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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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村野藤吾の八ヶ岳美術館

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昨年の秋、

八ヶ岳美術館に行くことができました。

八ヶ岳美術館は村野藤吾の設計です。

設計の時期は

19788月から11月までの

たった3か月だったといわれています。

村野藤吾が88歳の時で、

1984年に97歳に亡くなる5年ほど前の設計です。

工期は19793月から12月まで。

八ヶ岳という寒冷地特有の気候条件を踏まえ、

現場での作業を極力減らすために、

特徴的な丸いドーム屋根は、

すべて東京の工場で作られた

プレキャスト・コンクリートの

ピースで構成され、

現地で床と壁と梁までを

鉄筋コンクリートで作り、

この上にドームを載せることによって、

現場の工期を最小限に抑えています。

一方で手作り感を出すために、

外壁のセメントブロックは、

現場で調合されて製作されたそうです。


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当時ではまだ珍しかった村立美術館の設立は、

地元の原村出身の

彫刻家・清水多嘉示(18971981)が

自らの作品を村へ寄贈したことが

きっかけでした。

清水から寄贈を受けた原村では、

村の各所から発掘された

縄文時代の考古学資料の展示も

併せて計画し、

1980年に

「原村立八ヶ岳美術館・原村歴史民俗資料館」

として開館しました。


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村野藤吾が描いたスケッチ。

カラマツの美しい林を損なわないように、

樹木のないところを敷地図のなかで探し、

建物が自然の中で異質な形で

存在しないように

考えられたかたちだとされています。


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建物のかたちから推測すると、

内部空間は

小さく分節されているように思いますが、

視線が奥まで伸びる

連続空間であることにおどろきます。

動線は単純明快で、

強い軸線にそって半円のアルコーブが寄り添い

体内の中にいるような展示空間を生み出しています。

その体内感覚を、

天井に吊るされたレースカーテンと

天井内に仕込まれた間接照明により

包み込まれるような華やかさとしています。


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建築をひとつのかたまりとするのではなく、

小さな半円のドームの集合体とすることで、

カラマツ林に溶けこむ

森の中のコテージのように

村野藤吾は考えたのではないかと、

美術館のまわりを散策しながら

感じました。

室内を歩いているとき、

開口部から見える紅葉や差し込む光が

とても印象的だったように思いました。



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by y-hikage | 2019-04-28 09:08 | 建築巡礼 | Comments(0)
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