会津のさざえ堂の見学は二回目でした。
はじめて見た時も、
とても奇妙な建築だと思いましたが、
二回目の見学でも、
その奇妙さの加減は
失われることはありませんでした。
僕にはどうしても装飾過多に見えるのです。
この装飾過多には、
必ず理由があるのだろうと思いますが、
その理由はいまだに不明です。
とりあえずそばに置いてある本から
解説文を拾ってみることにします。
さざえ堂は会津若松市の飯盛山西麓に建っています。1796年(寛政8年)の建立とされています。
もともとは阿弥陀如来像を本尊として、堂内をめぐる斜路に沿って、西国33観音札所の本尊を写した33体の観音像を祀っていましたが、
明治の新政府による廃仏毀釈に伴い「皇朝二十四孝」の絵額に取り替えられました。
1辺3.4mの六角形平面をもち、右回りに登る斜路と左回りの下る斜路が二重螺旋を構成しています。
構造は中央に6本の通し柱をまとめて貫でつなぎ、側柱は内転びに通し柱を立てて、これを繋梁で渡しています。
天井は斜路の床板がそのまま下層階の天井になっています。
(解説参照:日本の建築空間・369頁:新建築社)
二重らせん構造が
そのまま外観になっているとはいえ、
とても不思議な外観です。
堂内をめぐる斜路・・・。
右回りに斜路を登り切った
太鼓橋の空間。
今回の記事では図版も
掲載してみようと思います。
図版は日本大学理工学部建築史研究室
によるものを転載させていただきます・・・。
さて次の見学は、
左下り観音堂です。