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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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2019年 02月 14日 ( 1 )

江之浦測候所に行きました・その5

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「 江之浦測候所 」の造園計画は、

石を中心に考えられています。

庭内に複数の石を配置し構成することを、

石組あるいは石立てといいます。

日本庭園でよくみかける石立ては、

石を垂直に立て

象徴的に表現してきたように思います。

石そのものが個性的でありながら

さらに垂直に据える表現は、

実はあまり好きではありません。


「 江之浦測候所 」の石立ては、

作者である杉本博司が

「石の水平性を布石の基本原理とする」

と言うように、

石を寝かせ、

石が地面を這うように石立てをしています。

これによって見る者の

意識の重心を安定させています。


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「根府川石 浮橋」


近隣の根府川石丁場から採取される根府川石は、自然肌の平滑面を持つのが特徴である。

この平滑面を利用して踏石としてレベルを揃え、自然石を地表から僅かに浮かせて設置した。石を伏せるという工法の顕著な例である。


(江之浦測候所パンフレットから引用)


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「石舞台」


この石舞台は能舞台の寸法を基本として計画された。

素材としての石は当地を開発し地盤を整備した際に出土した夥しい数の転石を主に使用した。この土地は数メートルの地下が強固な岩盤で、近在には根府川石丁場、小松石丁場がある。

舞台四隅の隅石には近隣の早川石丁場跡から発掘された、江戸城石垣の為の巨石を配している。そのノミ跡から江戸初期に切り出され、江戸城初期計画が完成された為、放置された石材と思われる。舞台の橋懸には23トンの巨石を据えた。この石は福島県川内村の滝根石で、岩盤から剥がされた状態で見つかった。

石橋の軸線は春分秋分の朝日が相模湾から昇る軸線に合わせて設定されている。

演能は夜明け前の薄闇に曙の差す頃始まり、後ジテが冥界に帰る頃にその背に朝日を受ける、という構想でこの舞台は設計された。


(江之浦測候所パンフレットから引用)


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「石舞台」の向こうに

大谷石張りの

「夏至光遥拝100メートルギャラリー」が見えます。


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「渡月橋礎石」


京都嵐山の渡月橋の礎石で室町時代のものとされています。

昭和37年(1962)の渡月橋補強工事の際に川床から発見されたものです。


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「三角塚」


海に向かった三角形の舞台の頂点は春分秋分時の正午の太陽の方角を指している。

この時太陽は子午線を通過する。子午線とは南極と北極を結ぶ大円で、子の方角(北)から午(南)に伸びる線を示す。

根府川石を組む過程で古墳のような石室空間が現れた為、実際に古墳石室に使われた石と石棺の一部を内部に収めた。


(江之浦測候所パンフレットから引用)


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by y-hikage | 2019-02-14 08:38 | 建築巡礼 | Comments(0)