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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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2018年 05月 11日 ( 1 )

沼津御用邸の東付属邸

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沼津御用邸記念公園に建つ

「 駿河待庵 」を見学した時は

ちょうど国宝建造物の迎賓館赤坂離宮について

調べている時期でした。

現在の迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所)は、

大正天皇の住居として

1909年(明治42年)に建築されたものです。

「 駿河待庵 」が建つ

旧沼津御用邸に行くまで

知らなかったのですが、

沼津御用邸は大正天皇の静養ために

1893年(明治26年)に

造営されたものだったのです。

千利休設計の

国宝建造物・茶室「 待庵 」の写しである

「 駿河待庵 」は

「 東付属邸 」という建築に

隣接していますが、

この東付属邸という建築は

1903年(明治36年)に

昭和天皇の学問所として

赤坂離宮の東宮大夫官舎を

移築し造営されたということも

初めて知りました。

と、いう事は

「 東付属邸 」はかつて

赤坂離宮の敷地の中に建っていた

ということになるのでしょうか。

今年の4月は必要にかられて

かなり真剣に

赤坂離宮の建築について

調べていたので

沼津御用邸そして東付属邸について

知ったことは新鮮な驚きでした。

〇 〇〇 〇 〇

沼津御用邸記念公園の入り口に

東付属邸の沿革と称して

説明看板が立っていました。

その説明書きを読んでみます。

〇 〇〇 〇 〇

東付属邸は明治36年(1903)に皇孫殿下(昭和天皇)の御学問所として、赤坂離宮の東宮大夫官舎を移築して造られました。夏季には隣地の学習院遊泳場とともに、ご利用の機会も多かったようです。東付属邸は面積も550㎡と広くありませんが、当時の御殿建築の姿をよくとどめています。昭和44年(1969)に沼津御用邸が廃止されるまで長期間にわたり継続して利用されました。現在は新たに茶室を設け、日本文化を学ぶ研修所として、一般に公開しています。

〇 〇〇 〇 〇



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石積みの湯沸所

石積みにしたのは、

火災の原因となる内部の火の元が

外部に放出しないためだと考えられます。


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沼津御用邸本邸の正門。

この正門は明治時代、

大正天皇の皇太子時代に

御用勤務の医師を務めた

エルヴィン・ベルツ博士の縁により、

ドイツのゾーリンゲンで

特別に造らせた鋳鉄製の門とのこと。


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東付属邸のすぐ横に

ナンジャモンジャの樹がたっていて

綺麗な花が咲いていました。

ナンジャモンジャの木??・・・

不思議な名前の樹です。


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by y-hikage | 2018-05-11 12:15 | 建築巡礼 | Comments(0)