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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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唐招提寺金堂の修復その4

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唐招提寺金堂は延暦年間(782年から806年)の初期に建築されたといわれています。その後に少なくとも4回の大修理が行われており元禄6年から7年の大修理の時に屋根の勾配を強くし、大きな屋根に変えています。下の立面図が創建時の復元図、下の立面図が現状の姿です。(図面は「日本の美術7 奈良の寺 平凡社より出典)
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この断面図は創建時の復元図です。元禄の大修理の時に屋根を大きくしたことで屋根が重くなり、それに耐えられるように内部区間つまり身舎(しんしゃ)の柱と梁に斜めの部材で補強しました。その後明治の大修理では小屋裏の内部で補強し元禄の補強材を取り払ってしまうのです。そのために屋根の重さに耐えかねて柱が内側に向かって倒れてきたました。今回の平成の大修理の最大の目的はその構造補強でした。
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この模型は修理中の作業場に置いてあった模型です。この模型の段階では明治期の補強材や平成の大修理の補強方法は反映されていません。
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この模型を見ると屋根まわりの構造が良くわかりますが創建時から変化のない構造だと思うと本当に圧倒されてしまいます。
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構造と意匠が有機的に融合され調和しています。はたして木造の技術は1200年前がピークであったのかと思ってしまします。
by y-hikage | 2010-02-13 19:17 | 国宝建造物 | Comments(0)
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