覚園寺は、北条義時公の薬師如来信仰により、
1218年(建保6年)に建てられた
大倉薬師堂が覚園寺のはじまりです。
1296年(永仁4年)北条貞時が、
再び元寇が起こらぬことを祈って
心慧(しんえ)を開山として
改めて建立したのが覚園寺です。
現在の薬師堂は、大倉薬師堂を前身とし、
1354年(文和3年)に足利尊氏によって再建され、
その後1689年(元禄2年)に
茅葺屋根に造り直すなど、
修繕が重ねられ現在にいたります。
◇
覚園寺薬師堂について
「建築MAP横浜・鎌倉(TOTO出版)」に
書かれている解説を読んでみます。
◇◇◇
北条義時が1218年(建保6年)に
建立した大倉薬師堂に始まり、
2度の蒙古襲来の後、
執権北条貞時が蒙古の再来を
退けることを祈って独立した一寺に改め、
覚園寺と号した。
険しい「谷戸」の奥深く位置する寺地には
「宋風」の山上伽藍が営まれたという。
この創建時の建物が
1337年(建武4年)に焼失した後、
足利尊氏が薬師堂を再建、
現在の薬師堂は、
この尊氏再建の堂の材を再利用して
建てられている。
薬師堂は、方三間の母屋の周囲に
一間の庇を廻らせた五間堂で、
母屋の材の大部分は足利尊氏が
1354年(文和3年)に造営した
前身堂の古材である。
二重屋根の大規模な前身堂の
母屋部分の軸組や須弥壇を縮小して転用し、
現在の一重屋根の小規模な堂に納めている。
母屋の鏡天井に張り付けられた
尊氏自著の梁碑が建物の歴史を物語る。
◇◇◇
覚園寺薬師堂の図面は、
「神奈川県文化財調査報告書」第32集・
伊藤恵司「覚園寺薬師堂の
修理調査について」からの転載です。
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