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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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聖路加国際病院トイスラー記念館

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今日、東京建築祭をきっかけに


築地地区にある聖路加国際病院の


敷地内を歩いていたら、


小さな洋館をみつけました。


その洋館は「トイスラー記念館」と


よばれる建築で、


聖路加病院を開院した


宣教医師ルドルフ・B・トイスラーを


記念する洋館とのことです。


この建築について


中央区総括文化財調査指導員の


増山一成氏がわかりやすく


解説しているので引用してみます。


◇◇◇


明石町地区は、


明治期に築地外国人居留地


(1899年に居留地廃止)


設置された場所です。


町内にはカトリック築地教会聖堂や


ミッションスクールの発祥を記念した


石碑が散在しており、


現在でもその一端がうかがえます。


また、今日では、明治33(1900)


来日した米国聖公会の


宣教医師ルドルフ・B・トイスラーが


開院した病院


(築地病院、聖路加病院〈1902年〉、


聖路加国際病院〈1917年〉と改称)


大きく発展し、


居留地時代の面影を


彷彿させる存在となっています。


今回の文化財(トイスラー記念館)は、

聖路加国際大学や


聖ルカ礼拝堂などがある街区の


一角に立つ建造物です。


ヨーロッパの山荘を思わせる


特徴的な外観を持つこの建物は、


初代院長の名を冠して


トイスラー記念館と称されています。


この建物は、


昭和8(1933)の創建から


平成元年(1989)に至るまで、


現在地から約210メートル東の位置


(隅田川畔の明石町19


〈現在の明石町81号・


聖路加タワーの辺り〉)にありましたが、


解体保存工事を経て平成10(1998)


現在の街区中庭へと移築復元されました。


竣工当初は、トイスラー院長に

看護教育宣教師として招かれた


アリス・C・セントジョン女史の宿舎として


使用されていました。


戦後は一時的に病院本部として


機能したものの、


その後は主に職員宿舎や


事務所などの用途で


使用されてきた歴史ある建物です。


設計技師は、


旧病院棟・聖ルカ礼拝堂の設計に


携わったアメリカ人建築家


JVW・バーガミニィで、


施工は清水組(現在の清水建設株式会社)


手掛けています。


建物は2階建の小規模な洋風住宅ながら


鉄筋コンクリート構造を採用し、


移築復元前までは


地下にボイラー設備を有するなど、


耐震性と機能性を備えた


住宅建築となっていました。


外観のデザインは、

化粧柱・梁などを配したハーフティンバー


(木造建築で柱・梁・筋違いなどを


骨組として外部に見せ、


壁面を石材・土壁などで埋める様式)風の


意匠が目に留まります。


また、室内意匠(チューダー・ゴシック風)は、


重厚感のある木材で仕上げられた


1階ホールやリビングの暖炉、


優美な曲線を描く階段の手摺りなどが


復元されており、


気品あふれる内装にも特徴があります。


◇◇◇


この解説文を読んでみて、


いつか内部空間を


見学してみたいと思いました。


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by y-hikage | 2024-05-26 17:39 | 建築巡礼 | Comments(0)
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