日の早朝、

明治神宮に行きました。

目的は建築を見るため・・・。

その建築とは、

明治神宮内苑の「社殿」と

2017年に完成した「杜のテラス」です。

明治神宮の社殿は

大正9年(1920年)に

建築家・伊藤忠太によって

設計され完成しました。

その後、

昭和20年(1945年)の戦災によって

南神門と一部回廊を残して

大半が焼失してしまいました。

現在の社殿の姿は、

昭和33年(1959年)に再建されたものです。

再建された社殿であっても

その美しさは見事で、

国内の社殿の中でも

好きな建築のひとつです。

今回の社殿の見学は

屋根を見ることが目的でした。

ちょうど鎌倉の大町の家の

正門の設計を進めていて

門の屋根の参考にしたかったのです。

この拝殿の姿は(上の写真)、

鎮座百年祭記念事業・

御社殿群銅板葺替え工事の前の姿です。



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南神門(創建当初)


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回廊


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流麗で優美な曲線の屋根


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屋根の重なりかたがものすごく上手です。


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手水舎(創建当初だと思います)


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祓舎(はらえしゃ)・・・

場所的にこの建築も創建当初のはずですが、

正確にはわかりません。

祓舎はいつも柱だけが建つ無の空間です。



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守衛舎(創建当初)



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拝殿の独立柱の礎石・・・。

立ち上がりが

極端に少ない珍しい意匠です。

明治神宮社殿の礎石全般に言えることですが、

丸みも面もなくシャープです。

この意匠を見るたびに

社殿の設計意図が伝わってくるようです。



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回廊(ここも創建当初か?)


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祓舎の無の空間・・・。


礎石はやはりシャープな意匠をしています。



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by y-hikage | 2018-04-12 15:06 | 建築巡礼 | Comments(0)

閉鎖される「 BankART Studio NYK 」


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横浜市中区海岸通りにある

複合文化施設「 BankART Studio NYK 」が

20184月に閉鎖するそうです。

 「 BankART Studio NYK 」は

1953年に建てられた日本郵船の元倉庫を

改修した建築です。

2006年に建物の一部分をリノベーションして、

アートスペースに転用されました。

2008年に横浜トリエンナーレの会場として

使用するために全面改修しました。

広さは3000平米で3階建て。

内部には展示室、川俣正が制作したホール、

制作スタジオ、カフェ・パブ、ショップ、

ゼミ室を兼ねた図書室などがあり、

「横浜トリエンナーレ」や

「日産アートアワード」など、

数々の展覧会場として利用されてきました。

今回の閉鎖は、

同施設を管理する横浜市と、

同施設を所有する日本郵船との

賃貸更新契約が

更新できなかったためとのこと・・・。

横浜市文化観光局創造都市推進部

創造都市推進課によると、

契約更新の交渉が始まったのは

20161月頃。

市側は継続使用を願い出ましたが、

日本郵船は「施設の老朽化」と

「土地の有効活用検討」のため

これを拒否したそうです。

市側も独自で老朽化を解消すべ

く交渉を重ねましたが、

結果的に日本郵船からは

「数年間限定での建物の有償譲渡と土地の借用」と

「土地返却時は建物を取り壊すこと」が

条件として提示され、

断念に至ったということです。

開館当初からこの、

荒々しく力強い展示空間が好きだったので、

閉鎖されるのは残念です。

建築確認申請の提出先の

神奈川県地区安全協会が

「 BankART Studio NYK 」の

すぐそばにあるので、

閉鎖される前に見ておこうと思い

先日立ち寄りました。

「 BankART Studio NYK 」の

最後の展覧会になるであろう

「 芸術家の棲む家 」展が

開催されていました・・・。


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by y-hikage | 2018-03-16 08:54 | 建築巡礼 | Comments(1)

日本の建築ドローイング展に行きました。

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とある1月の週末、

国立近現代建築資料館で開催されている

「 日本の建築ドローイング 」展

に行きました。

この展覧会は日本における著名な建築家の

図面を展示するという

シンプルな企画展でした。

著名な建築家の大半の図面は、

いわゆる見せる図面(ショードローイング)で、

実用的な図面は多くありませんでした。

その中で衝撃を受けた図面がありました。

建築家・高松伸の実施設計図です。

高松伸の作品は、

あまりに禁欲的かつ過剰な造形で

近づきにくい存在でした。今でも・・・。

しかしながら高松伸の図面の

神がかった線は常識を超えていました。

高松伸が描く線は、

鉛筆の線ではなく

細い針金で削ったような硬質な線だったのです。

残念ながらここでは、

高松伸が描く実施設計図は紹介できませんが、

展示パネルにはこう書かれていました。


〇 〇 〇  〇 〇〇


高松伸は空間よりもフォルムが重要であったといいます。

そして高松伸にとって鉛筆によって描くという行為はフォルムがもつ属性・・・強度、密度、濃度、温度、湿度・・・を建築がひきうけていくプロセスを確認する行為です。


〇 〇 〇  〇 〇〇

そしてまた、

今回の展示で無料配布されていた図録には

このように書かれていました。


〇 〇 〇  〇 〇〇


高松伸は「 過剰な視線と過剰な作業が、建築における過剰性を保証する 」と述べる。

彼のドローイングの独自性は、精密な製図と、多彩な素材表現、そして濃密な陰影からなる「過剰性」をペンシルワークという硬質でストイックな技法のうちに極限までに凝縮したことにある。


〇 〇 〇  〇 〇〇


展示空間には図面のほかに

建築家のオーラルヒストリーの

ビデオ映像が流れていて、

高松伸は、

いままで僕が聞いたこともないような

図面を描く姿勢を語っていました。

その言葉をそのまま引用してみます。


〇 〇 〇  〇 〇〇


ペンシルワークというスタイルについて・・・

鉛筆というのは不思議なデバイスで、削りますよね。

その道具を削るという行為が僕にとって非常に重要で、その間に様々な思考が凝縮するというのが僕のスタイルなんですね。だから、鉛筆を削りながら、削り終わって描くときにはある程度のものが見えているんです。

で、それをまた描く。また、それが壊れて、鉛筆を削って描くと。だから、鉛筆に助けられて建築をデザインしているようなものです。今でもそうですけどね。

鉛筆を削るという運動も僕にとっては非常に重要で、それと身体と時間と思考が常に連動していると。

やっぱり彫刻に近いのかな。ノミで彫っていく感じに近いですね。

大体 9 H とか 8 H ぐらいから始めて、彫るべきところに硬い鉛筆を集中していく。それぞれの強度、使う鉛筆の強さによって変えていくという。

何枚も何枚も描いて身につけたものですけども、そこに建築というものを刻印していく。だから、鉛筆というのは木を彫るノミのようなものかもしれない。


身体がどう感応するかということがものすごく重要ですね。乗ってくると、どこまでが身体で、どこまでが鉛筆で、どこまでが紙かわからない。

( 以上、
解説文とオーラルヒストリーからの引用 )


〇 〇 〇  〇 〇〇


9 H とか 8 H の鉛筆・・・?

見たこともありません・・・。

果たしてこのような硬い鉛筆で

図面を書けるものか・・・。

国立近現代建築資料館をでて、

文房具屋さんをみつけ

 H と 8 H の鉛筆を買ってみました。

そして製図室で書きかけの図面に

9 H と 8 H の鉛筆で

線を書いてみました。

やはりそれは鉛筆の芯ではなく、

針金のように硬く、

もはや黒い線ではなく、

トレーシングペーパーを削っていく

透明な傷にしかなりませんでした。



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無料配布されていた

「 日本の建築ドローイング 」の図録


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9 H と 8 H の鉛筆で線を書いてみましたが、

黒い線は書けず、

描かれたのは透明な傷・・・。

下の格子の線は、

B の硬さの 0.3 ㎜ のシャープペンシルの芯。


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by y-hikage | 2018-02-09 13:17 | 建築巡礼 | Comments(0)

白井晟一の善照寺本堂

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浅草に用事があったので

以前から見学しておきたかった

建築家・白井晟一の設計による

善照寺本堂に行ってみました。

やはり実物を見てみないと

わからないことがあります。

善照寺本堂は、

参道というには細すぎる路地の突き当りに

ひっそりと建っていました。

表通りからは

その全貌を見ることはできません。

白井晟一にとって、

この細い路地と本堂の関係を

どうつなげるかが設計の大きなテーマに

なったにちがいありません。

建築雑誌などでみる善照寺本堂は、

深い切妻屋根が最大の特長のように

表現されていますが、

実は、路地の巾とほぼ同じ幅の

大きな黒いガラス窓の存在の発見が

白井晟一の意図するところでは

なかったのかと思いました。

つまり表通りから

延びる細い路地(参道)の軸線が

黒いガラスを貫き、

堂内のご本尊に向かっているという意図・・・。


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確かに、

善照寺本堂の深い庇の存在と

薄いスラブによる回廊によって

建築を宙に浮かせる手法は

特徴的だと思いました。

そしてまた屋根の重量感と

回廊のスラブの厚みの比例のギャップが

独特な外観を創り出していました。


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裏口のドアのノブが

ほぼ中央に配置されています。

この手法は白井晟一が得意とするところです。


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善照寺本堂は1958年に完成しました。


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by y-hikage | 2018-02-03 13:36 | 建築巡礼 | Comments(0)

猪股邸の雪つり

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先週、打合せ場所に近かったので、

世田谷区成城に建つ

「 猪股邸 」を見学しました。

猪股邸は過去に何度となく見学してきた

数寄屋建築の名作です。


猪股邸は今の季節、

松の木に「 雪つり 」が吊るされます。

雪つりによって室内から見える

庭の景色が冬を感じさせます。

真夏には、苔を守るために

「 寒冷紗 」という白い布が

一面に張られます。


今日は、関東地方も大雪です・・・。

雪つりに守られたカラマツと

庭の雪景色の美しさが想像できます・・・・。


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猪股邸は、

数寄屋建築の巨匠・吉田五十八による

設計によって1967年に完成しました。

庭に面する建具が全て戸袋に引き込まれ

室内から見る庭の景色が額縁の絵のようです。

建具まわりの造作の意匠も

庭の景色が美しく見えるように

繊細な線の構成でまとめられています。


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猪股邸には小さな中庭が設けられています。

中庭のそそぐ光によって

室内が暗くならないようにしています。

中庭に置かれた手水(ちょうず)は

鞍馬石だと思います。

鞍馬石は庭におりる

沓脱石にも使用されています。


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by y-hikage | 2018-01-22 15:54 | 建築巡礼 | Comments(0)

吉阪隆正設計の三澤邸・その2

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建築史家の藤森照信氏が連載している

TOTO通信の「 現代住宅併走 」の

32回目は、

建築家・吉阪隆正の設計の

「 三澤邸 」でした。

この記事を読み、

三澤邸は神奈川県三浦郡葉山町に

建っていることをはじめて知りました。

吉阪隆正は、ル・コルビジェの弟子。

早稲田大学教授でもあり、

U研究室のリーダーでもありました。

吉阪隆正は1917年に生まれ、

1980年、63歳の若さで病没しました。

葉山の三澤邸は、

1975年に着工し10年後の1985年に

現在の姿となった住宅です。

すなわち三澤邸は

吉阪隆正の遺作となる作品です。

建主の三澤氏は、

葉山のこの土地を

衝動買いのように購入したあと、

設計を吉阪隆正に

いっさい任せたとのことです。

着工後は、U研究室のメンバーが、

現場でキャンプをしながら

設計監理と自力工事をしながら、

10年かけて現在の姿にしていったそうです。

三澤氏に聞いたところ、

このメンバーの中には、

象設計集団の

富田玲子さんなども含まれていたそうです。

〇〇〇 〇〇     〇

三澤邸は、南側に葉山の山並みがせまり、

遠く西側に富士山を見ることができます。

初めておとずれた吉阪隆正は、

ひとめ見てこの地を惚れ込み、

設計当初は建物を全部、

土の中に埋めてしまおう

という構想もあったと聞きました。

写真で見る三澤邸は、

変わったかたちをした住宅だなあ・・・

と感じたのですが、

一目見た瞬間、

そのあまりのキュートさに

好きになってしまいました。



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1階平面図


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2階平面図


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3階平面図

〇〇〇 〇〇     〇

断面図は

ディール掲載の図面をトレースしたもの。

平面図は

TOTO通信掲載の図面を赤ペンでなぞったもの。

見学後になるべく図面を

手書きで復習するようにつとめています。

〇〇〇 〇〇     〇


平面は当時としては

珍しく分棟型としています。

藤森照信氏の言う

「分離派住宅」の先駆けとなる住宅です。


〇〇〇


1階平面図を見ると、

中央のピロティ(屋外)を中心に、

四角い客室と

台形をした子供室と

丸いかたちをした書庫に

分かれています。


〇〇〇


ピロティ―の上の2階は、

テラスを囲むように四角い食堂、

台形の居間、

丸い書庫の上の書斎に分かれています。

玄関はなく、

それぞれテラスから入るようになっています。


〇〇〇


食堂の上の3階は

寝室と浴室としています。

(完成当時は食堂の階と寝室の階以外は土足)


〇〇〇


丸いかたちをした書斎は、

タラップによってしか

入ることができないようになっていて、

なんと使いにくい

計画なのだろうと思いましたが、

タラップを降りたその空間は、

居心地がよく、

まわりと隔絶した別世界のようでした。




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食堂棟の南側は、


放物線を描くように、

上にいくにつれせり出していきます。

この曲線の具合が、

屋根の庇の役目をはたし、

太陽の光をうまく調整してくれると

三澤氏が話してくれました。



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食堂と寝室の窓


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居間の入り口


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3階の窓から、

テラスを見おろします。

左が居間。

右側の丸い形をしたのが書斎。


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書斎の扉の詳細。


この扉を開けると、

書斎におりるタラップが現れます。


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まさにU研究室らしい、

手すりのデザイン。

三澤邸では、ところどころに

鉄骨で製作した部分があります。

これらはすべて

造船所に作らせたものと聞きました。


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見学の途中、

三澤氏が完成当時の

白黒写真を見せてくれました。

それらの写真を撮影しました。

この写真は居間の南側展開。


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居間と台所


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居間と台所


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1階の客室


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客室から階段室に抜ける扉


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寝室の南側の斜めの窓。

上部はガラスのFIXとしており、

その下側が内倒しの窓になっています。


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正面左に見える円筒形の物体は浴室の扉。


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円筒形の物体をくるっと回すと

バスタオルなどを収納できるような仕組み。


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円筒形の物体と床は桜の木。


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3階の浴室


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丸い形をした書斎を見おろします。


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右手前に見える鉄骨の棒が、

書斎におりるタラップ。


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タラップは、

床を半円にくりぬき、

1階の書庫へとおりていきます。


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書斎の大きな机から葉山の山並みを眺めます。

すばらしい眺めです。

そしてなんとも居心地のいい空間。

この書斎をそのまま欲しくなりました・・・。


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書斎の天井は、

断熱材のスタイロフォーム張り。

けして壊れた天井ではありません・・・。

照明器具は当初のまま。



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1階から3階まであがっていく階段室。

90㎜角の木を

鉄骨の丸鋼に固定して手すりとしています。

ただのデザインだと思ったのですが、

木の上の小口に

手のひらをのせながら階段を上ると

気持ちがいいことがわかりました。

すべてを考えつくしています・・・。


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1階の子供室の入り口。

両開きの扉をしめると、

白い壁のように見えます。

ドアノブがないことが

不思議だと思っていたのですが、

扉の下の小さな丸い穴に指を入れて

開閉させる仕組みだとわかりました。


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扉の敷居まわりの詳細。

床は耐火レンガ敷きで当初のまま。


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2階の居間の開口部の詳細


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今回の見学会は、

JIA日本建築家協会関東甲信越支部

住宅再生部会の大沢悟郎さんから

誘われて実現しました。

〇〇〇 〇〇     〇

三澤邸は、

理屈抜きで素晴らしい建築だと思いました。

吉阪隆正の代表作である、

八王子大学セミナーハウスは、

「 手の痕跡 」が強く表に出ていて、

それはそれですごいと思うのですが、

三澤邸は、

「 手の痕跡 」が

上手に建築の中に染み込んでいて

優しい建築になっていました。

三つの分棟の間合いもスケール感もよく、

「 包まれ感 」が気持ちいい建築でした。



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思えば、実物を見たことがある

吉阪隆正の作品は、かなり少ないことがわかりました。


「 八王子大学セミナーハウス 」



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学生の頃に、

吉阪夫人にあげてもらった「 吉阪隆正自邸 」



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学生時代に探し当てた「 ビィラ・クック 」

そのほかに写真にはないのですが、

「 アテネフランセ 」


ぐらいでしょうか・・・。





吉阪隆正の言葉⇒





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by y-hikage | 2017-12-14 11:55 | 建築巡礼 | Comments(0)

吉阪隆正設計の三澤邸・その1

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主に逗子・葉山地域のお店に置かれている

フリーマガジン

「湘南ビーチFMマガジン」

このフリーマガジンは時々、

興味をひかれる特集を組みます。

VOL44は、「 時を紡ぐ家 」

見開き2ページには、

葉山の「 田邉邸 」

葉山の「 加地邸 」

葉山の「 三澤邸 」

の住宅が掲載されています。

葉山の「加地邸」の設計は遠藤新。

葉山の「三澤邸」の設計は吉阪隆正。

三澤邸の存在は知っていても、

場所が特定できず

外観すら見ることができないと

思っていましたが、

幸運にも最近見学することができました・・・。

次回は三澤邸の記事を書こうと思います・・・。


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by y-hikage | 2017-12-13 19:00 | 建築巡礼 | Comments(0)