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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:荻ノ島集落( 8 )

荻の家と島の家がテレビで放映されました。


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8日の朝、


1993年に竣工した新潟県・荻ノ島集落の

「 荻の家 」と

「 島の家 」が

NHKニュースおはよう日本関東甲信越」で

放映されました。

築後25年たちますが、

より一層風景になじんでいくように思えます。

設計当初の

「昔から建っていたような」という目標が

より地に足がついてきたことに

嬉しく思います。
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この写真は


紅葉の時期に撮影した荻ノ島集落です。

紅葉の季節も美しい風景です。


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by y-hikage | 2018-09-09 09:55 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

空から見る荻ノ島集落

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昨年も終わりにさしかかった頃、

チルチンびとが、

建築写真家の畑亮さんから

届きました。(no86冬号)

お送りいただいたわけは、

畑さんが連載している

「日本列島集落の旅」16回目が

新潟県の荻ノ島環状集落だったからでした。

この集落には僕が設計した

「荻の家」と「島の家」(1993年竣工)が

集落の風景の一部としてたっています。

畑さんの写真のすごいところは、

空から撮影しているところです。

ドローンを使用して

空撮しているとのことですが、

見るものに新鮮な驚きを

あたえてくれます。



荻ノ島集落は環状集落を

形成する日本でも珍しい集落ですが、

空から見るとその特徴がよくわかります。

記事の内容も集落の形成過程が

丁寧に書かれており勉強になります。

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右上の写真の中央三棟のうち

左二棟が「荻の家」と「島の家」です。

その右となりに建っているのが

隈研吾さんが設計した

「陽の楽家(ひかりのらくや)」です。

僕が設計している20年前の頃と現在では、

茅葺き民家が減り集落の風景に

変化が見られます。

荻ノ島集落の風景は

日影アトリエのHPの中の

「日影良孝展示室」のアルバムで

見ることが可能です・・・。

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by y-hikage | 2016-01-18 13:22 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

荻ノ島集落での「茅葺き古民家ワークショップ」その1。

11月9日から11日にかけて、

新潟県高柳町の荻ノ島集落でおこなわれた

第2回「茅葺き古民家ワークショップ」に参加いたしました。

荻ノ島集落は、

水田を環状型に茅葺き民家がとりかこむ、

日本でもめずらしい集落です。

この荻ノ島集落について

「日日日影新聞」で連載してみようと思います。

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朝もやに浮かぶ「荻の家」と「島の家」
by y-hikage | 2012-11-19 11:44 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

旧高柳町「荻ノ島集落」の民家の実測調査に行ってきました(その3)。

柏崎市荻ノ島集落主催:茅葺き古民家保存プロジェクト
第1回茅葺き古民家ワークショップに参加してきました(その3)。

築後19年経過する「荻の家」と「島の家」を何年ぶりかで今回訪れました。
もしかしたら十何年ぶりのことかもしれません。
高柳の隣町を故郷とする大工さんに、たびたび高柳町の茅葺き民家は年々傷みがひどくなってきている。
という話を聞いており、内心現状の姿を見るのが不安でした。
たしかに高齢化で空き家となり、茅葺き民家の数は減っているように見えました。
ただ想像していたよりも、以前のままの町の姿だったことがとても嬉しかったのです。
そしてなによりも、感動したのは、僕が設計した荻ノ島集落の「荻の家」と「島の家」がとても元気だったことです。
地域の人たちの手入れが良かったことがまず第一の元気の要素であることが伝わってきました。
(門井地区の設計した「おやけ」・「いいもち」もとても元気でした)

20年前ぐらいの設計の最も重要にしたコンセプトは、

「時がたてばたつほどに風景になじむこと。まるで以前から建っていたように・・。」

そのコンセプトのように、二棟の家はしっかりとこの場所に根付いていました。
それがとても嬉しかった。
何人かの人に言われました。

「この家は、古い民家を移築してきたものだと思った」

この二棟が集落の絵ハガキの中心に描かれているのを何枚か見ることも、
嬉しさのひとつでした。
明治期の集落に19年前に仲間入りして、欠かせない家になっている。

建築をやってきてよかったと思うことができた三日間でした。

さて、
連載の最後の章、残りの集落の写真を掲載して終わりにしようと思います。
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水田の向こうに見える「荻の家」と「島の家」
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朝日を受ける茅葺き民家。「かぎまやの中門造り」
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点在する茅葺き民家。
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この茅葺き民家も実測対象の家でした。
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集落の民家は同じようで、微妙に異なります。
集落で発生した明治42年の大火によって残った家、建て替えた家でも、家のつくりが異なるようです。
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中門の形、屋根の勾配、棟の形状も微妙に異なります。
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豪雪のために、外観はみすぼらしくも見えますが、内部に入ると驚くほどしっかりしている家も少なくありません。
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今回B班が調査した民家です。
この報告は、また後日記事にしようと思っております。
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その民家の小屋裏(この地域では「ソラ」とよんでいます)。
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荻ノ島集落の朝の光。
環状集落の「ナカミチ」の水路。
山から自然に流れ出るこの水路がこの環状集落の生命。
by y-hikage | 2012-08-01 10:57 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

旧高柳町「荻ノ島集落」の民家の実測調査に行ってきました(その2)。

柏崎市荻ノ島集落主催:茅葺き古民家保存プロジェクト
第1回茅葺き古民家ワークショップに参加してきました(その2)。

先週の7月27日から29日の二泊三日のワークショップの報告の続きです。

今回は、簡単に荻ノ島の茅き民家の間取りの特徴を説明いたします。

この地域周辺の民家に共通する特徴は、間取りがカギ型になっている「中門造り」にあります。

この「中門造り」は、南部の曲り家と異なり、豪雪と生活との共存の知恵から発生した形式ではないかと考えられます。

つまり、積雪や屋根からの落雪で家周辺に積もった雪の中を、あたかもトンネルのように家の中に入れるような仮設的な工夫が、恒久的な建築に進化していったものだと考えられます。

その結果、家の主要な長方形の間取りに、かぎ型、もしくはT型の曲がった部分がくっついたような形をしています。
このかたちを、荻ノ島では「かぎまやの中門造り」と呼んでいます。

家族の生活の基本は、農業です。そのため農作業を基本として家の間取りが形成されています。
まずは配置ですが、南向きか、東向きが原則です。
かぎ型で生まれる南向きか東向きの囲われた庭のような場所を「マエデ」と呼びます。
「マエデ」では収穫された野菜を加工する外部の作業場となります。
この「マエデ」に必ずといって付随しているのが「タネ」とよばれる小さな池です。
「タネ」は、収穫された野菜を洗ったりする水場としての機能をもっています。

「マエデ」で収穫され加工された野菜を、この場所に置いているときに、雨が降ってきた時に、大急ぎで、「マエデ」に面する室内の板の間「ザシキ」に一時的に収納されます。
「ザシキ」に収納された野菜は「ザシキ」に面する「ニワ」とよばれる土間に移動され、室内の作業場で加工されたり、貯蔵されたりします。

間取りは、大きく分けて五つのゾーンに分けられます。
1、かぎ型に出っぱっている部分。ここは玄関と手前に便所、便所の奥に牛小屋が配置されます。
2、その奥に「ニワ」と呼ばれる土間があります。ここは室内の作業場になります。
3、家によっては、「ニワ」に水回りがあるか、その奥に張り出した水回りが出っ張ります。(この場合家のかたちがT型になります)
4、「ニワ」に面して「ザシキ」と呼ばれる板の間があり、囲炉裏(いろり)が切られているのがこの部屋です。現在に例えるなら作業場 兼 食堂 兼 居間でしょうか。
5、その奥の南側が仏間となり、格式が高い客間となります。
6、仏間の北側が「ネマ」と呼ばれる夫婦寝室です。
7、子供の部屋は、特に決められた場所はなく、「ニワ」北側の水回りの上か牛小屋の上に設けられていたといいます。
8、もうひとつ重要な場所が「雁木(ガンギ)」と呼ばれる空間です。
外の「マエデ」と「ザシキ」をつなげる半屋外空間で、大雪の時に、開口部に落とし板をはめ込み、食糧の貯蔵庫になります。冬季以外は、縁側の役目を果たします。
二期工事で増築された場合が多く、構造的に母屋と縁が切れているものが多いようです。
(ワークショップの初日の春日俊雄さんの講義を参考に記事にしております)

以上のような間取りを模式図にすると下図のようになります。

若干、説明文が長くなってしまいました。
現状の荻ノ島集落の民家を見て確かめてみます。

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「カギマヤ」の左手前に池が見えます。これが「タネ」と呼ばれる屋外の洗い場です。「ガンギ」の前が、「マエデ」と呼ばれる外の農作業場です。その奥の障子の向こうが「ザシキ」となります。
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荻ノ島環状集落の現状です。
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左向こうのブルーシートで覆われた茅葺き民家が僕が班長を務めたB班の調査対象の民家です。
中門部分が積雪で崩壊しています。
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環状集落を西側から見ます。
遠くに「荻の家」と「島の家」が見えます。
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「荻の家」と「島の家」の北側道路を挟んで建っているのが「九三郎邸」です(春日俊雄さんの家)。「荻の家」と「島の家」と同じ年1993年に大規模改修が完了しました。
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この地域の茅葺は、主にススキを使用しています。
屋根の材料は、日本全国、その地方によって異なり、その地域で入手しやすい材料が使用されてきました。
by y-hikage | 2012-07-31 15:29 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

旧高柳町「荻ノ島集落」の民家の実測調査に行ってきました(その1)。

柏崎市荻ノ島集落主催:茅葺き古民家保存プロジェクト
第1回茅葺き古民家ワークショップに参加してきました(その1)。

先週の7月27日から29日の二泊三日のワークショップでした。

「手のひらに太陽の家」の竣工式(開所式)が先週末におこなわれた翌週のあわただしいスケジュールのなかで、新潟県の柏崎市の山村、旧高柳町に行きました。
旧高柳町は、およそ20年前、僕が二十代後半から三十代前半にかけてかかわった思い出深い町です。

当時、過疎化に悩む町の対策として「じょんのびの里づくり構想(昭和63年)」を策定し、平成6年に整備された「じょんのび村」を核として、観光を中心とする地域づくりに取り組み始めました。

その構想の中で、「門出かやぶきの里」と「荻ノ島かやぶきの里」が計画され、僕は、この二つの地域で二棟ずつ、計四棟の茅葺の民家の建築の設計にかかわることができました。

とくに「荻ノ島集落」は、日本でもめずらしい「環状集落」を形成しており、水田を環状に取り囲むように、茅葺の民家が残っていた地域でした。
その集落に、新築の茅葺きの民家二棟を建築し、民宿として観光客に利用していただくという計画でした。

その二棟「荻の家」・「島の家」を当時、僕が設計を担当することになったのでした。

竣工したのは、1993年3月なので、建築後19年経過したことになります。

ところがこの19年間の間、この集落も少子高齢化が進み、空き家の茅葺の民家も多くなり、

この貴重な茅葺民家の農村風景を維持保全が大きな課題となってきたのです。
このような空き家となった茅葺き民家を集落として利活用していくために、他の地域の人たちと「結(ゆい)」の関係をつくり、将来に向けての維持保全活動の「力」にして行こういうプロジェクトが「荻ノ島茅葺き古民家保存プロジェクトなのです。

今回のワークショップでは、このプロジェクトの準備作業として、三棟の民家を実測調査することになりました。
そのメンバーは、芝浦工業大学の蟹沢研究室の学生を中心に、設計者や大工さんで構成される多様なメンバーでおこなわれました。

まずは、現状の荻ノ島集落を見ていきたいと思います。
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写真右手の二棟が19年目に完成した「荻の家」と「島の家」です。
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水田を取り囲むように環状のみち「もとみち」がはしり、その道沿いに茅葺きの農家が点在する独特の風景です。
中央に「なかみち」が通っているのも特徴のひとつです。
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水田からみる茅葺きの民家はとても美しいものです。
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正面右手二棟が、「荻の家」と「島の家」です。
左の茅葺きの家は、ギャラリーやイベント施設として2000年に完成した「陽の楽家(ひかりのらくや)」とよばれる施設です。この施設は、ガラス張りの鉄骨造のような木造に茅葺きの屋根をのせた斬新な施設です。設計は、隈研吾さんです。
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この集落の中で、とても目立つ象徴的な茅葺きの民家です。
集落の中でめずらしいカブト造りの屋根です。
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カブト造りの民家の近景です。
屋根の形式はともかくとして、北陸地方特有の「中門造り」をしています。
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荻ノ島集落における「中門造り」の特徴については、次回の記事で説明をさせていただこうかと思います。残りは、集落の風景を味わっていただければ幸いです。
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次回の連載に続きます。
by y-hikage | 2012-07-30 17:31 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

高柳町の荻の島がJALの広告のイメージに使われていました。

今日は少し忙しい時間を過ごしました。
その移動の間の田園都市線の車中の広告に、僕が設計した「高柳町のかやぶきの家」とその集落がイメージ写真に使われているのを発見し驚きました。
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午前中は、
お世話になっている、やまざき建築研究所が設計した(聖建築研究所との共同設計)住宅、たまプラーザの「土佐木の舎・奏(とさもくのやそう)」の見学。
昼過ぎは、
目白の吉村順三記念ギャラリーの、おそらく吉村順三の作品の中で最も好きな、八ヶ岳高原音楽堂の展示の見学。
夕方は、
新宿の工学院大学の開催されている、第20回JIA東京都学生卒業設計コンクールの見学(日影アトリエの見習いのミヤザワが出展!)の見学。

設計の実務の間の時間を使って、建築の勉強の一日でした。
その詳細は次回から報告いたします。
by y-hikage | 2011-05-28 20:03 | 荻ノ島集落 | Comments(0)

新潟県高柳町荻ノ島に渋谷で再会しました。

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渋谷の駅を歩いていたら新潟県高柳町荻ノ島の風景と再会しました。写真の中央奥に黄色いポスターが四枚見えます。それが荻ノ島の風景です。新潟県の秋の旅行キャンペーンのイメージ写真として使用されていました。
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新潟県高柳町は18年前に茅葺の家の設計でかかわった懐かしい場所です。高柳町の荻ノ島地区はその後、美しい日本のむら景観コンテストの農林水産大臣賞を受賞しています。荻ノ島の風景が写ったポスターがびゅうプラザの窓に四枚張られています。
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荻ノ島地区は田んぼを環状に囲むように茅葺の民家が点在する全国的にも貴重な集落です。その集落の中に新築の茅葺の民家の設計を16年前に担当しました。写真右上の建物二棟が設計した荻の家(おぎのや)と島の家(しまのや)です。新築でも周囲の景観に調和し時間が経過するごとに集落の中に埋没するような家にすることが大きなテーマでした。外観だけではなく骨組みも伝統的な手法で組まれています。詳細は日影アトリエのホームページに掲載されています。
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茅葺の家の設計中や工事中に何度となく高柳町に通いました。宿泊することも多く町の人たちと夜酒を飲み交わすことも少なからずありました。酒のつまみは地元で採れた山菜料理や川魚でした。朝食は特に思い出深く、お米は言葉では表現できないほど美味しく米粒をおかずにしてご飯を食べている感覚でした。ポスターに書かれている里山×美食という表現では足りないほど美味しい食事でした。
by y-hikage | 2009-09-21 13:33 | 荻ノ島集落 | Comments(0)