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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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小坪漁港 その1

僕の朝のランニングコースの一部である小坪漁港について

記事を書いてみようと思います。

鎌倉幕府が開かれた当初、

小坪漁港では12~13戸程度がひっそりと漁をして暮らしていました。

船で運んだ物資を陸揚げして、

幕府が置かれ急速に発展した鎌倉に運ぶため、

1232年に和賀江島という港ができて、

周辺に紀州から多く移り住むようになりました。

志摩から来た漁師と伊勢から来た船主が協力し、

小坪から鎌倉に魚介類を盛んに出荷しました。

(逗子市の広報誌から引用 その1)
小坪漁港 その1_c0195909_172073.jpg
水面の浮かぶ黒い影が和賀江島。

実際は直径50㎝ぐらいの丸い石の塊です。
小坪漁港 その1_c0195909_172831.jpg
空中写真から見る和賀江島。

中央の粒のようなものが和賀江島です。

その左の海岸線が材木座です。

写真、右の建物群が逗子マリーナ。

写真から切れていますが、

写真上、逗子マリーナの下の港が、

小坪漁港です。

小坪漁港 その1_c0195909_1722123.jpg
現在の小坪漁港です。
小坪漁港 その1_c0195909_1722879.jpg
漁師のみなさんは、

早朝の漁が終わると網の手入れなどをしています。
             ※
小坪漁港付近は、逗子で唯一の昔ながらの猟師町と言われています。

しかし振り返ると養殖漁業の発達、

漁法の変遷、埋め立て、潮流の変化など、

さまざまな変化の波にさらされてきました。
             ※

次回に続く・・・
by y-hikage | 2013-08-30 17:23 | 鎌倉・逗子・葉山で | Comments(0)
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