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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:国宝建造物( 45 )

国宝・正福寺地蔵堂を見学しました。

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国宝建造物・正福寺地蔵堂を見学しました。



正福寺地蔵堂は東京都東村山市に建っています。

都内の国宝建造物は、

迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所・1909年・明治42年)と

この正福寺地蔵堂の2棟のみです。

内部の見学は年3回の一般公開日のみで

88日と924日と113日の地蔵祭り)、

今回の見学は

113日の地蔵祭りの一般公開に行きました。


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正福寺地蔵堂は

鎌倉の建長寺の末寺で

1272年(弘安元年)の創建と伝わります。

開基は鎌倉幕府の執権であった

北条時宗と伝えられています。

神奈川県唯一の国宝建造物である

円覚寺舎利殿(室町時代中期・13931466)も

同様に北条時宗が

宋より招いた無学祖元禅師によって

開山されました。

建築様式を禅宗様としており、

この2棟は驚くほど

姿かたちや細部の意匠が似ています。


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日影アトリエの地元である円覚寺舎利殿と

正福寺地蔵堂とは兄弟同士のような仲。

親しみを感じながら

内部を見学することができました。


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by y-hikage | 2019-11-27 06:33 | 国宝建造物 | Comments(0)

開智学校が国宝に指定されました!

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長野県松本市にある

旧開智学校が国宝建造物に指定された

という記事が518日付けの

毎日新聞朝刊に掲載されていました。

開智学校は

1876年(明治9年)に竣工した

擬洋風建築の小学校です。

設計施工は大工棟梁の立石清重。

この国宝指定によって

国内の国宝建造物が227件になりました。

国宝建造物マニアとしては

見学すべき建築が

増えたことは嬉しいかぎりです・・・。


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by y-hikage | 2019-05-19 12:35 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝建造物・羽黒山五重塔を見学しました。

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10月の終わり、

山形県鶴岡市羽黒町の

国宝建造物・羽黒山五重塔

を見学してきました。

高さ29m、
三間五層の杮葺・素木造りの五重塔。



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羽黒山(はぐろさん)は、

月山(がっさん)、湯殿山(ゆどのさん)と共に

出羽三山(でわさんざん)と呼ばれ、

遅くとも平安時代末期には、

山岳修験の拠点になっていたと

考えられています。

このうち羽黒山の

山頂付近の平坦地には三山の神を祀る

三神合祭殿(さんしんごうさいでん)が

池(御手洗池)に面して建っています。

山頂に至る約2㎞の参道は、

樹齢300600年に及ぶ老杉が生い茂り、

石段は全部で2446段に及ぶとされています。

この参道の一の坂登り口に

国宝建造物・羽黒山五重塔が建っています。


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五重塔の創建については、

承平年間(931938)平将門の建立と

伝えられていますが、

現在の姿は

その後の再建によるものと言われています。

その再建時期についても

「羽黒山旧記」によると

応安五年(1372)と伝えられていますが

定かではないようです。

しかしながら建築様式からみて

応安年間(13681375)の再建と

考えられています。


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周囲の古木の中に

ひっそりと建つ五重塔は、

純和様の手法で造られているため、

華やかさがなく、

長年の風雪によって木肌が風蝕し

厳粛な空気を漂わせています。


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純和様で造られ、

様式の破たんも一切なく、

正統的な中世五重塔の姿をしています。

垂木の割付や腰長押の下に束を入れるなど

古い手法を厳格に守っています。

この古式な寸法計画を厳格に踏襲する姿は、

素朴な美しさと修験道の精神を

表現しているようです。

また中央から遠く離れた

奥羽の山地にありながら

技術的な地方色がなく、

中央の技法をそのまま踏襲していて、

中世における奥羽地方と

中央の直接的なつながりを

示しているように思えます。



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出羽三山五重塔を訪ねた時が、ちょうど

「羽黒山三神合祭殿再建200年記念」の最中で

150年ぶりとなる「秘中の秘」とされた

五重塔の内部が公開されており、

八角形の「心柱」や

1階に設置された祭壇などを

見ることができました。


八角形の「心柱」


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2446段の石段を登りました。

僕よりもおそらく年長の人たちに

追い抜かれ続け、

頂上まで1時間ぐらいかかりました。


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羽黒山三神合祭殿

(はぐろさんさんしんごうさいでん)。

本殿が文化8年(1811)、

拝殿が文化14年(1818)の竣工。

重要文化財。

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三神合祭殿の巨大な茅葺屋根を見ると

スケール感覚が狂ってしまいそうでした。


内部の柱の異様な太さにもおどろきました。


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茅葺き屋根の鐘楼も重要文化財。


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現在、国宝建造物は合計約220棟あります。

この全ての国宝建造物を

全て見るという途方もない長い旅・・・。

羽黒山五重塔が116棟目になりました。

次に見に行く国宝建造物を

どれにしようか思案中です・・・。



(追記)

もう何年も前から

東北の国宝建造物で唯一見ていなかった

羽黒山五重塔を見れたことで

ひとまずホットしています。





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by y-hikage | 2018-12-06 09:35 | 国宝建造物 | Comments(0)

福井県の国宝建造物・明通寺に行きました。

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福井県内の民家の実測調査のついでとはいえ、

日本海に面する小浜市に建つ

国宝建造物・明通寺を見学に行くかどうか

ずいぶん考えました。

小浜市は、福井県でも西のはずれ・・・、

もう少し西へと足をのばすと

京都府舞鶴市に着き、

もう少し西に行くと天橋立に着いてしまします。

天橋立には、

どうしても行きたい旅館「文殊荘」があります。

文殊荘は吉村順三の設計・・・。

などなど考えながら結局、

国宝建造物・明通寺の見学を

実行することにしました。

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明通寺には国宝建造物が二棟あり、

ひとつは本堂、

もうひとつは三重塔です。

本堂の建立は1265年。

三重塔は1270年の上棟です。

本堂は和様を基調としていますが、

内部に大仏様や禅宗様も

取り入れた折衷様としています。

三重塔も和様を基調としていますが

大仏様の要素も取り入れています。

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全体的に軽やかさはなく、

きっちりとまとまった印象を感じます。

大地にしっかりと根付いていて

意地でも動かない

頑固さのような感想ももちました。

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ところで

日本海に「面する」市町村に建つ

国宝建造物は少なく、

北から

富山県高岡市の「 瑞龍寺仏殿・法堂・山門 」、

福井県小浜市の「 明通寺本堂・三重塔 」、

島根県松江市の「 神魂神社本殿 」、

島根県出雲市の「 出雲大社 」、

山口県下関市の「 功山寺仏殿 」、

山口県下関市の「 住吉神社本殿 」、

(島根県の三仏寺投入堂は山の中で

日本海には面していません・・・)

以上9棟になります。

この中でまだ行っていないのは、

「 三仏寺投入堂 」

「 功山寺仏殿  」

「 住吉神社本殿 」

の三棟です・・・。


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by y-hikage | 2017-09-16 14:04 | 国宝建造物 | Comments(0)

琵琶湖の竹生島にいきました。

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二日前の日曜日、

琵琶湖に浮かぶ島、

竹生島(ちくぶしま)に行きました。

その翌日は福井県の民家を

移築再生するための実測調査。

せっかくなので前日に

米原駅経由で彦根港まで行き、

船で竹生島まで渡る計画としました。

竹生島には国宝建造物が二棟あります。

ひとつは、

都久夫須麻神社本殿(つくぶすまじんじゃ)。

もうひとつは、

宝厳寺唐門(ほうごんじからもん)。

琵琶湖周辺の国宝建造物採集は

今年は二度目です。

しかも今回は琵琶湖を

船で渡るという贅沢なコースです。

天気も良く気持ちいい船旅でしたが

宝厳寺唐門は残念ながら修復中でした。
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湖面から竹生島を見て、

右手が都久夫須麻神社。

左手に仮設の素屋根に覆われた建物が

修復中の宝厳寺唐門です。

おそらく屋根の修復工事。

唐門の全貌は見ることができません。

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島の突端に建つ鳥居・・・。

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都久夫須麻神社本殿。

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宝厳寺唐門の屋根の軒裏。

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湖というより海と言ったほうがいい

琵琶湖の雄大な景色。

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竹生島の国宝建造物の次の見学は、

国宝建造物の彦根城。

彦根駅から炎天下の下、

重たいキャリーバックを

引きずりながら彦根城に向かいました。

この移動でかなりの体力を消耗しました。

彦根城の見学を終えて、

米原駅まで戻り、

特急電車で福井駅に向かいました。

翌日は朝から民家の実測を行いました。

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今回の国宝建造物採集で、

国内の国宝建造物総数 222 棟

のうち 113 棟を見学したことになりました。


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by y-hikage | 2017-08-29 11:55 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝・光浄院客殿と吉村順三

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滋賀県大津市の

国宝建造物・三井寺(みいでら)は

どうしても見ておきたい建築でした。

なぜなら建築家・吉村順三が

三井寺の境内に建つ

「 光浄院客殿 」の写しを

ニューヨーク近代美術館の

中庭に設計したからです・・・。

時は1954年のことです。

建築雑誌・JA 59・吉村順三の32頁の

解説を引用してみます。


〇〇〇〇

ニューヨーク近代美術館(MoMA)の中庭に建てられた展示用の住宅。モダンリビングの啓蒙を狙いとして、モダニズムの住宅を2年間ずつ展示ずるシリーズ「House in the Gardenの第3回目に企画された。来日したアーサー・ドレクスラー(当時MoMAの建築部門担当)の意向により、モダニズム建築への近似を示す日本の伝統的なモチーフとして、書院造りである光浄院客殿が選ばれた。吉村はただの「 写し 」に留めることなく、高層ビルに囲まれた敷地、来場者の同線処理、住居として成立させるための別棟の付加といった諸条件に対応している。また建物と庭の連続性の強調、より装飾性を排したディテールの採用等、自らの意図を存分に反映しており、伝統的な日本建築への造詣の深さが、デザインする自在さに到達していたことを示している。

〇〇〇〇


この建築は

「 松風荘(しょうふうそう) 」と

名づけられMoMAの中庭に建てられました。

その原型となる「 光浄院客殿 」を

自分の眼で確かめたかったのです。

三井寺には国宝建造物が三棟建っています。

一つめは「 光浄院客殿 」。

二つめは「 勧学院客殿 」。

三つめは「 金堂 」。

光浄院客殿と勧学院客殿は、

自由に拝観することはできなく、

3人以上という条件付きで

一週間前に事前申し込みが必要です。

僕は時間的に見学できるかどうか

迷っていたため、

事前申し込みはできませんでした。

まあ行けばなんとかなるだろうと思い、

朝、早起きして新幹線に乗り込みました・・・。

午前9時ぐらいには、石山寺に到着し、

石山寺の見学の次に

三井寺の境内に入ることができました。

三井寺の境内は

山ひとつぶんあるのではないかと

思わせるほど広く、

坂も多く移動がたいへんでした。

まずは「 勧学院客殿 」から・・・。

想像のとおりで門から中には入れません。

屋根がわずかに見えるだけ・・・。

金堂を拝観したあとに

目的の「 光浄院客殿 」へ・・・。

やはり拝観不可・・・! 

門からわずかに見えるだけ・・・。

それでも側面全体を

見ることができたので大収穫でした・・・。

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光浄院客殿を塀越しに眺めます。

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MoMAの中庭に建てられた「 松風荘 」

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MoMAの中庭に建てられた「 松風荘 」

(写真は建築雑誌・JA 59より転載)

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「 松風荘 」の平面とスケッチ

(建築雑誌・JA 59より転載)

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「 勧学院客殿 」を門から眺めます。

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三井寺の光浄院客殿

(写真は三井寺のパンフレットからの転載)

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光浄院客殿は慶長6年(1601年)の建立で、

寝殿造の流れをくむ「主寝殿造」と

呼ばれる寝殿造様式の初期の形式のものです。

妻戸・蔀戸・舞良戸・唐破風の車寄・中門廊など

寝殿造の名残をとどめています。

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三井寺の勧学院客殿

(写真は三井寺のパンフレットからの転載


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勧学院客殿は慶長5年(1600年)に

再建されたもので、光浄院客殿とともに

日本を代表する書院造です。


〇〇〇 〇 〇 

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三井寺・金堂

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金堂は慶長4年(1599年)に

再建されたもので、建物全体が和様で統一され、

木割りが太く、重厚さのなかに

柔らかさをもつ仏堂として

桃山時代の代表的な建築とされています。

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今回の

石山寺と三井寺を見学できたことで、

現時点での国宝建造物222棟のうち、

110棟を見学できたことになりました。


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by y-hikage | 2017-06-26 09:52 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝建造物・石山寺

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現時点で222棟ある国宝建造物を

全て見ると決めたときに、

避けて通れない地域は、

国内で三番目に多い滋賀県です(22棟)。

滋賀県は今年の615日に

行ったのがはじめてのことでした。

滋賀県で最初に見た国宝建造物は、

大津市の「 石山寺 」。

石山寺には国宝建造物が2棟あります。

ひとつは本堂。

もうひとつは多宝塔です。

〇 〇 〇〇

本堂は、

正堂(しょうどう)・

会の間(あいのま)・

礼堂(らいどう)からなる複合建築です。

正堂は永長元年(1096年)の再建されたもので、

会の間と礼堂は慶長7年(1602年)に

淀殿の寄進によって

建立されたものとされています。

本堂は国の天然記念物の

石山寺珪灰石という

巨大な岩盤の上に建っています。

〇〇 〇 〇

多宝塔は、

建久5年(1194年)の建立で

日本最古の多宝塔とされています。


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国宝建造物・石山寺本堂


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国宝建造物・石山寺多宝塔


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by y-hikage | 2017-06-25 14:29 | 国宝建造物 | Comments(0)

三十三間堂の障子紙

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先週、早朝に家をでて滋賀県に向かいました。

大津市の国宝建造物を二棟見学した後に、

京都国立博物館と三十三間堂を見学しました。

三十三間堂は今年二度目の見学です。

前回は1月末のこと・・・。

6月の暑い京都の昼時の三十三間堂で

1月とは違っているところを見つけました。

障子の下1段の風通しのために

障子紙が貼られていませんでした。

その景色はとても涼やかで

機能性を兼ねた日本的な意匠となっていました。

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1月末の障子・・・。

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1月末の閉じた障子紙・・・。

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615日の障子紙・・・。


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今回の三十三間堂も

その空間のすごさに感動し、足が震えました。




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by y-hikage | 2017-06-19 11:56 | 国宝建造物 | Comments(0)

厳島神社・平清盛の宇宙観

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先月の4月のなかごろの週末、

広島の国宝建造物をみてきました。

広島にいくつかある国宝建造物の中で、

最大の目的は宮島の厳島神社でした。

一泊二日の旅でしたが、

初日に他の国宝建造物を見て、

宮島の厳島神社の近くにホテルに宿泊しました。

厳島神社の開門は朝の6時半から・・・。

潮が引いている

開門前の境内(砂の上)を歩き、

人がいない神社を

じっくりと見てみようと考えました。

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平清盛は久安二年(1146年)に

安芸守(あきのかみ)に任じられました。

それ以来、厳島神社に対する崇敬は篤く、

それは生涯変わることはなかった

とされています。

清盛は仁安三年(1168年)頃までには、

厳島神社の多く社殿を造営し、

現在の景観を創出しました。

厳島神社が鎮座する厳島は、

宮島とも呼ばれています。

厳島神社のそもそも起こりは、

荘厳な弥山(みせん)の姿に

神霊を感じた古代人が神の棲む島として、

あるいは島そのものを神として崇拝した、

自然発生的な信仰とされています。

厳島を神の島と考える風習は

現代の生活にも影を落としていて、

島内には今でも墓地を作らないそうです。

厳島神社を設計のコンセプトを考える場合、

弥山(みせん)という神の山への信仰が、

まず最初にあったことが重要なのだと思います。

厳島神社の配置はとても明快で、

海中から大鳥居から本殿に向かって

軸線を伸ばすと、

まず舞楽のための舞台があり、

祓殿(はらいでん)、

拝殿(はいでん)、

幣殿(へいでん)、

そして本殿と続きますが、

この軸線の目標は、

神の山である弥山(みせん)に向かっています。

僕の推測ですが、

平清盛は厳島神社を

海の岸辺に浮かべることによって、

「 山の神と海の神を結ぶ媒体 」

にしようと考えたのではないかと思います。

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そしてまた、

厳島神社は京都の

平等院鳳凰堂(天貴元年・1053年)に

似たところも感じます。

その印象は、

左右対称の配置計画にもよりますが、

鳳凰堂の前に展開される池が似たような

印象を与えるのではないかと思います。

鳳凰堂は奥州平泉と

同様に浄土式庭園を創作することによって、

極楽浄土を出現させました。

平清盛は厳島神社で

「 極楽浄土を演出する池 」を

海に見立てたのはないかと思います。

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このように考えていくと、

平清盛という建築家は、

壮大な宇宙観をもっていたと

驚くしかありません。

同じく平清盛が構想(設計?)した

京都の三十三間堂に

今年の1月に堂内に足を踏み入れた時は、

感動のあまり

その場に立ちつくしました。

東大寺南大門や兵庫県小野市に建つ

浄土寺浄土堂を設計した俊乗坊重源は、

平清盛よりも三歳年下とされていますが、

この天才二人の存在は、1000年近い時を経ても

まったく色あせない力をもっています。

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by y-hikage | 2017-05-26 08:21 | 国宝建造物 | Comments(0)

広島県の国宝建造物をみてきました。

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先月の4月のなかごろの週末、

広島県の国宝建造物を見てきました。

広島県には国宝建造物は7棟あります。

都道府県内では、

奈良県・62棟、

京都府・49棟、

滋賀県・22棟、

兵庫県・11棟、

に次ぐ5番目の多さです。

(和歌山県も7棟)


西から東に向かって・・・


厳島神社(廿日市市宮島町)

不動院金堂(広島市東区)

向上寺三重塔(尾道市瀬戸田町・生口島)

浄土寺本堂(尾道市)

浄土寺多宝塔(尾道市)

明王院本堂(福山市)

明王院五重塔(福山市)

※ ※ ※

広島県は東西に長い県ですが、

端から端への移動の見学・・・。

一泊二日の短い旅でした。

広島県の国宝建造物の

最大の目的は「 厳島神社 」。

この社殿は京都の三十三間堂と同様に

構想(+設計?)は平清盛です。

(厳島神社はまた後日、記事にいたします)


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厳島神社   (廿日市市宮島町)


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不動院金堂  (広島市東区)

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向上寺三重塔 (尾道市生口島)

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浄土寺本堂  (尾道市)

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浄土寺多宝塔 (尾道市)

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明王院本堂  (福山市)

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明王院五重塔 (福山市)

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広島へは、

羽田空港から飛行機で往復しました。

考えてみると、

飛行機に乗ったのは、

ちょうど6年ぶりでした。

ハワイから帰ったのが

2011310日。

その翌日、東日本大震災が発生しました。
その日から、僕の建築人生が
一変することになるのですが・・・

〇 〇〇 〇

追記・・・

ハワイに行ってきたと言うと、

えっ? 日影さんがハワイ・・?

と驚かれます。

見たい建築がない場所には、

基本的には旅に出かけたことはありません。

が・・・

ハワイは、お付き合いで行きました。

まったく期待しないで行ったのですが、

気候がとても気持ちよく、

誘われたら、

もう一度行ってもいい場所になりました。

市街地から離れた住宅地に建つ住宅も、

こじんまりとしていて、

スケール感がいい住宅が多いと思いました。




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by y-hikage | 2017-05-15 11:16 | 国宝建造物 | Comments(0)