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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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庄司紗矢香のコンサート

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36日の金曜日、


サントリーホールでの


コンサートに行きました。


コンサートは、


庄司紗矢香と


ジャンルカ・カシオーリの


デュオ・リサイタルでした。


根っからの大ファンである


庄司紗矢香のコンサートは特別です。



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◇◇◇


プログラムは、


◆モーツァルト:


ヴァイオリン・ソナタ第24番ヘ長調K.376


◆ブラームス、ディートリッヒ、シューマン:


F.A.Eソナタ


◆ダラピッコラ:


タルティニアーナ第2


◆ブラームス:


ヴァイオリン・ソナタ第1O.78「雨の歌」


『アンコール』


◆ブラームス:


 ヴァイオリン・ソナタ第3番より3楽章


◆シューマン:夕べの歌



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オーケストラとの協奏曲ではない


庄司紗矢香とカシオーリとのデュオは、


広いホールに音楽が静かに深く響きわたり、


特別な時間が流れました。


幸運にも指定できた席は、


前から6列目の27番でした。


演奏する庄司紗矢香の


表情や身体の動きが良く見えました。


間近で感じる庄司紗矢香の音の(心の)響きに


感動して眼と身体をどこかに連れていかれました。



たとえば、手書きの図面で


イメージする建築空間は、


筆圧や線の強さで変わるように、


庄司紗矢香の音は、


庄司がイメージする空間が


音の響きによって立ちあらわれてきます。


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サントリーホール


1627席(通路側)



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なんと!


演奏の終了後にサイン会がありました。


(ただしCDの購入者に限られる・・・)


サイン欲しさに


(いえ庄司紗矢香を間近に接するために・・)、


すでに製図室のCD棚にあるCDを購入しました。


庄司紗矢香とカシオーリに


サインしていただいたCD・・・。



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同じCD2枚となりました。


庄司紗矢香のCDは、


全て製図室のCD棚にあります。


重複するCDも他にあります。



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今回のコンサートのチラシです。



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次回の庄司紗矢香のコンサートは、


610日のサントリーホールです。


カメラータ・ザルツブルグとの共演です。



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いつも思いますが、


コンサートの感動を上手に言葉にできません。


なので、チラシの裏に書かれた


解説をそのまま読んでみます。


◇◇◇


「自由、されど根拠をもって」


庄司紗矢香にとって、


2009年のジャンルカ・カシオーリとの初共演は、


大きな転換点だったという。


たとえばモーツァルトの


ヴァイオリン・ソナタをひくときに、


庄司が子どものころから教わってきた、


さまざまな規則やタブーといった「枠」。


その「枠」にしばられることに窮屈さを感じ、


もっと自由な表現を内心では求めていた庄司の、


よりオーガニックで人間的な演奏を


実現する夢をかなえてくれたのが、


カシオーリとの共演だった。


それはけっして自分勝手なものではなく、


モーツァルトと同時代の


18世紀のヴァイオリン教本などの


記述に基づいている。


つまり、地に足がついた自由、


根拠のある独創なのだ。


初共演から15年を超え、


「こんなに長くコラボレーションが続くとは、


夢にも思わなかった」と庄司は笑っていたが、


レパートリーは多彩さを増し、


表現はさらに情感を深め、


息のあったものとなっている。


2022年の公演では、


カシオーリのフォルテピアノとともに、


天翔るようなイマジネーションと


繊細さを共存させた、


素晴らしい演奏を聴かせてくれた。


とりわけ「クロイツェル・ソナタ」の


創意と意欲にみちた名演は忘れがたい。


今回は現代のピアノを用いて、


18世紀から20世紀にかけての、


さまざまな時代の作品を聴かせてくれる。


全曲録音を継続中の


モーツァルトのヴァイオリン・ソナタから


24K.376に始まり、


次に名ヴァイオリニストの


ヨーゼフ・ヨアヒムのモットー


「自由、されど孤独(F


Rei aber eisam)」の頭文字による


3つの音をモチーフに、


友人のブラームス、ディートリッヒ、シューマンの


3人が共作した、F.A.Eソナタ。


ブラームス作曲のスケルツォ楽章が有名だが、


他の楽章は演奏機会が少ないだけに、


ここでその真価を知ることができるだろう。


続いて18世紀のタルティーニの


旋律をモチーフにした、


20世紀のダラピッコラによる


タルティニアーナ第2番。


18世紀と20世紀の音楽が


時空を超えて出会う、


庄司とカシオーリのスタイルにぴったりの作品だ。


そしておしまいにブラームスの


ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」。


この名曲にもどんな新しい生命が吹き込まれるのか、


とても楽しみだ。


(音楽評論家 山崎浩太郎)


♡♡♡


インターネットで見つけた


毎日クラシックナビに書かれた


「庄司紗矢香 ジャンルカ・カシオーリ


 デュオ・リサイタル」の記事(20260307


も転載してみます。



最後に音楽だけが残る~庄司とカシオーリのリサイタル


庄司紗矢香とジャンルカ・カシオーリの


来日公演からサントリーの一夕を聴いた。


1曲目のモーツァルトは、


楽器の発音の瞬間を意識させる、


すなわち多様なアーティキュレーションで


音楽を語らせるピリオド風のアプローチで


音色は極上。


1楽章は軽やかなテンポで雀躍とし、


ヴィブラートを抑えたヴァイオリンと


ペダルの扱いの巧みなピアノで


響きはどこまでも澄んでいる。


後半の繰り返しのフェルマータで


庄司は短いカデンツァを入れる。

緩徐楽章は甘美な音色で

旋律と伴奏のバランスが絶妙。


終楽章は長閑なグラツィオーゾで


始まったと思えば、緊張と陰影も欠かさず、


途中の全休止でカシオーリが


何かに驚いたように両手を上げたまま静止、


気を取り直したかのように


再び主題が奏でられる(まさに音楽の修辞学だ)。


後半もピアノは初期ピアノの変音装置を


彷彿させる光沢を抑えた音色で


コーダはチャーミング。


18世紀の音楽の文法に適(かな)うと同時に


霊感と創造性に富んで楽しい。


(カシオ―リのピアノは初期ピアノの変音装置を


彷彿させる光沢を抑えた音色)


続いてシューマンやブラームスらが


友人ヨアヒムの誕生日に贈った


FAEソナタ全4楽章。


こちらは二人ともいくぶん重みのある音色で


ヴァイオリンはフレージングを粘らせ、


わずかにアゴーギクを施す。


2楽章は心を震わせるヴィブラートとともに


ヴァイオリンを嫋々(じょうじょう)と歌わせ、


3楽章はリズムやアクセントを強調。


総じてピアノが音楽の骨格を作り、


そのなかでともに内面的で


密度の高い演奏を繰り広げる。


3人の作曲家たちの個性が示されるとともに、


友人への親密な想いを感じさせる。


FAEソナタは、友人への親密な想いを感じさせた) 


休憩後のダラピッコラの


「タルティニアーナ」第2番は、


〝悪魔のトリル〟で知られるタルティーニへの


オマージュのような作品だが、


明度の高いテクスチャーと


愉悦に富んだブーレのリズムなどを通して、


作品のユニークな魅力が


新鮮な感銘とともに伝えられる。

そして最後のブラームスの

ソナタ第1番「雨の歌」。


1楽章は静寂の中から音が


立ち上がるように始められ、


ともに自然な音楽の流れのなかで繊細に、


そして情熱と高揚をもって「歌い」「語り合う」。


どこまでも優しいヴァイオリンの第2主題、


抑えに抑えた「歌」が美しい第2楽章、


憧れに満ちたヴァイオリンとソット・ヴォーチェの


ピアノの織りなす夢幻的で詩的な第3楽章。


フォルテの表現でさえ、


それを包み込む優しさがある。


どの曲も一瞬たりとも何気なく出された音はなく、


すべてにおいて心を通わせ、


表現は濃(こま)やか。


庄司は最後の音が消えても弓を下ろさない。


こらえきれなくなった客が


思わずフライング(まだ早い!)。


ゆっくりと最後まで弓を下ろして


熱い拍手が沸き起こった。


(すべてにおいて心を通わせていると感じた


ブラームスのソナタ第1番「雨の歌」。


庄司は最後の音が消えても弓を下ろさなかった)


アンコールは洒脱でミステリアスな薫りを残す


ブラームスのソナタ第3番の第3楽章と、


徹底して弱音の世界でたゆたう


シューマンの「夕べの歌」。


いつしか楽器を弾いていることを忘れさせ、


聴き終えて最後に音楽だけが残る。


もはや音楽家を超えた芸術家だ。

(那須田務)



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by y-hikage | 2026-03-08 10:40 | 森の中と町の中で | Comments(0)
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