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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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2019年 02月 11日 ( 1 )

江之浦測候所に行きました・その2

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2017年秋に開館した小田原の

「 江之浦測候所 」

相模湾の海を見晴らす

江之浦のミカン畑跡に点在する建築群。

一万坪を超す敷地に

壮大なランドスケープを生みだし、

美術鑑賞のためのギャラリー棟、

石舞台、光学ガラス舞台、

茶室、庭園、門などが配置されています。

このランドスケープ + 建築群の設計者は

現代美術作家の杉本博司氏。

杉本氏は写真家として有名ですが、

直島の護王神社など、

景観を生かした

独自な建築作者としても知られています。

また骨董の収集家でもあります。


「 江之浦測候所 」は

杉本博司氏の構想20年、

集大成にして唯一無二の驚異の建築空間です。


「 江之浦測候所 」では

冬至と夏至、春分と秋分といった

季節の節目に太陽の軌道を

確認することを目的としています。


海に向かって断崖絶壁に突き出した

「夏至光遥拝100メートルギャラリー」は

夏至の太陽の軸と同一線上にあり、

日の出の光は先端の展望台に直射します。

その下を潜るコールテン鋼でつくられた

70mのトンネル「冬至光遥拝隧道」は、

冬至の太陽軸にあり、

冬至の朝日はこのトンネル内を一直線に貫き、

出口にある巨石を照らします。


ここでCasa BRUTUS 2017 .vol.212

書かれている杉本博司氏の言葉を読んでみます。


・・・・・・・


「人の最も古い記憶」を現代人の脳裏に蘇らせる為に江之浦測候所は構想された。

小田原市江之浦地区の貴重な自然遺産を借景として各建築は庭園と呼応するように配置される。

        〇

幼少時に熱海から小田原へ向かう湘南電車から見えた大海原の景色、それが私にとっての最初の記憶であり、『海景』シリーズにもつながっていますが、海を撮り続けているうちに、人間の意識の始まりに興味を抱いたのです。

古代の人間は太陽の軌道が変わるのを見て、季節が巡り、時が経過するということを意識化したのではないかと。

冬至が死と再生の象徴であることは、日本のみならず民族共通の概念でもあります。

~中略~

「太陽光の測候という目的とともに、人間の文明のあけぼの、アートの萌芽をもう一度再現するための装置を設けようと考えました。

古代、天照大神を誘い出すためにアメノウズメノ尊が踊った天の岩戸伝説のように、ダンスやパフォーマンスのための場所をつくりたいと。


Casa BRUTUS 2017 .vol.212135頁からの抜粋)


そして「江之浦測候所」の

パンフレット巻頭には

とても重要なコンセプトが書かれています。


造園計画の基本としては、平安末期に橘俊綱により書かれた「作庭記」の再検証を試みた。

作庭記冒頭に「石をたてん事、まづ大旨をこころふべき也」とあり、この石の垂直性を改め、石を伏せん事の大旨を探求することとした。

すなわち石の水平性を布石の基本原理とした。

使用する石材は古材を基本とし、数十年に渡り収集された古墳時代から近世までの考古遺物及び古材が使用されている。


(江之浦測候所のパンフレット巻頭言より抜粋)


・・・・・・・

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切り張り加工し彩色した図版を

さらにトレーシングペーパーにコピーし、

GoogleMapに同一縮尺で重ねあわせた図版。

この図版の目的は

江之浦測候所と東の相模湾までの距離を測るため。

江之浦測候所の下を

東海道線が潜っているのがわかりました。

( 中央の白いタテの線 )


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江之浦測候所の園路からの相模湾の眺め。

左手には西日に照らされた

オレンジ色の蜜柑が見えます。


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江之浦測候所には

東海道線・根府川駅から

送迎バスに乗っていきました。

東海道線・根府川駅は好きな駅です。

駅のホームからの眺め。

このあたりの東海道線区間を僕は

宮沢賢治の「銀貨鉄道の夜」とよんでいます。

      〇

江之浦測候所に行きました.
その3に続く・・・。




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by y-hikage | 2019-02-11 14:32 | 建築巡礼 | Comments(0)