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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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SOMA 川合優 木工展に行きました。

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10月の中ごろ、

近くの東慶寺の境内を散歩した後に、

東慶寺入り口わきにある、

「北鎌倉 ギャラリー 空」に

立ち寄りました。「ギャラリー 空」は、

こじんまりしたギャラリーですが、

居心地がよくて好きなギャラリーです。

展示内容は

SOMA 日本の木のしごと 川合優 木工展」

SOMA」という文字に引かれて

自然とギャラリーに足が向かいました。

不勉強な僕は、

川合優(かわいまさる)さんという

木工作家をこの展示で

はじめて知りました。


作品が全体的に

「 澄んでいて 」

「 透明感 」を感じました。

木工作品は「木の肉感」を

感じることが多いのですが、

川合優さんの作品は、

針葉樹の特性を

ガラスのような繊細さまで

昇華させているように思いました。

木工作品だけではなく

川合優さんの撮影した写真からも

「山の神秘性」が強く伝わってきました。

さらに壁に掛けられた

パネルの文章が素晴らしく、

読んでいて川合優さんの

作家としての意志というよりも

「祈り」のような精神を感じました。

川合優さんの文章を読んでみようと思います。


※ ※ ※ ※ ※


かつて日本の山には、杣(そま)と呼ばれる人々がいた。

杣とは、山へ入り木を伐り、またそれを運び出すことを生業とする人々である。

機械化が進んだ現代と違い、人間の体力と知恵、馬の力のみで険しい自然と巨木を相手にする仕事は危険を極めたが、今となってはそれを想像することさえ難しくなってしまった。


そんな杣の仕事に欠かせない、「ヨキ」という道具がある。それは一般に言う斧と同じ道具だが、杣の人々はヨキと呼ぶ。

そしてそのヨキには必ず、左面には3本、右面には4本の筋が入っている。

一説には、右側の4本は地水火風の4つの気を表し、それがヨキの語源にもなっているのだという。また反対側の3本の気は、ミキ、つまり御神酒(おみき)を表し、木を伐採するにあたって御神酒の側を木の方向に立てかけ、柏手(かしわで)を打ってから仕事にかかるのだという。


しかし、本当にそれだけのことなのだろうかと、何かがひっかかっていた。

そんな時、偶然にも続けざまに2つのことを知った。


長野県に秋山郷という雪深い集落があり、そこの杣人たちは3と4という数字を畏れ、自分の干支に当たる日から数えて3日目と4日目には、決して山へ入らないのだという。しかしその当人たちも、ずっとそうしてきたからだと言い、それ以上の事は知らない。


また別のところからは、陰陽道では3は奇数で陽、4は偶数で陰。つまりヨキには陰陽が表裏の関係で存在している、と教えられた。


そこで何かが繋がった気がした。陰と陽とは別のものでありながらも一体だ。

ヨキは道具の性質上、ひとつのものをふたつに分けるもの、つまり地面から木を切り離すものであるが、それを奇数の3と偶数の4とし、分けながらも繋ぐ事で、伐採される木材になる側と土地の記憶を紐付けする意味を持っているのではないか。

そして杣人たちは、その数字を畏れながら、神性を感じているために山に入らないのではないか。


現代も、木材として流通している一本一本の木が、その山々と繋がっているのだとしたら、そんな願いをもって杣と言われる人々が仕事をしていたとしたら。


我々の木の扱いは、本当にこれでいいのだろうか。

〇 〇 〇

日本の国土の7割は森林であるにも拘わらず、国内で使われている木材の7割を輸入に頼っている。それは、少しでも安く商品を製造、販売することと引き換えに、合法違法を含め他国の豊かな森林を伐採するという事だけでなく、長年にわたって培ってきた自らの木の文化を放棄する事でもある。

日本の森には今、第二次世界大戦後に植林された杉や檜に代表される針葉樹が豊富にある。

それらは、もともと建材となるはずのものだったが、当時思い描いていた未来とは少し違う現代になってしまった。

経済成長に伴う人件費の高騰や、建築様式の変化で杉や檜の需要は減り、今、山には伐るに伐れない針葉樹が溢れているのだ。それらの木を使うことで、山は循環を取り戻し、林業は再生し、人々と自然が密接に結びついていた時代をへと向かう一歩となる。

SOMAとは杣、つまり山の仕事をして生きる人々のことを指す言葉だ。
そしてこのシリーズは、そんな針葉樹を使い、日本の木の本当の価値を深く探っていきたいという思いから生まれたものである。


〇 〇 〇


山や海、森や川、またそこに住む植物や動物を、ひとことで言い表すことのできる言葉「自然」。

そのあまりにも慣れ親しまれている「自然」という日本語は、実は、明治の後半になりようやく生まれた。

英語のネイチャーや、フランス語のナチュールを日本語に訳す時、それらに当てはまる日本語かなく、外来語の訳語として、自然という言葉は造られた。

しかし、自然、という日本語は、それ以前からあった。

ジネン、と発音する言葉として。

では、ジネンとはどういった言葉なのだろうか?

自然という言葉を分解してみると、

自(おの)ずから然(しか)り、となる。

これを私は、「ただそこにあること、あるもの」と理解する。

人は遥か昔より、自然とともに暮らしてきた。

しかしそれは、現代的にいう人間の対象物としての自然ではなく、人間と同様にただそこに或り、そしてただ無くなってゆくものとして。

その時代の人間と自然の間には、明確な境はなく、緩やかに溶けて混じりあっていただろう。

人と自然は、同じものだったのだ。


「 無境 」 

ものをつくる上で、忘れてはならない事のように思う。

※ ※ ※ ※ ※

「 SOMA 日本の木のしごと 」
川合優さんの文章を
そのまま引用させていただきました。




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最近、

若い世代で木をあつかう

優れた作家に出会うことが多い気がします。

「木をあつかう」という小さい世界ではなく、

時空を超えた地球規模で思考していると、

表現しても、

けして大げさではないような

若者が育ってきているのではないかと思います。

僕は彼らの存在に刺激を受けるのです。

川合優さんの作品を

見ながらそんなことを考えていました。



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# by y-hikage | 2017-11-09 10:14 | 森の中と町の中で | Comments(0)