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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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山口文象の旧関口邸茶席・その3

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僕の手元に

「建築をめぐる回想と思索」という本があります。

昭和51年に発行された本で、

建築評論家の長谷川堯(19372019)が

建築家と対談したものをまとめた本です。

この本の中で

山口文象が73歳のときに

対談した内容が書かれています。

その対談の中での山口文象が

18歳までの下積みの語りが

とても面白いものでした。


その文章を凝縮しながら読んでみます。


※※※


山口文象は1902年、浅草寺本堂の裏で生まれた。浅草寺公園と吉原のちょうど真ん中あたりにある堀の土手のふもとの棟割長屋に住んでいたという。

山口文象の父は、このスラム街に住む大工の棟梁であった。祖父も父も、小さなお寺の本堂やお宮さんを立てる宮大工であった。

山口文象は地元の富士小学校を卒業し、一中(現在の日比谷高校)に秘密で入学したが、両親の猛反対を受け入学式の翌日に退学した。

中学を断念したものの、小学校の先生のすすめで、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)の付属の国立の職工徒弟学校に入学した。この学校で教養養成所の先生たちから実習を学んだ。

実習は一日三時間で、のみ、のこぎり、さしがねの使い方、つまり大工としての基本技術を修練した。とくに、さしがねの使い方はこと細かく学び、墨付けの実習では、四角い柱、丸い柱、丸い柱と梁の継手の問題、そういう幾何学的な墨の出し方を、図学的に本当に細かく学んだ。

いまでもそれがものの考え方の基礎になっている。

この職工学校を卒業したのが15歳(現在の新制中学と同じ)で、父親の関係からか清水組(現在の清水建設)の現場の定夫(じょうふ)として採用された。

定夫というのは定雇いの人夫で、レンガを積んだり、大工の手元をやったり、型枠の墨を打ったりしていた。

そのうち本の虫になり、何かものを考える習慣ができてきて、小さい少年時代からかんなの研ぎ方、道具類の使い方などを、大工にするつもりで父から仕込まれてきたが、建築工事というものより、何かクリエーションしていかなきゃやり切れない、詩をつくるにしても絵をかくにしても、とにかく自分をエクスプレッションするという創作のほうへ向かうべきじゃないかということがぼんやりとつかめてきた。

ちょうどそのころに「建築世界」という雑誌で分離派建築会の創始者である山田守の論文に出会い、父親に無断で清水組を退職した。18歳のときである。


(建築をめぐる回想と思索・

昭和51新建築社発行・の文章を要約)


※※※


この文章を読みながら、

山口文象にたいして

大きな誤解をいだいていたことに

気がつきました。

山口文象(19021978)は、

作家:林芙美子(19031951)の住宅を設計し

1941年に完成します。

山口文象と林芙美子はほぼ同世代です。

もしかしたら同世代同士で

建築の話がしやすかったのかもしれません。

現在、新宿区に

林芙美子記念館として

一般公開されていますが、

見学に行くたびに木造住宅として

完成度の高さを実感してきました。

この完成度の高さは、

林芙美子の新居に対する

尋常じゃない情熱が、

大工棟梁に伝わった結果のもので、

山口文象の設計は

基本設計どまりぐらいなのかと

思いこんでいました。



日日日影新聞・201676日の記事

「林芙美子邸について」参照




ところが長谷川堯氏との対談を読むと、

山口文象は「建築家的気質」よりも

大工職人としての気質のほうが強く、

彼の和風建築のうまさは、

身体の中で鍛えたものだけが生み出す

本物であったことがわかってきます。

山口文象が32歳のときに

完成した旧関口邸にしても、

39歳のときに完成した

林芙美子邸にしても、

これら本物の木造を造ることができる基礎を、

10代の期間の

大工の実習によって養ったものだった。

・・・と僕は推測するのでした。



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茶席(会席)の平面

三間半×五間半の単純な間取りですが、

豊かで奥行の深い

美しい間取りを生みだしています。

平面図を見ているだけでうっとりしてきます・・・。



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以下の写真は、

住宅建築・197708


現代和風建築集4

からの転載


日影良孝本人の撮影一枚のみ



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現代和風建築集4

旧関口邸茶席の図面が掲載されていました。

建築学会図書館で図面をコピーし、

製図室でトレースしてみました。

図面はただ漠然と見るよりも、

トレースするなどして

「手」で書き写したほうが記憶に残ります。

身体で覚えるほうが、

いざというときに

記憶の引き出しから

すぐに引っ張りだるのです。

僕の場合ですが・・・・。



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by y-hikage | 2020-07-01 14:39 | みんなのけんちく学校 | Comments(0)
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