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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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如庵の写し、大磯の茶室「城山庵」を見学しました。

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大磯でのお茶のお稽古の前に、


神奈川県立大磯城山公園の


園内に建つ茶室「城山庵」を訪ねました。


訪ねたのは、


住職と


お茶の先生と


生徒さん(全員が僕の先輩)たち、


総勢10名ほどでした。



茶室・城山庵は


国宝建造物である


茶室・如庵を写した茶室です。


城山庵を先生と


一緒に見学できたことを


たいへん光栄に思いました。



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城山庵の手前座



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茶道口から斜行する壁と


三角形の板畳(うろこ板)



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城山庵の床の間



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土間庇の壁に開けられた丸窓が見えます。



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城山庵の待合


如庵(城山庵)の篠竹を打ち詰めた


「有楽窓」を待合にも使っています。



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◇◇◇



現在、愛知県犬山市に建つ「如庵」は、


もともと京都の建仁寺の塔頭である


正伝院に織田信長の弟である


織田有楽斎が建てた茶室でした。


1908年(明治6年)正伝院の移転にともない、


如庵とその付属施設は、


売却の対象となりました。


一時期、京都市祇園町の


有志らの所有となりましたが、


1908年(明治41年)、


三井総領家(北家)が購入しました。


北家10代当主の三井高棟は、


表千家11代の千宗主に師事しており、


代々表千家との親交がありました。


三井高棟は、


「如庵」と付属する「書院」と「露地」を


東京今井町(現在の六本木)に移築しました。


1936年(昭和11年)、


如庵と露地が国宝建造物に


指定されたのをきっかけに、


三井総領家(北家)の


大磯の別荘「城山荘」に移築することになり、


1937年から5年をかけて


移築工事がおこなわれました。


年月が流れ、


大磯の城山荘は、


1970年(昭和45年)に


名古屋鉄道の所有となり


(名古屋鉄道が如庵を欲しいがために


広大な城山荘を山まるごと


購入したとされています)、


犬山市に移築され現在にいたります。


◇◇◇


ところで


国宝建造物に指定されている茶室は


「待庵(たいあん)」


「如庵(じょあん)」


「密庵席(みったんのせき)」


3棟あります。


「待庵」は


京都府大山崎の妙喜庵の中にあり、


現存する草庵茶室の中でも


最古のものです。


千利休の作と伝えられる


二畳敷の茶室です。


「如庵」は


建仁寺の塔頭である


正伝院が再興された際、


織田信長の弟である


織田長益(織田有楽斎)によって


1618年(元和四年)に建てられた


二畳半台目の茶室です。


「密庵席」は


大徳寺塔頭である


龍光院書院の一画にあります。


江戸初期の大名茶人


「小堀遠州」の作とされ、


書院に接続された


四畳半台目の茶室です。



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待庵の床の間


塗回し壁で天井も土の室床です。


床柱は杉の面皮柱で見付のつらが


落掛近くまでついています。


框は桐の皮付で見付に節が三つあります。


隅炉の入隅の柱を消して


大きく塗回すことで奥行を助長しています。



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待庵の客座


床前天井を桁の下端で納め、


化粧屋根裏の勾配によって


三角形の下がり壁を構成しています。


同じ高さで三部構成の


天井の変化をみせています。



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待庵の平面



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待庵の天井


床前と点前座は同じ高さで、


ノネ板・細竹二本打竿縁天井の


同じ仕上です。


躙口上は化粧屋根裏の


駆込天井としています。



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待庵の東側壁面


二つの下地窓が掛障子と


片引障子となり、敷居、鴨居、戸当りで


バランスのいい壁面構成としています。



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如庵


正面左側に袖壁を持つ土間庇を設け、


右側が躙口、正面が控えの間としています。



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如庵の手前座と南壁面


中柱は台目構えか道安囲いのために


立てるのが一般的ですが、


如庵は火灯形にくり抜かれた板を


はめる独創的な工夫をしています。


向切の手前座を引き立てるとともに


板で隔てた半畳は


席中のゆとりになっています。


化粧屋根裏には突上窓を設けています。



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如庵の有楽窓と天井


篠竹を打ち詰めた


「有楽窓」の竹の隙間から入る光が


雨の日などは


回折(かいせつ)現象のような効果で


虹の陰影が見られます。


洞庫の襖、


中柱通りで二分された高さの違う窓、


腰張の古暦の壁面構成が際立っています。


天井も中柱通りで二分されて


躙口側が化粧屋根裏、


手前座から客座にかけて


竹竿縁の平天井としています。



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如庵の平面


躙口から入って左側奥に四尺の出床を設け、


その右手やや奥に


水屋からの入口が


茶道口と給仕口兼ねています。


この茶道口から給仕の動線に沿って


斜行する壁を立て


足元には「鱗板(うろこいた)」を敷いています。



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密庵席の床と違棚


貼付壁で新塗框の書院本床に、


なぐりのある床柱を取り合わせています。


矩折りの違棚は


上下に袋棚、


中に三段の棚を設けています。



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密庵席の内部


中央に角柱が立ち、


左右に書院床と点前座を配した構えは


密庵席の特色のひとつです。


天井は竿縁天井で、


手前座のみ落天井としています。


板床の落掛と同じ高さに丸太を通し、


壁止めとしています。


四本引腰高障子を


茶道口と給仕口としています。



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密庵席の腰高障子


障子の框と舞良桟は赤溜塗、


腰には銀地に


遠州好みの唐紙を張っています。



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密庵席


面皮柱と角柱を交ぜ、


長押を付け、七宝入りの釘隠を打ち、


張付壁で、床と違棚を備え、腰高障子で


外には高欄を回した書院造です。


この四畳半の書院床の並びに


台目構えの手前座を付け加えて


茶室としています。


小堀遠州好みとして伝えられ、


書院の意匠を使って


大名茶を確立したとされています。


密庵席は秘仏がごとく、


拝観も特別公開も


一切おこなわれておらず、


まったく見ることができない茶室です。





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by y-hikage | 2021-06-06 12:32 | 建築巡礼 | Comments(0)
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