
先月の10月27日の土曜日、
建築写真家の畑亮さんの
ご自宅にうかがいました。
その目的はというと、
かたい話になりそうですが、
要は飲みながら
畑亮さんの建築写真家人生を
聞こうという企画に誘われてのこと・・・。
畑亮さんの息子さんお二人、
畑耕さんと畑拓さんも建築写真家です。
畑亮さんとは長いお付き合いを
させていただいています。
そのきっかけは僕の処女作である
「鎌倉の大屋根」を撮影していただいた
1990年ごろから・・・。
今回の飲み会には、
元住宅建築編集長の
植久哲男さんも参加。
植久さんが居ることで
畑亮さんへのインタビューが
より深い内容になりました。

左奥が建築写真家の畑亮さん
右奥が畑耕さん
右真ん中が植久哲男さん

畑亮さんのお宅は八王子市にあります。
外のデッキでまずは乾杯。
畑亮さんは1943年石川県生まれです。
日本大学芸術学部写真学科の卒業です。
学生時代、ガソリンスタンドで
アルバイトをしていた時に、
建築写真家の村井修氏と出会い、
その出会いが建築写真家を
目指すきっかけになったそうです。
村井修氏(1928年~2016年)は
日本を代表する建築写真家で
数々の名作を生み出してきました。
畑亮さんのお話によると、
学生時代に村井修氏のもとで
アルバイトをしていた時は、
建築写真家・二川幸男(1932年~2013年)と
大塚氏という人と
村井修氏と3人でレトリアという
写真スタジオで活動していたとのこと・・・。
村井修氏のもとで修業したあとに独立し、
建築家・高須賀晋(1933年~2010年)と出会い、
1973年から約10年間撮り続けた
「日本の集落」が
畑亮さんの代表作となります。

「日本の集落」三巻
日本の集落は、
建築雑誌「住宅建築」に連載されたものを
三巻にまとめたものです。
「日本の集落」は高須賀晋氏と二人で、
日本全国を巡り、
セスナに乗って
空から集落を写す写真が特徴です。
高須賀晋氏との二人旅の
エピソードの数々は神話のようになっています。

北越谷で2009年に開催された
畑亮写真展のチラシがみつかりました。

畑亮さんの師匠である村井修氏の写真
日経アーキテクチャーからの転載です。
写真は丹下健三設計の香川県立体育館
建築写真というよりも
村井修の芸術作品となっています。

畑亮さんが写真家として軌跡を語っています。
畑亮さんの話に熱心に耳をかたむける
植久さんと日影良孝。

1980年建築の生闘学舎(東京都三宅島)
設計:高須賀晋。撮影:畑亮さん。
写真から建築のエネルギーが伝わってきます。
尻込みするほどに・・・。

生闘学舎の内部空間

ある大工は、
生闘学舎はいずれ世界史に残る
遺跡になるだろうと話していました。
ただし、
誰に聞いても生闘学舎の
現在の状況はわかりません。
毎日新聞社発刊の
重要文化財・吉島家住宅
写真:畑亮さん
1984年、畑亮さんが41歳の時です。
数ある吉島家住宅の写真の中で
もっとも完成度が高い
写真作品ではないかと思っています。
現在、絶版の本で入手困難です。

僕の処女作「鎌倉の大屋根」が
掲載された「住宅建築」の表紙
1990年6月号です。
この6月号には
「鎌倉の大屋根」と「山中湖の蔵座敷」の
二作が掲載され、
表紙の写真は「山中湖の蔵座敷」
写真は畑亮さん。

「鎌倉の大屋根」の巻頭写真

「住宅建築」1994年10月号
新潟県高柳町で設計した、
かやぶきの家4棟の特集号です。
表紙はその4棟の中の
「おやけ」とよばれる、かやぶきの家。
写真はもちろん畑亮さん。

高柳町の荻ノ島集落の「荻の家」

2014年4月号の住宅建築に
掲載された「 那須の家 」
・・・・・・・・・・・・
10月27日の土曜日は、
夜遅くまで話が盛り上がり、
結局、
畑亮さんの家に泊まってしまいました・・・。
( 人物写真は畑拓さんの撮影です )