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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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2018年 08月 04日 ( 1 )

フジコ・ヘミングの時間

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7月のとある土曜日の朝、

映画「フジコ・ヘミングの時間」という

ドキュメント映画を観にいきました。

世界的なピアニストである

フジコ・ヘミングのCD

製図室で時々聴いています。

映画では、

もしかしたら

リストや

ショパンや

ドビュッシーの曲を

CDよりも生演奏にちかい音で

聴けるのではないかと期待したのです。

「魂のピアニスト」と称されるフジコ・ヘミング。

この言葉のイメージが先行し、

僕はフジコ・ヘミングのことを

どちらかというと

力強い男性的なピアニストではないかと

思い込んでいました。

ところが映画の中のフジコ・ヘミングは

少女のような愛らしさを漂わせる

純粋な女性でした。

1932年生まれなので

現在86歳ということになります。

この年齢にして、

勘がにぶらないようにと

毎日、4時間練習し

世界中で年間60本の

演奏活動を続けているということです。

これだけ知ると

「すごいピアニスト」で終わってしまうのですが、

彼女の生い立ちを知ると

その壮絶な人生に驚きます・・・。


たとえば・・・、


幼少のころからピアノの才能を

認められながら16歳でときに

病気で右耳の聴力を失う。

それでも東京藝術大学(旧・東京音楽大学)を

卒業します。

29歳のときにベルリン芸術大学に留学し、

ここでも才能を認められ

リサイタルデビューをすることになりますが、

リサイタル直前に風邪で

左耳の聴力も失い、

演奏家としてのキャリアを

中断することになりました。

そしておよそ38年後67歳のときに、

NHKのドキュメント番組で

フジコ・ヘミングの生涯

「フジコ~あるピアニストの軌跡~」が

放映され大反響を呼び、

その後発売された

CD「奇跡のカンパネラ」が

発売後「3か月」で

30万枚のセールスを記録し

「クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を

受賞します。

20代の終わりに聴力を失った左耳は

現在40%回復しているそうです。

ここまで書くと、

彼女の壮絶な人生が

表情や演奏に出ているかというと、

そんな風にはまったく感じられません。

素朴で端正でロマンチックな演奏でした。

どこか懐かしさを感じさせる

演奏といってもいいかもしれません。

音楽の世界はあまり良くしりませんが、

知る範囲で

もっとも好きなピアニストは内田光子です。

内田光子とは全くちがう音楽世界を

この映画で知ったような気がしました。


映画の中で

ほぼフルバージョンで演奏される

リストの「ラ・カンパネラ」。

エンディング曲で流れる

ドビュッシーの「月の光」。

いまでも

この曲が耳から離れることはありません・・・。



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フジコ・ヘミングが

1999年・67歳の時に発売された

「奇跡のカンパネラ」

2000年に発売された

「憂愁のノクターン」

この2枚を製図室で今まで聴いてきたし、

これからも聴いていくことでしょう・・・。


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「憂愁のノクターン」のジャケットの絵は、

フジコ・ヘミングが描いた絵です。


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by y-hikage | 2018-08-04 12:02 | 森の中と町の中で | Comments(0)