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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:建築巡礼( 170 )

「建築の日本展」その4・丹下健三自邸

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「 建築の日本展 」では、

1953年に竣工した

建築家・丹下健三の自邸が

縮尺3分の1の大きさで展示されていました。

成城に建っていた

丹下健三の自邸「住居」は、

いままで写真で見てきて

好きな建築のひとつでした。

建築の日本展で展示されることを知ったときは、

期待感で胸がふくらみました。

あの洗練された住宅を見学できることに・・・。


※※ ※※ ※※ ※※ ※※


2002年に発行された

丹下健三と藤森照信共著の

「丹下健三」という本が手元にあります。

その本の中で丹下健三自邸「住居」は、

第8章の「柱梁の系譜」という

カテゴリーに分類されています。

つまり、

1953年:丹下健三自邸「住居」

1957年:東京都庁舎

1958年:香川県庁舎

などがこのカテゴリーにおさまり、

1955年:広島ピースセンターは、

独立した7章で解説されています。

これらに共通する点は、

柱と梁が強調されていることと、

もうひとつ重要な要素である

ピロティによって

建築が浮いていることにあります。

この本の中で藤森照信氏は、

丹下健三自邸についてこのように書いています。


※※ ※※ ※※ ※※ ※※


まず、ピロティに驚かされる。これほど軽々と2階を浮かすピロティは木造ならではといえよう。

軽く浮くばかりではなく、全体的にシャープで締まった秩序感が漂うのは、柱梁の軸組構造のおかげで、柱梁を露わにして強調し、そこに軒、ヴェランダ、勾欄、棰、根太といった2次部材を組み込むのだが、いずれも露出し、かつ水平・垂直性を前面に出して、柱梁に同調させる。

インテリアにおいては、和室のつくりをベースとしたうえで、モダニズムとの共通性を探る。畳敷きの面と板敷きの面を同面に扱い、イス、テーブルを置くところには畳と同形の板を張り、伝統とモダニズムの一致を図る。

間仕切りは、障子、襖を使うが、長押の上は伝統の小壁とせず、ガラスをはめてモダンに納める。(中略)

側面はゆるい傾斜の切妻とし、屋根面は見せず、軒の線を強調する。

(中略)

2階の縁側と勾欄、そしてその上に広がる軒で、こうした日本の伝統を直接的に感じさせる水平面の張り出しの強調は、おそらく桂離宮に想を得たものと思われる。


※※ ※※ ※※ ※※ ※※


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「丹下健三が見た丹下健三」ギャラリー間で

撮影した丹下健三自邸。


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「丹下健三が見た丹下健三」ギャラリー間で

撮影した丹下健三自邸の屋根。

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「丹下健三が見た丹下健三」ギャラリー間で

撮影した桂離宮。


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図面に定規をあててみると、

(この記事のために図面を書いてみました)

桁行方向が約18.4m

梁間方向が約7.5mの平面寸法です。

耐力壁と思われる壁が少なく、

完全なシンメトリーの構成で

北側と南側に約1.2m片持ちで

ヴェランダが張り出しています。

地盤面から約2.65m2階床レベル、

2階床から軒桁までが約2.65mなので

地盤面から軒桁まで

5.3mあることになります。

屋根の軒の出は約1.25m。

下の屋根はおそらく銅板葺きで

勾配が約22分勾配、

上の屋根は瓦葺で

33分勾配のようです。

屋根のかたちがとても綺麗で

一見すると腰葺き屋根にも見えます。

おそらく屋根の断熱性能を考慮した

意匠と思われます。

小屋組が非常に特徴的で

折置組のように柱頭に挟み梁を接合し

その上部に軒桁を架けています。

挟み梁は登梁形式とし、

棟通りの柱頭に接合し

その上に棟木を架けています。

このやや無謀ともいえる小屋組は、

勾配天井に軒桁や棟木を見せない

工夫と思われます。

2階床組も特徴的で

やはり挟み梁を梁間方向に架け、

片持ちでヴェランダを支持しています。

小屋組にしても床組にしても

柱頭と挟み梁の接合方法が不明です。

ボルトなのか込栓なのか・・・。

2階床組の桁行方向には

いっさい梁のような部材は確認できません。

根太構造とよんでもいいのかもしれません。

竣工当時の写真を良くみると

2階の床下地を小幅板の斜め張りとしています。

床剛性の確保のためだと思われます。

全体的に大断面の部材を使用せず

根太のような

小さい部材で構成しています。

それはデザインのためなのか、

戦後の物資が少ないためなのかわかりません。

ちなみに丹下健三自邸が竣工した

1953年には、清家清による

斎藤助教授の家が竣工しています。


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今まで丹下健三自邸は

桂離宮と二重写しになっていました。

ところが建築の日本展で見た丹下健三自邸は、

桂離宮から大きく離れたものでした。

それは天井がなく

構造あらわしになっていたせいなのか、

桂離宮のように白と木。

つまりこの展覧会で

ブルーノ・タウトが書いていた

「材料のみで色を添えんとしている」

ものでなかったのかもしれません。


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ほぼ同じ時期の設計なので

当然のことかもしれませんが、

丹下健三自邸のヴェランダと

香川県庁舎のヴェランダは

とても良く似ています。

挟み梁でスラブを支持し

挟み梁の小口断面を意匠としているところが・・・。

丹下健三自邸をたくさん重ねたのが

香川県庁舎だとも言えるのかもしれません・・・。


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階段の位置づけも似ています。


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丹下健三自邸の向こうに見えるのが

香川県庁舎の模型。


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by y-hikage | 2018-09-25 10:38 | 建築巡礼 | Comments(0)

「 建築の日本展 」その3・待庵

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「 建築の日本展 」では、

1581年に竣工した

国宝建造物・茶室「 待庵 」が

原寸大で復元されていました。

設計は、茶人の千利休とされています。

京都の南、下山崎の妙喜庵にあり、

予約することで

外観および窓などから室内を

見学することができます。

が、室内には入ることができません。

建築の日本展の待庵は

内部に入ることが可能だったので

貴重な体験ができる

特別な企画であったと思います。


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待庵は南面切妻造の杮葺屋根に庇がついた一間半×一間半の建物で、書院明月堂の畳廊下から一段落ちて南に続いている。

二畳隅炉の茶席に一畳側板入りの次の間がつき、さらに一畳の勝手の間(落ち間)がつく。

二畳の茶席は、南側に庇があって躙り口および連子窓がつき、東側に下地窓二つ(一つは掛障子、一つは片引障子)、北側に四尺の室床がつく。

室床は床の間の天井まで壁土で塗り廻し、床の間の壁の入隅も柱を見せずに塗り廻したものである。

西側は釿目のある方立を立て、襖二枚で次の間と仕切る。

西北の入隅は壁を塗り廻して、炉は隅炉である。

天井は床前小間半を枌板の平天井、手前畳の上二尺5寸通りもこれと直角に平天井とし、いずれも白竹吹寄の竿縁で押える。

躙口の上は東側に葺き下した化粧屋根裏で、竹棰、吹寄竹の木舞、枌板を葺く。

天井廻縁および壁留は竹、あて丸太、杉丸太、杉角などあり合わせの材料を使ってある。

(京の茶室・岡田孝男著より抜粋)


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待庵に座ると、実際の大きさよりも

広く感じられると言われます。

待庵の写しである沼津の駿河待庵の

竣工間際に入ったときも広く感じました。

たとえて言うなら、

風船の中に入ったような

まろやかな空気感が身体を包みます。

なぜそう感じるのか・・・、

さまざまな要素が混じりあって

そう感じるのだと思います。


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ではどのような寸法で構成されているのか

具体的に書いてみようと思います。

ところで製図室にあった

待庵の詳細な実測図

平面詳細、立面図、断面詳細などが

描かれた製本図が見つかりません。

岩手の実家にあるかもしれません。

この図面が手元にあれば

さらに詳しい寸法を書けたはずですが・・。


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室床・・・。

床の間の畳:1154㎜×703

床柱:66㎜角

落掛:35㎜×66

床框:73㎜×40

床内法高さ:1433

床天井高さ:1590


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畳寸法:959㎜×1918

※柱の寸法を75㎜と仮定すると、

二畳の茶室の柱芯寸法が

1993㎜×1993㎜になります。

尺に直すと66寸の間取り。

関東間は1818㎜×1818㎜(6尺×6尺)。


(今回の記事のために図面を描いてみました)


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掛込天井軒桁高さ:1818


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隅炉:406㎜×406


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仕切襖内法:巾1424㎜×高1485

手前連子窓内法:1333×591


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次の間板畳巾:264


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釣棚畳よりの高さ:448

釣棚大きさ:345㎜×300

釣棚釣竹径:18


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奥連子窓竹連子:18㎜×9


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躙口内法:717㎜×785

・・・・

躙口より東京の街並みを眺める・・・。

・ ・・ ・

(京の茶室・岡田孝男著に

記載された尺寸法をメートル単位で書き写しました。)


・ ・・ ・

次回、「建築の日本展」その4に続く。



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by y-hikage | 2018-09-24 14:30 | 建築巡礼 | Comments(0)

「 建築の日本展 」その2

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森美術館で917日まで

開催されていた「建築の日本展」。

展示会場では一部を除いて撮影禁止でした。

展示内容を記憶するには、

目で記憶するか、

スケッチするかの二通りしかありませんでした。

僕は気になった模型を短時間で

ラフスケッチしましたが、

ある時、

壁にかかれた言葉が気になりはじめました。

高額な図録を買えば、

その言葉も手に入るかもしれませんが、

買うのをやめて記録することにしました。

以下、

「 建築の日本展の言葉 」の

一部を紹介します。

記名のないものは、

書き忘れたか、

書いてなかったのかのどちらかです。


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○やはり昔のものの中からいいものを一杯集めてよく勉強してそういうのを再編成することが即ち創造だと思う。(吉村順三)


○生活機能と対応する建築空間が美しいものでなければならず、その美しさを通じてのみ、建築空間が機能を人間に伝えることができる、ということを否定しうるものではない。このような意味において「美しき」もののみ機能的である、といいうるのである。(丹下健三)


○建築の実質は屋根と壁で囲まれた空虚な空間に見いだされるのであって屋根と壁そのものではない。(岡倉天心)



○祖先への郷愁としてではなくて、むしろ輝かしい構想力にみちた現代的象徴として民家を保存すべきである。(伊藤ていじ)


○材料のみで「色」を添えんとしている・・・桂離宮。(ブルーノ・タウト)


○安らかな屋根


○柱 間の立ち現われ(磯崎新)


○木に宿る魂


○柱は力そのものの表現


○風景をも建築化した。


○建築は自然の一部である。


○光と素材と意匠が渾然一体。


○連なる空間


○建築の意味の問題というのは、建物が成立する網の目の中にその建物の居場所を見つけていくことである。(塚本由晴)


○集まって生きる形


○開かれた折衷


○ル・コルビジェの大切な理論であるモデュールの標準化と規格化について、当時私たちはまだ実現できていなかった。しかし日本家屋にはそれが当然のように行われているのを目にすることができた。


○ぼんやりとした境界。(藤本壮介)


○そこには装飾がない。骨組みが「あらわに」なっている壁は可動であり、「近代」建築家がお気に入りの可変性の原理がある。しかも設計は「モデュール」にのっている(きわめて近代的だ)。



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法隆寺中門の模型をスケッチ。

展示の中で最も好きな建築でした。


・・・・・・

次回、「建築の日本展」その3に続く。






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by y-hikage | 2018-09-22 14:04 | 建築巡礼 | Comments(0)

「 建築の日本展 」その1

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六本木の森美術館で開催されていた

「 建築の日本展 」

招待チケットが2枚あったので

2回行きました。

1回目は530日。

2回目は

住宅技術評論家の南雄三氏の

事務所での飲み会があった

913日に行きました。

特に2回目の913日は、

朝一で「建築の日本展」を観た後に

六本木周辺の建築を見てまわりました。

「 建築東京ブラブラ 」の一日でした。


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森美術館は

六本木ヒルズの最上階にあります。

そのまた上の屋上は展望台になっています。

あいにく530日も913日も

曇り空だったので

視界があまりよくありませんでした。

高層ビルや塔から景色を見るのは好きです。

飛行機の

離陸と着陸の瞬間が好きなことと

同じイメージなのかもしれません・・・。


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明治神宮の杜。


22歳から26歳まで

明治神宮近くの

地下鉄代々木公園そばの

アパートに住んでいました。

6畳一間に流しとトイレがついていました。

流しとトイレがついたアパートは初めてでした。

小田急線の線路が目の前で、

窓の前にロマンスカーがよく一時停止しました。

列車の中のお客さんと良く目と目があいました。

線路の反対側はブルガリア大使館でした。

夜には2階の窓にブルガリア大使館の

街灯の光が入り綺麗でした。

アパートの電気がよく止まったので、

その街灯の光と月の光で図面を書いていました。


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建築中の新国立競技場。


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国宝建造物の迎賓館赤坂離宮


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東京の普遍を感じさせる

東京タワー


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南雄三さんの事務所での飲み会の

主なお酒はホッピーでした。

南雄三さんが描いたホッピーの絵葉書。

サイン入りをいただきました。



・ ・ ・・   ・



「建築の日本展・その2」に続く・・・。




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by y-hikage | 2018-09-22 11:24 | 建築巡礼 | Comments(0)

建築家・アルヴァ・アアルトの予告

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最寄り駅である逗子駅前には、

神奈川県立近代美術館・葉山舘の

展示掲示板が立っています。

毎朝、気になって見ているのですが、

次回はフィンランドの

建築家・アルヴァ・アアルトの

展示が開催されることを知りました。

とても楽しみです。

秋から冬にかけて

富士山も綺麗に見える季節になります。

さわやかな秋晴れの朝に

出かけてみようと思います。


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逗子駅前のバス時刻表の

左側に立っているのが

神奈川県立近代美術館・葉山舘の展示掲示板


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アルヴァ・アアルトもうひとつの自然

2018915日から1125日まで

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by y-hikage | 2018-09-12 10:41 | 建築巡礼 | Comments(0)

谷口吉郎の建築(東京工業大学の建築・その3)

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手元にある谷口吉郎作品集の序文に

村野藤吾はこう書いています。


※※※


「線に詩趣あり」


私は今、この稿を結ぶに当たり、私は図板の上にあった製図紙に、やわらかい鉛筆で一本の線を引いてみた。すると、紙背を透して幾本もの線が見てきた。

最初の一本は磨かれたステンレスの細い線である。光に渋さがあり知性が漂っていると思った。


次は、清らかな、しかし、底光りのする柔らかい線である。よく見ればピンと張った絹糸であった。

その次は、みやびだが、それでいて風流でもない早春の梅林が見えてきた。線と思ったのは一条の光芒であった。

最後に見えたのは、名工の作でもあろうか、細くて慎ましやかなタテシゲの美しい木格子であった。まぎれもなく谷口先生の映像のように思った。


(昭和5619日)

(谷口吉郎作品集・淡交社刊より)


※※※


東京工業大学のキャンパスを

正門から歩いていくと、

右手に柔らかい曲線の屋根が乗る

水平の庇が見えてきます。

路面からみると

平屋のこの建物の正面は

寸分の破たんもない面と線で構成されています。

谷口吉郎設計の

東京工業大学創立70周年記念講堂です。


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毎回、この建築の前を通るたびに

正面玄関の扉を開けて

中に入ろうとしてきましたが、

常に施錠してあり入ることができませんでした。

写真では知っていても、

実際に空間体験してみなければならない建築だと

理解していたので悔しい思いをしてきました。

しかし今回の見学で

偶然、内部に入ることができました。


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講堂の側面は斜めの芝生広場になっています。

正面から左手に回り込むと、

正面の静寂が一転して

縦の線の規則的なリズムに変わります。

その規則的なリズムが

後半にさしかかると

レンガ色の穴開きブロックとなり、

講堂の内部の光を予感させてくれます。


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初めて入った講堂のホール。

なんとも言えない柔らかい曲線の天井と

凛とした壁。

この対比が見事でした。

幸い学生さんたちが

音楽の練習をしていました。

とてもいい音に思えました。

いつも不思議に思います。

高度な音響設計による

現代の音楽ホールの音がおおむね悪く、

音響技術がそれほど高度でなかった

昔の音楽ホールの音ほうがなぜいいのか・・・と。


このホールでひとつ驚いたのは、

ステージ背面の壁が

屏風のように曲げっていて、

その材料が

コンクリートブロックだったことです。

コストを踏まえた

選択だったのかもしれませんが、

木の空間と美しく調和していました。


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南に面する壁は、

ホテルオークラの

「麻の葉紋の木組格子」に似た?

木組格子としています。

この格子から降り注ぐ光を期待したのですが、

あいにくカーテンが閉じていて

その豊かな光を

体験することができませんでした。


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カーテンを開けた状態の木組格子の壁。


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木組格子の詳細。

木の格子に白く塗装しています。


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ホテルオークラの「麻の葉紋の木組格子」


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音響を考慮した壁の詳細。


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ステージ背面の


コンクリートブロック屏風壁を

裏側から見たところ。



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階段。



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正面玄関内部。


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タテシゲガラスから

美しい光がはいるホワイエ。


建築家・村野藤吾が

谷口吉郎の建築を

「 線に詩趣あり 」と

表現した感性はみごとです・・・。




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by y-hikage | 2018-09-02 11:36 | 建築巡礼 | Comments(0)

東京工業大学の建築・その2

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目黒区大岡山の

東京工業大学の正門すぐに、

東京工業大学博物館・百年記念館

が建っています。

設計は篠原一男。

今から31年前の1987年の竣工です。

上の写真は

施設内に置かれていた冊子の表紙です。

大岡山の古い駅舎の背後に

百年記念館が

宇宙船かロボットのように

目を光らせています。

31年前といえば知人たちと

世田谷区奥沢に事務所を設立したころと

ちょうど重なります。

大岡山は近所なので完成間際の百年記念館を

見学に行ったことを覚えています。

その後、恵比寿で新しい事務所をつくり、

21年前に目黒区緑ヶ丘に

日影アトリエを設立し、

世田谷区奥沢(といってもほとんど自由が丘)に

事務所を引っ越しました。

そして5年前に北鎌倉に移転・・・。

というわけで、

大岡山の東京工業大学のキャンパスは、

なじみの場所なのです。

春の桜の季節は、キャンパス内が

周辺の住民たちの花見の場所にかわり、

宴会がおこなわれていました。

もちろん日影アトリエも

ワインを飲みながら

賑やかな風景を眺めていました。


※※※


百年記念館に今回あらためて入ってみたら、

3階に篠原一男の作品模型が

展示してありました。

そしてまた地下1階には、

谷口吉郎と清家清の作品模型が

展示してありました。

入館は自由です。

もしかしたらこの博物館を

知る人は少ないかもしれません。


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東京工業大学博物館・百年記念館

1987年竣工:設計・篠原一男


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から傘の家

1962年竣工:設計・篠原一男


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谷川さんの住宅

1972年竣工:設計・篠原一男

(詩人・谷川俊太郎の住宅として設計)


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愛鷹の住宅

1977年竣工:設計・篠原一男


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上原通りの住宅

1977年竣工:設計・篠原一男


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九州工業大学記念講堂・事務棟

1960年竣工:設計・清家清


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九州工業大学記念講堂

1960年竣工:設計・清家清


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九州工業大学事務棟

1960年竣工:設計・清家清


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東京工業大学水力実験室

1932年竣工:設計・谷口吉郎

谷口吉郎の代表作のひとつ。

バウハウスのデザインを

思わせる洗練されたプロポーション。

かつてキャンパス内を

探しまわりましたが見つかりませんでした。


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同、東京工業大学水力実験室

1932年竣工:設計・谷口吉郎


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同、東京工業大学水力実験室

1932年竣工:設計・谷口吉郎


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東京工業大学創立70周年記念講堂

1958年竣工:設計・谷口吉郎


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同、東京工業大学創立70周年記念講堂

1958年竣工:設計・谷口吉郎


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同、東京工業大学創立70周年記念講堂

1958年竣工:設計・谷口吉郎

この建築は谷口吉郎の作品の中で

特に好きな建築です。

したがって

東京工業大学大岡山キャンパスの

建築群の中で一番好きな建築です・・・。


※※※


次回、

東京工業大学の建築・その3に続く・・・


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by y-hikage | 2018-09-01 11:55 | 建築巡礼 | Comments(0)

東京工業大学の建築・その1

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8月のとある平日、

目黒区大岡山にある東京工業大学の

地球生命研究所・

ELSIEARTH-LIFE SCIENCE INSTITUTE)の

建築を見学する機会をいただきました。

ELSI新研究棟は

建築家・塚本由晴教授の設計によって

2015年に竣工した研究施設です。


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この建築の見学しながら

建築よりも研究テーマに興味をいだきました。

ELSIの研究のゴールは

「地球はどのように生まれ、

生命を育み、進化してきたのか」という

人類の根源的な謎の解明です。

「生命惑星学」の国際研究拠点を目指し、

学問領域の枠をはずし

異分野の研究者を集め研究する

「融合研究」を目指しています。

研究者の4割が外国人で、

研究者たちが自然と集まり、

日常的に議論が生まれることを

主眼とした研究所としています。


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設計にあたり、

塚本由晴教授は以下のように書いています。


※ ※ ※ ※


設計に当たって最初に考えたのは、非常に国際的な研究所として、いろいろな方の交流を促す工夫が必要だということ。またWPI(文部科学省世界トップレベル研究プログラム)という枠組みで研究を掘り下げ、外に発信していくことも重要です。つまり、研究・交流・発信の3つの機能を全部備えた建物が必要でした。

研究者の交流の場には、建物の中心に「アゴラ」という広い交流スペースを設置しました。南北の窓を開くと風通しが良く、大小さまざまな机とイスで、お茶を飲みながら自由に議論ができる空間です。東西の端にはそれぞれリフレッシュルームとトイレがあり、研究者がそこに行くとき、階段を使うときにもアゴラが視界に入り、自然と人が出会うようになっています。

発信に関しては、ワークショップができる「ギャラリー」と、発信者が集中できるよう独特の壁のねじれと流れを持つ「ホール」を用意しました。


ELSI通信・Origins より引用。図版とも)


※ ※ ※ ※


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この建築の主色は赤のようでした。

「アゴラ」の黒板も赤系。


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アゴラの窓の障子。

かつて東工大の教授だった

谷口吉郎の基本的なモチーフであった

縦長の線を採用しているものと思われます。


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アゴラに隣接する小さな教室。


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日本的な廊下。

国際的な研究所であることから

日本的な意匠を取り入れているとのこと。


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和室の障子。


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研究室。

本や資料がきわめて少ないシンプルな空間。

データのほとんどは、

スーパーコンピューターに

つながれているとのこと・・・。


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研究室の天井。

構造表しの意匠は、

茶室の駆け込み天井を

イメージしていると思われました。


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障子は木製ではなくアルミ。



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細長い廊下が単調にならぬように


クランクさせてあります。

メンテナンスを容易にするため

設備系統は露出としています。

朱色のじゅうたんが印象的。


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階段室の壁や天井も朱色。


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朱色を切り取った天窓。


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天窓の詳細。


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ホールの入り口。

入り口には見えません。

まるでクロゼットの扉のようです。


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ホールの内部空間。


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1階の床に張ってあった、

10億年前から38億年前の岩石のスライス。

1400年前の法隆寺までは

同時代感覚をもてますが、

38億年前となると

「 はるかかなた 」という言葉も

近すぎるほど・・・。

遠すぎる時間に


呼吸困難になりそうでした・・・。



※※※



東京工業大学の建築・その2に続く・・・



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by y-hikage | 2018-08-31 11:17 | 建築巡礼 | Comments(0)

金沢文庫の称名寺


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825日の土曜日、

横浜の金沢文庫で、

母校の岩手県立軽米高校同窓会東京支部の

同窓会お疲れ様会がありました。

金沢文庫には、

駅から徒歩15分ほどのところに

「 称名寺 」というお寺があり、

以前から訪ねてみたい建築でした。


称名寺(しょうみょうじ)は

鎌倉幕府の重臣北条実時(12241276)が

別荘内に持仏堂を礎として、

1267年(文永4年)に創立されたものです。

学問を好んだ実時がここに金沢文庫をつくり、

文庫には、実時が収集した

政治、歴史、文学、仏教などに関わる書籍が

収められていました。

鎌倉時代には

金沢北条一門の菩提寺として発展し、

三代貞顕(12781333)の時代に

大規模な造営が行われました。

元亨三年(1323)年「称名寺絵図」には、

苑池のまわりに七堂伽藍を配置した

最盛期の称名寺が描かれています。

北条氏滅亡とともに称名寺も衰退し、

この衰退とともに

金沢文庫内の蔵書も次第に散逸しました。

中でも徳川家康前田綱紀の持ち出した数は

かなりなものだと言われ、

「金澤文庫」の蔵書印が捺された古写本は、

現在も日本各地に残っているそうです。


現在の称名寺庭園は、

発掘調査をもとに1987年に復元整備したもので、

鎌倉時代の浄土式庭園の姿を伝えます。

境内の建築は、金堂・仁王門など

いずれも江戸時代の建物ですが、

庭園と合わせ、

中世以来の景観をうかがうことができます。


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称名寺絵図


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現在の境内の位置図


庭園内の主な建造物の概要は以下の通りです。


〇仁王門:

禅宗様。文政元年(1818)に再建。
三間一戸の楼門、入母屋造、軒唐破風付、
銅板葺(再建当初は茅葺)


〇金堂:

禅宗様。文政元年(1818)に再建。
桁行五間、梁間五間、一重、
入母屋造、本瓦葺(再建当初は茅葺)


〇釈迦堂:

禅宗様。文久二年(1862)に建立。
方三間、廻縁付、宝形造、茅葺き。


〇新宮:

称名寺の鎮守。寛政二年(1790)に再建。
三間社造。銅板葺(再建当初は茅葺)



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仁王門全景


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仁王門見上げ


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浄土式庭園


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左から金堂・釈迦堂・鐘楼


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金堂全景


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金堂見上げ


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金堂近景


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釈迦堂全景

釈迦堂は称名寺の建築の中で

特に好きになった建築です。


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釈迦堂近景


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釈迦堂見上げ


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新宮


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称名寺絵図に描かれた新宮


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新宮正面


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新宮妻面


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新宮はとても小さい神社です。

軒先が低く手が届きそうな低さです・・・。


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by y-hikage | 2018-08-27 12:35 | 建築巡礼 | Comments(0)

座・高円寺に行きました。

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昨日の824日の午後、

BB研究会主催の

松井郁夫さん設計の住宅見学会が

高円寺でありました。

高円寺北口での集合時間よりも一足先に到着し、

伊藤豊雄設計の

「 座・高円寺 」という

劇場建築を見学しました。

サーカス小屋を思わせる鉄板の外壁と屋根。

そして小さな丸い窓というか穴は、

中央線の電車からも目につきました。

内部空間にはいると

異次元の世界が待ちうけていました。

いくつもの丸く白い穴が張り付いた

三次元曲線の階段。

赤いベルベット色の幻想的な光。

建築の評価から逃れた空間・・・。


これから僕はこのような建築を

「 おもしろい建築 」と

定義しようとおもいました。

おもしろい建築・・・

けして否定的ではなく

より肯定的な意味での

「 おもしろい建築 」と・・・。



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by y-hikage | 2018-08-25 11:59 | 建築巡礼 | Comments(0)