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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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初釜のこと その一

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お茶の世界に導いてくれた本、

「日日是好日(森下典子著)」の

第四章に「初釜」という項があります。

この項を読み、

「初釜」の場面を想像したとき、

冬の冷たい新鮮な空気が

身体をすうーっと

抜けていったことを忘れることができません。


だから2020年に年が明けた

15日の初釜はとても楽しみでした。

年末ぎりぎりに

階段で転んで口の中と足に怪我をしたので、

はじめての初釜の参加を

前日まであきらめかけていたのですが、

参加して本当によかったと思いました。


今日、この記事を書くためにあらためて

「日日是好日」の中の

「初釜」の項を「先生のおじぎ」まで

通しで読んでみました。

15日に参加させていただいた初釜の場面と

ちがうところはたくさんありますが、

最初に読んだときの文章が、

より現実的な映像に

育っていることが自分でもわかりました。


そのまま読んでみます・・・。


  • ※ ※ ※ ※


初釜は、年明けの「稽古始め」だが、実際にはふだんのようなお点前の稽古はない。生徒全員で先生と新年のご挨拶をし、おせち料理をごちそうになり、それから先生のお点前でお茶をいただく。つまり、新年の始業式である。


私とミチコは初めて着物を着て、昼前にそろって先生の家に行った。いつものように「こんにちは」と玄関を開けると、中はしーんと静まりかえっていた。水を打ったたたきに、草履がずらっとならんでいた。


水曜日にお稽古している五人の奥さんたちは、もうそろっていた。ひそひそと声がして、青磁色の着物に金茶の帯をしめた中年の女性が、こちらをのぞいて会釈した。ふだんとはちがう、そのフォーマルな雰囲気に、学生の私たちは思わず固くなった。


初釜の稽古場は、おろしたてのシーツのようにすがすがしく、晴れやかだった。床の間の柱には、真っ青な竹の花入れが掛かっていて、紅白二輪の椿のつぼみが生けられ、大きく輪に結んだ長い柳の枝が大胆にしだれていた。掛け軸には、「鶴舞」とか「千年」という文字が見えた。床の間の真ん中に白木の台が置かれ、黄金色の小さな米俵が三つ積んであった。


(これが、「日本の正月」というものか・・・)


お点前をするいつもの場所に目をやった。そこに飾られた茶道具に、私は思わず目を奪われた。


二本柱のすっきりした大棚。冬の清らかな白い光の中で、艶やかに光る黒塗りの棗や炉縁の金の蒔絵。


(漆の黒って、なんて大人っぽいのだろう)


乳白色の水指に描かれたトルコブルーの鶴。


火箸の頭についた小さな松笠の飾り・・・。


「伝統」とは古くさいものだと思いこんでいたが、そうではなかった。本物の伝統は、モダンで斬新だったのだ。私はその時、「ジャポニズム」にあこがれた百年前のフランス人の「目」になって日本という「異国」を見ていた。


武田先生は裾模様のある淡いクリーム色の一つ紋をゆったりと着て、畳に両手をついていた。


「みなさん、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。この一年も、一生懸命ご精進くださいね」


私たちは扇子を前に、


「今年もよろしくご指導ください」


と、口々に言って、全員で顔を上げる。挨拶が終わると先生は、


「さあ、それじゃ、私がお点前します。ちゃんと見ててくださいね、私も間違えるんですから。ふだん、皆さんに注意してるけど、自分は口ばかりで、できないんですよ」


笑いが起こり、座の空気がふっとなごんだ。先生は水屋へ消えた。



生徒七人が、静かに、先生の登場を待っていた。


先生が初釜で披露するのは「濃茶点前」である。「薄茶」をカプチーノとするなら、「濃茶」はエスプレッソのようなもので、抹茶の種類も異なるし、お点前も上級になる。薄茶は一人一碗ずつ点てるが、濃茶は数人分を一碗にまとめて練り、みんなで少しづつ飲み回すものだ。


障子が開いた。


先生は両手を膝の前にそろえて置き、私たち生徒をちゃんと見て、自然にすうーっと頭を下げ、一瞬止まったと思うと、おもむろに頭を上げた。


それだけだった。なのに胸を突かれた。


鳥がほんの一瞬、きゅっと小さく身をすぼめたと思うと、ふわりと元に戻る仕草をする。それに似ていた。


先生は今、私たちに「敬意」を表した。謹み深く、謙虚に、それでいて卑屈さがなかった。


おじぎは、ただ「頭を下げる」ことではなかった。頭を下げるというシンプルな動きに、あらゆるものが含まれていた。「形」そのものが「心」だった。いや、「心」が「形」になっていた。


(このことか・・・)


それまで、何度も武田先生のおじぎを見てきたけれど、その時初めて、母の言った「おじぎがちがう」という意味がわかった。



「日日是好日(森下典子著)」


第四章「初釜」~「先生のおじぎ」から



  • ※ ※ ※ ※

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by y-hikage | 2020-01-09 11:58 | お茶のお稽古 | Comments(0)
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