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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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2019年 08月 23日 ( 2 )

吉村順三の鎌倉山の茶室

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2002年に竣工した

鎌倉山の茶室「宋春庵」の工事中に、

職人さんがこの現場の近くで

「中村外二工務店」の名前が

書かれた軽トラックを見た。

と言いました。

さだかではありませんが、

鎌倉山で

吉村順三が設計した

住宅と茶室があるという噂は

聞いていましたが、

本当かどうかわかりませんでした。

吉村順三記念ギャラリーの

スタッフさんにその存在をたずねてみたら、

鎌倉山にたしかにありますが、

個人宅なので場所は

お教えできませんという

答えが返ってきました。


気になりながら、

忘れつつ思い出しつつ何年も過ぎた今年、

CacaBRUTUS230号に

いきなり吉村順三の

「鎌倉山の家」と「鎌倉山の茶室」の

リノベーション記事が

巻頭で特集されていたのを見て、

腰をぬかしました。

記事には当然のごとく

場所は特定されていません。


ある時、

知り合いのツイッターの記事に、

吉村順三が設計した住宅を改修した

ink gallery」を

自転車で走っていたら偶然見つけたけど、

汗だくで入れる状態じゃなかった。

みたいなことを

書いていたのをみつけて、

ink gallery」の場所を

やっと特定できました。


その場所はまた驚くことに、

僕が設計した茶室「宋春庵」の

となりのとなりのとなりでした。


最近、思うのですが、

時間が20年目から30年目にして、

ぐるっとひとまわりした感じがします・・・。

いろんな意味で・・・。


ともあれ、

吉村順三が設計した

「鎌倉山の茶室」と

「鎌倉山の家」を最終日に見に行きました。

最大の目的は、

中村外二施工の

茶室の意匠と技術を盗むこと・・・。

そして可能であれば

吉村順三の住宅の空間を体験すること・・。

残念ながら住宅の見学は無理そうでした・・・。


中村外二の数寄屋は

僕なりに解釈すると「切れ味がいい」空間です。

昔、日影アトリエのスタッフが

ミース・ファンデル・ローエみたい!

と言いましたが僕もそう思いました。


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ここからは住宅編・・・。

内部を見学できないのが残念でした。





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2002年に竣工した

鎌倉山の茶室「宋春庵」

藤沢市片瀬に建っていた書院造を解体し、

小間の茶室に圧縮したもの


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by y-hikage | 2019-08-23 17:39 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)

朝の茶事に参加することができました。

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6月のはじめ、

お茶の先生から、

730日の火曜日、

「朝の茶事」の稽古をするという

お知らせがはいりました。

「朝の茶事」というものが

どういうものがよくわかりませんでしたが、

参加することにきめました。


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そして一か月ぐらいすぎたころ、

きれいな毛筆で書かれた封書が届きました。

毛筆でいただく手紙はあまり経験がなく、

差出人の住所も名前も記憶にないものでした。

おそるおそる封書を開けたら、

和紙が手折り巻紙になっており、

朝の茶事の招待が

茶事の亭主によって

丁寧に書かれていました。


茶事はまだ一か月も先・・なのに


準備はすでにはじめられている・・・ことに

おどろき、

お招きする側の心が伝わってきました。


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当日の茶事の流れを詳しく書くことは、

まちがいの元になるので詳しくは書けません。

僕はただただ正客のあとを添うように、

茶事の流れについていきました。

茶事の始まりから終わりまで

3時間ぐらいだったと思いますが、

すべてが新鮮なできごとで

楽しい時間でした。

心をこめて造られた自作の懐石料理のおいしさ。

そしてこの日のために

精一杯考えつくし選ばれた

お菓子や器の数々。

深く練られた濃茶が

口の中に余韻を残し、

さっぱりとした薄茶が

暑い夏を冷ましてくれるようでもありました。


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広間の床の間に飾られた掛け軸には

「 瀧 」が書かれていました。

この文字は見たことがありました・・・。

見た場所は、

お茶の世界に導いてくれた

一冊の本と一本の映画でした。

「 日日是好日 」

この「 瀧 」という文字が出てくる

シーンを読んでみます。






梅雨明け直後の土曜日だった。朝から30度を越す猛暑になった。お稽古に行く途中、歩道のアスファルトがじりじりと照り返した。

先生の家の玄関に入ったとたん、背中を汗が走り下りた。顔をハンカチで拭きながら、いつものように手前の部屋(寄り付き)の「乱れ箱」に荷物を置き、白いソックスをはいて稽古場に入った。

「こんにちは」

挨拶を終え、床の間に目をやった。

人の背丈ほどある掛け軸がかかっていた。

その長い紙の頭のあたりに、たった一文字、

「 瀧 」

と、太く勢いよく、堂々と書いてあった。

その下はすべて余白・・・。

「 瀧 」の筆の最後をハネず、そのまま余白を一気に、どぉーっと、紙の下まで書き抜いていた。勢いあまって、墨の小さな飛沫が散っていた。

(・・・・!)

一瞬、水しぶきを顔に感じた。

滝壷から、冷気が吹き上がった。

汗に濡れた背中が、スーッとした。

(あー、涼しい)

その時、私の目から、分厚いウロコがポロリと落ちた。

(あっ! 掛け軸って、こういうものなのか!)

難しくてわからないという思い込みが、いっぺんに吹き飛んだ。

文字を頭で読むのではないのだ。絵のように、眺めればいいのだ。

(なぁーんだ)

難しくて、エラそうなものだと思っていたが、こっちの思い込みを外してみれば、なぞなぞに似ていた。

「達筆なのか、ヘタクソなのか」と腹が立った筆文字は、自由自在な遊び心が描いた絵文字だったのだ。

センスと筆一本で、床の間の壁に瀧を出現させ、水しぶきまで体感させてしまう。

(すごい・・・)

先生が、(ねっ)という目をした。

その日から、床の間を見る目が、がらりと変わった。




(森下典子著 「日日是好日」より抜粋)


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by y-hikage | 2019-08-23 14:28 | お茶のお稽古 | Comments(0)