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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

hikagesun.exblog.jp

日日日影新聞が創刊されました。

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閑谷学校について。

寛永十年(1670)、


播備国境(岡山県備前市)に

岡山藩主・池田光政によって閑谷学校が開かれた。

創建当時の建物は簡素な茅葺屋根であったが、

学校奉行・津田永忠によって

元禄十四年(1701)に現在の姿に改築された。

「百姓は、生かさず、殺さず」という

武士特権政治が常識であった当事

「農民は国の基(もとい)」という

光政の理念のもとに、

儒学に基づく士庶共学の教育を目指した

世界最古の庶民の学校とされている。



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当時から講堂(国宝)では

毎日決まった時間に学生たちが

床板に端座し「しのたまわく」と

論語を斉唱してきた。

昨年11月30日に閑谷学校を訪れたとき、

偶然「日曜論語」が開催されていた、

僕は国宝である講堂に入れるという

魅力だけで参加することにした。

建築に対する興味で見学にきたが、

講師の前で論語を斉唱することで、

閑谷学校の厳粛で無駄のない配置や意匠の意味が、

わずかであるが理解できたような気がした。

「建築には意味が込められている」

ことを再発見した旅であった。



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講義が終わると、

参加者は漆塗りの床板を

掃除させていただくことになっている。

三百年余りにわたって

学生たちが磨いてきた

黒光りする床を乾拭きする貴重な体験ができた。

by y-hikage | 2009-01-09 19:15 | 国宝建造物 | Comments(1)
Commented at 2009-01-24 10:36 x
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