とある週末の土曜日の午後、
61回目の吉村順三記念ギャラリーに行きました。
テーマは
「ニューヨーク郊外のゲストハウス」でした。
今回の展覧会は、
僕にとってかなりのレベルで
価値の高いものでした・・・。
ギャラリーに入って写真を見るなり、
僕は大工の中村外二の気配を感じました。
そこでギャラリーの方に
「この施工は中村外二ですか?」と聞いたところ
「そうです!」と答えてくれました。
大の中村外二ファンの僕としては、
ひそかに心の中は舞いあがり、
目まいをおこしていました。
〇〇 〇 〇〇
さて、この建築を説明してくれる
ポストカードの文章を読んでみます。
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ニューヨーク郊外の広大な敷地内に建つ木造平屋建て瓦葺き屋根の独立した、14畳に6畳の次の間付の茶室として設計されたゲストハウスです。前に池を配し、茶室は池の中に浮いているような設計です。回りの庭は、純日本風です。
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展示を見た後に電車の中で
ゲストハウスのことを考えていたら、
大切な質問をすることを忘れてしまいました。
本当に大切な質問でした。
このゲストハウスの建主は誰だろう・・・?
ゲストハウスの敷地は
「ニューヨーク郊外の広大な敷地内に建つ・・・」と
説明に書かれています。
あくまでも僕の推測ですが
(間違っていたらすいません・・・)、
このゲストハウスの建主は、
アメリカの大富豪のロックフェラーではないかと・・・。
なぜなら吉村順三の作品集に掲載されている、
ポカンティコヒルの家(ロックフェラー邸)の
解説の前段にも、
「この住宅はニューヨーク近郊の広大な敷地に、眺望のよい一画を塀で囲って落ち着いた住まいの環境を作り、その中に建てられている。」
と書かれているのです。
このロックフェラー邸の施工も中村外二。
ゲストハウスの完成は1962年。
ロックフェラー邸の完成は1974年。
この流れからすると、
ロックフェラーは自邸の建築の前に
吉村順三にゲストハウスとなる茶室の設計を
依頼していたことになります。
あくまでも僕の推測の域を出ませんが、
おそらくそうあってほしいと思う僕がいます・・。
これらの写真は、
ギャラリーのパネルを
ギャラリー内で撮影したものです。