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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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小川糸さんのサイン会

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鎌倉を舞台にした小説

「 ツバキ文具店 」の

続編の「 キラキラ共和国 」の

発売記念のイベントがありました。

そのイベントは、

1115日の夕方、

作家の小川糸さんのトークショーとサイン会です。

場所は鎌倉の由比ガ浜公会堂。

作家さんのサイン会は

今まで行ったことがありませんでしたが、

場所が鎌倉ということもあり近場なので、

行ってみることにしました。

トークショーは、

作家の「小川糸さん」と

挿画の「しゅんしゅんさん」と

手紙肉筆の「萱谷恵子さん」の

三人でおこなわれました。

小川糸さんは、

ツバキ文具店の

主人公・雨宮鳩子そのもののようで、

とてもチャーミングな人でした。

サイン会のサイン対象は

「 キラキラ共和国 」の書籍のみ

と書かれていましたが、

僕はずうずうしくも、

小川糸さんの四種類の作品を持参しました。

ひとつは今回発売の「キラキラ共和国」、

ふたつめは「 ツバキ文具店 」、

みっつめは「 食堂かたつむり 」、

よっつめは「 日曜日ですよ! 」。

この中の「 日曜日ですよ! 」は、

現在連載中の毎日新聞の日曜版の

連載エッセイのスクラップ集です。

サインの順番がまわってきて、

それぞれの作品を小川糸さんに渡したら、

こころよくサインをしてくれました。

「 日曜日ですよ! 」のスクラップ集を

見た小川糸さんはとても驚かれて、

小さい顔を赤らめたのが印象に残りました。

サイン会の終わりに

挿画の「しゅんしゅんさん」の

絵はがきをいただきました。

この日は、すばらしい一日となりました・・・。



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後日、

小川糸さんのブログを見てみたら、

鎌倉でのサイン会のことが

書かれていました。

その中に、

こんな文章がかかれていました。


・・・・・・・・・・・・・・


そうそう、サイン会の時、「毎日新聞の『日曜日ですよ!』読んでます」という方がたくさんいらしてびっくりした。毎日新聞の日曜版に毎週書いているエッセイ。中には毎号欠かさずカラーコピーをとって(得地直美さんの絵がまたいい味を醸し出しているのです)ファイルにまとめてくださっている方もいて、嬉しいやら恥ずかしいやら。新聞はなかなか読者の方と直接お会いする機会がないので、ありがた出来事だった。

追伸:二子玉川のサイン会の時に質問があり、その場できちんと思い出せなかったラトビアの十得、こちらになります。私の言葉で、さらに柔らかくしています。


「ラトビアに伝わる十の心得」

正しい心で、

隣の人と仲良くしながら、

誰かのために、

まじめに楽しく働いて、

分をわきまえ、

清らかに、美しく、

感謝の気持ちを忘れずに、

ほがらかに、すこやかに、

気前よく、

相手の心に寄り添いながら。


(私はこれを、お手洗いの壁に貼っております。)


・・・・小川糸さんのブログより引用・・・・


・・・・・・・・・・・・・・


そうです!

このブログに登場する

毎号欠かさずカラーコピーを

とってファイルに

まとめてくださっている方・・・

とは僕のことです・・・・。

ただ一点ちがうのは、

カラーコピーではなく、

新聞の原図を紙に貼って、

スクラップにしているのです(笑)。



小川糸さんのブログはこちら⇒

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by y-hikage | 2017-11-29 13:51 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

鎌倉彫を体験しました。

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前回の記事の続きで、

再び「漆サミット2017in鎌倉」について・・・。

1125日の講演が終わった午後、

ワークショップの鎌倉彫体験に参加しました。

場所は鎌倉彫会館の4階。

もともと建築塗料として漆に興味があったのですが、

このワークショップでは彫刻体験のみでした。

鎌倉彫は木に彫刻し、

漆を塗ったものです。

木は主に北海道産の桂の木を使ってきましたが、

最近では朴の木を使うこともあるそうです。


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ワークショップは

午後2時から午後5時までの3時間です。

先生が実際に彫ってみて、

彫り方を教えてもらいました。


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彫刻刀も持ち方や

刃先の送り方なども教えてもらいました。


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お盆の大きさは、直径18センチ。

いくつかの文様がありましたが、

僕は魚の模様を選びました。


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魚の文様にそって彫刻していくのですが、

彫ってみると意外と難しいものでした。

彫り見本もありましたが、

仕上がり精度のちがいに悔しい思いがありました。

ただ先生からは、

初めてにしては、

かなり上手なほうです!

とほめられました。


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製図室に持ち帰ったお盆。


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ワークショップで時間が余ったので、

お盆の裏側に

日影アトリエのロゴマークを彫ってみました。


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鎌倉彫会館の1階で

チューブ入りの漆が売っていましたので、

買って帰り漆を塗ってみようと思いましたが、

保管は冷蔵庫の中と

書かれていたのであきらめました。

製図室には冷蔵庫がないのです。

かわりにリボスのアルドボス

という自然塗料を塗ってみることにしました。


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製図板の上に新聞紙を敷いて

リボスのアルドボスを塗りました。


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リボスのアルドボス塗り終わったお盆。

木目がきれいに浮き出ました。


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塗り終わったお盆の裏側。

日影アトリエのロゴマークが彫られています。


〇 〇〇       〇


余談ですが、

漆サミットin鎌倉に

NHK盛岡の取材が入っていて、

鎌倉彫ワークショップでも

カメラがまわっていました。

真剣に彫っていたら、

突然インタビューを受けました。

その映像が、昨日の1128日の

夕方、放映され僕も写っていたと、

岩手の母から電話がありました・・・。




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by y-hikage | 2017-11-28 13:13 | 森の中と町の中で | Comments(0)

「漆サミット2017in鎌倉」で講演しました。

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先週の1124日からの3日間、


鎌倉市で漆サミットが開催されました。

僕は、25日の午前中、

「将来の

国宝・重要文化財修復のための木材の安定供給」

というテーマの中で

「住み継ぐ家・住み継げる家」を

テーマに講演させていただきました。

〇 〇 〇 〇

初日の24日でも講演が行われ、

僕は24日午後からの

「国産漆増産に向けた取組と今後の課題」を

聞きに行きました。

平成27年に文部科学省から、

日本の国宝・重要文化財建造物の修復の際、

原則として国産漆を使用する

という方針が出されました。

配布資料を読むと、

文化財建造物の修理に使用する漆の量は

年間2.2トンと言われています。

それに対し、

国内の年間生産量は、

.2トンで必要量の半分程度とされています。

不足分の漆は、

輸入に頼っているのが現状で、

輸入元のほとんどは中国からのものです。

漆は建造物以外の漆器などにも

使用されていますが、

それらを含めると全体量の、

国内で使用する漆の98%以上を

中国から輸入に頼っているそうです。

修理に使用する漆は、

中国産漆に比べて

国産漆で修理された場合のほうが、

劣化速度がはるかに遅く、

耐久性が高いとのことです。

国産漆の生産比率で

最も高いのが岩手県二戸市浄法寺町で、

国産漆生産量の7割を占めています。

二戸市は、

僕の故郷の軽米町の西となり町です。

〇 〇 〇 〇

以外だったのは、

漆の輸入は元禄時代にさかのぼり、

明治時代ではすでに使用量の

9割が輸入された漆だったことです。

以上のような現状をみると、

国宝・重要文化財建造物の修復に

使用する漆の全てを国産漆にするためには、

漆の木を増やすことや、

漆かき職人の育成など大きな課題が

目の前にせまっていることがわかります。

〇 〇 〇 〇

上の写真は国宝建造物の

日光東照宮です。

平成25年からはじまった

日光東照宮の大修復では、

二戸市浄法寺町の漆が大量に使用されました。



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さて25日の講演は、

木材コーディネーターの

鈴木直子さんの司会によって、

最初に僕が

「住み継ぐ家・住み継げる家」を

テーマに講演し、

次に諸戸林業の原輝幸さんが

「文化財を守る森作り」を

テーマに講演しました。

僕の持ち時間は30分だったのですが、

大きくオーバーし、

1時間近く使ってしまいました。

〇〇 〇 〇

一番前で熱心に聞いていた方が、

鎌倉市長さんだったことを

最後に気がついて驚きました。

午前中の講演が終了し、

午後は鎌倉彫体験の

ワークショップに参加しました・・・。。

〇〇〇     〇


次回は鎌倉彫体験について・・・。





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講義資料全ページはこちら⇒

https://www.facebook.com/HikageYoshitaka/





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by y-hikage | 2017-11-27 16:49 | 森の中と町の中で | Comments(0)

鎌倉長谷の旧山本条太郎邸

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鎌倉長谷の

旧山本条太郎邸の存在を

今まで知りませんでした。

1116日から19日の

特別公開で見学に行くまでは・・・。

旧山本条太郎邸(以下:条太郎邸)は、

鎌倉長谷桑ヶ谷の南面する

丘の上約5千坪の土地に建つ

150坪の数寄屋建築です。

大正7年の建築で、

大正12年の関東大震災以前の建物です。

鎌倉で関東大震災前の建物は少なく、

多くの建築物は大震災によって

被災、倒壊、破損し、

その後建て替えられています。


大震災前の建築物は、

扇ガ谷の古我邸、

大町の旧石川賢治邸、

長谷の旧諸戸邸などです。

その意味で、

旧条太郎邸は鎌倉の保養地・別荘地時代を

知る貴重な建築物であり、

戦前期の実業家・政治家の別荘スタイルを

知るうえでも恰好な事例です。

この数寄屋建築は、

京都の数寄屋大工・

笛吹嘉三郎の設計と伝わり、

由緒正しい京都の

数寄屋大工によるものされています。


海浜別荘の思想は

明治以降の輸入思想であり、

鎌倉では洋風建築の意匠で

建築されることがほとんどでした。

旧前田邸、古我邸、

浄妙寺の旧華頂宮邸も大規模な洋風建築です。

その中にあって旧条太郎邸は、

数寄屋建築で珍しい例です。


山本条太郎は三井物産出身の実業家です。

その大番頭は、

近代数寄屋の茶人と知られる益田孝(益田鈍翁)。

この建物を益田孝より

「無畏庵」と命名されています。

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旧条太郎邸は、

南東に面する谷戸地形を利用し

海抜40mの敷地の上に

雁行型に建てられています。

庭から南東の相模湾を一望できます。

遠くに見える半島は

逗子の大崎公園と逗子マリーナです。

僕の朝RUNのコースです。


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by y-hikage | 2017-11-20 12:29 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

鎌倉の大仏

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鎌倉の長谷に残る大正7年(1918年)建築の

数寄屋建築:旧山本条太郎邸が

1116日から19日まで

公開されているということを聞き、

昨日、朝一で見学に行きました。

この数寄屋「風」建築を見学した後に、

すぐ近くの鎌倉の大仏を見学しました。

隣町の逗子市に住みはじめてから

30年ぐらいになりますが、

鎌倉の大仏を見たのは、

はじめてのような気がします。


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高徳院の本尊、

国宝・銅造阿弥陀如来坐像は、

1252年(慶長4年)から

10年前後の歳月をかけて

造立されたとされています。

北鎌倉の

国宝建造物・円覚寺舎利殿の

建立は1285年なので、

円覚寺舎利殿よりも

20年前の完成ということになります。


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鎌倉の大仏は、

もともと大仏殿の中に安置されていたのですが、

1335年に台風で倒壊し、

さらに1369年にも倒壊し、

1498年には地震と津波によって

倒壊したとされています。

その後、

大仏は露坐のままとなっています。


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関東大震災では、

基壇が壊れ大仏が沈下しましたが、

1959年から1962年にかけての修理で

現在の姿にもどりました。

このように大災害と戦いながら

生き残ってきた鎌倉の大仏を見ると、

大仏の表情が悲哀に満ちているようで

またちがった印象に思えてきます・・・。


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関東大震災で壊れた基壇。

1959年の修理で現在の姿に・・・

この石は定かではありませんが、

「 鎌倉石 」かもしれません・・・。

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by y-hikage | 2017-11-19 12:55 | 鎌倉・逗子・葉山で | Comments(0)

住宅医スクールを受講しました。

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昨日、住宅医スクールを受講しました。

講義テーマは、「温熱環境の改善と対策」

午前1045分から

午後4時半までの通しの講義です。

昨年も同じ講義を受けましたが、

住宅の温熱環境は、

新築でも改修においても

重要な設計テーマです。

理解を深めるために

今年も受講することにしました。

毎日が勉強です・・・。


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ところで

一昨日の1115日の夕方、

作家の小川糸さんの

サイン会とトークショーが

鎌倉の由比ガ浜会館でありました。

この種は、サイン会の前に入った

ラーメン屋さんでいただいた蕎麦の種です。

製図室の植木鉢で

育ててみようと思います。

すずめウリは、

RUNのコースで拾ったもの・・・。

製図室の植木鉢で

育ててみようと思います。


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by y-hikage | 2017-11-17 13:05 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

チョコレート

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今日は、東京都内で

午前9時からの打合せがあって、

午前中のうちに製図室にもどりました。

打合せの帰り、

建主さんから

チョコレートとクッキーをいただきました。

しかも GODIVA のチョコとクッキー・・・。

若いころは甘いもの全般が苦手でしたが、

いつだったか急に

チョコレートが好きになりました。

さっそくコーヒーをいれて食べました・・・。



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by y-hikage | 2017-11-15 12:24 | 日影アトリエの本棚 | Comments(0)

「 漆サミット㏌鎌倉 」の講演会に参加することになりました。

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「 漆サミット2017 ㏌ 鎌倉 」の

講演会に参加することになりました。

「 一般社団法人 森のマルシェ」の

鈴木直子さんから、

「漆サミット」で講演してほしいという

連絡があったのは、

9月はじめのころだったと思います。

「漆サミット」という存在を初めて知り、

ましてや人の前で話すことがとても苦手なので、

お断りしようと思いましたが、

しばらく考えたあげく参加することにしました。

( なにごとも勉強のため・・・

漆に興味もあるし・・・・・・・・)

講演会のテーマは

「 将来の国宝・重要文化財修復のための

木材の安定供給 」

講演は、

2時間の枠の中で、

前半で僕と諸戸林業の原さんが

それぞれ講演し、

後半は鈴木さんを含めた3人で

対談・質疑応答をおこなうというもの・・・。

漆サミットは、

今月の1124日から26日の3日間で、

講演するのは

1125日(土曜日)の午前10時から・・・。

場所は、鎌倉市内の「 鎌倉彫会館 」

まだまだ先のことだと思っていましたが、

講演会が来週の週末にせまってきました。

とても緊張いたします・・・。


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25日の講演が終了した、

午後2時からワークショップがあります。

テーマは、

「 鎌倉彫を体験し、国産漆を考える 」

このワークショップに参加することにしました。




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by y-hikage | 2017-11-13 13:19 | 森の中と町の中で | Comments(0)

大町の家の違い棚

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鎌倉の「大町の家」の建主さんから、

「 古い違い棚があるので

どこかの場所に使えないか 」と言われ、

考えたところ

ちょうどいい場所をみつけました。

そこは応接室の床脇です。

応接室は洋間あつかいですが、

絵画や花を飾る床の間的な空間を設けました。

古い違い棚の長さが

偶然にもちょうどいい寸法だったのには、

我ながらおどろきました。

違い棚に限らず、

建主さんが集めた古い材料は、

「 その場所に使われるために

待っていた 」というように、

まるで建築家:ルイス・カーンの

言葉のように存在しています。



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違い棚の詳細


材料はケヤキです。


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違い棚の俯瞰


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応接室の床脇の前に置かれた違い棚


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応接室の床脇の前に置かれた違い棚

違い棚を下から見ています。


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大町の家は、

外壁の漆喰下地のモルタルが塗られています。


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蔵にもモルタルが塗られ

外観のシルエットが完成しました。


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主屋の西側は、

防火のためにモルタルを

いったん塗った上に、

杉板の押し縁下見板が張られます。


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押し縁下見板の押し縁。


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張り終えた押し縁下見板張り。


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張り終えた押し縁下見板張り。


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本玄関前の押し縁下見板張り。

建主さんが収集した力板を

天井の梁を受けるように設置しました。


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外壁には、

付け柱と付け梁を設け、

外壁が真壁のように見せています。


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蔵の入り口には、

山形県で入手した格子戸を再利用します。


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蔵に再利用された山形県の格子戸。


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完成した主屋の階段。

ササラ桁も段板も

古い差し鴨居を加工して階段材としています。


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主屋の階段の登り口の意匠。


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階段のノンスリップに

真鍮の角棒を埋め込みました。


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主屋の階段を後ろから見ます。

蹴込板のない「抜ける階段」としています。


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蔵の階段ももうじき完成です。

主屋の階段と同様に、

ササラ桁は、

古い差し鴨居を加工して階段材としています。


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本玄関の上がり框を取り付けています。

上がり框もやはり古材を加工しています。

正面の建具は玄関入り口の引き戸です。

やはり古い蔵戸を再利用しています。


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主屋の2階の床を張っています。

床材は福井県の美山杉です。

厚みは30㎜です。


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大町の家の現場は着々と進行しています。



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by y-hikage | 2017-11-11 16:17 | 大町の家 | Comments(0)

SOMA 川合優 木工展に行きました。

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10月の中ごろ、

近くの東慶寺の境内を散歩した後に、

東慶寺入り口わきにある、

「北鎌倉 ギャラリー 空」に

立ち寄りました。「ギャラリー 空」は、

こじんまりしたギャラリーですが、

居心地がよくて好きなギャラリーです。

展示内容は

SOMA 日本の木のしごと 川合優 木工展」

SOMA」という文字に引かれて

自然とギャラリーに足が向かいました。

不勉強な僕は、

川合優(かわいまさる)さんという

木工作家をこの展示で

はじめて知りました。


作品が全体的に

「 澄んでいて 」

「 透明感 」を感じました。

木工作品は「木の肉感」を

感じることが多いのですが、

川合優さんの作品は、

針葉樹の特性を

ガラスのような繊細さまで

昇華させているように思いました。

木工作品だけではなく

川合優さんの撮影した写真からも

「山の神秘性」が強く伝わってきました。

さらに壁に掛けられた

パネルの文章が素晴らしく、

読んでいて川合優さんの

作家としての意志というよりも

「祈り」のような精神を感じました。

川合優さんの文章を読んでみようと思います。


※ ※ ※ ※ ※


かつて日本の山には、杣(そま)と呼ばれる人々がいた。

杣とは、山へ入り木を伐り、またそれを運び出すことを生業とする人々である。

機械化が進んだ現代と違い、人間の体力と知恵、馬の力のみで険しい自然と巨木を相手にする仕事は危険を極めたが、今となってはそれを想像することさえ難しくなってしまった。


そんな杣の仕事に欠かせない、「ヨキ」という道具がある。それは一般に言う斧と同じ道具だが、杣の人々はヨキと呼ぶ。

そしてそのヨキには必ず、左面には3本、右面には4本の筋が入っている。

一説には、右側の4本は地水火風の4つの気を表し、それがヨキの語源にもなっているのだという。また反対側の3本の気は、ミキ、つまり御神酒(おみき)を表し、木を伐採するにあたって御神酒の側を木の方向に立てかけ、柏手(かしわで)を打ってから仕事にかかるのだという。


しかし、本当にそれだけのことなのだろうかと、何かがひっかかっていた。

そんな時、偶然にも続けざまに2つのことを知った。


長野県に秋山郷という雪深い集落があり、そこの杣人たちは3と4という数字を畏れ、自分の干支に当たる日から数えて3日目と4日目には、決して山へ入らないのだという。しかしその当人たちも、ずっとそうしてきたからだと言い、それ以上の事は知らない。


また別のところからは、陰陽道では3は奇数で陽、4は偶数で陰。つまりヨキには陰陽が表裏の関係で存在している、と教えられた。


そこで何かが繋がった気がした。陰と陽とは別のものでありながらも一体だ。

ヨキは道具の性質上、ひとつのものをふたつに分けるもの、つまり地面から木を切り離すものであるが、それを奇数の3と偶数の4とし、分けながらも繋ぐ事で、伐採される木材になる側と土地の記憶を紐付けする意味を持っているのではないか。

そして杣人たちは、その数字を畏れながら、神性を感じているために山に入らないのではないか。


現代も、木材として流通している一本一本の木が、その山々と繋がっているのだとしたら、そんな願いをもって杣と言われる人々が仕事をしていたとしたら。


我々の木の扱いは、本当にこれでいいのだろうか。

〇 〇 〇

日本の国土の7割は森林であるにも拘わらず、国内で使われている木材の7割を輸入に頼っている。それは、少しでも安く商品を製造、販売することと引き換えに、合法違法を含め他国の豊かな森林を伐採するという事だけでなく、長年にわたって培ってきた自らの木の文化を放棄する事でもある。

日本の森には今、第二次世界大戦後に植林された杉や檜に代表される針葉樹が豊富にある。

それらは、もともと建材となるはずのものだったが、当時思い描いていた未来とは少し違う現代になってしまった。

経済成長に伴う人件費の高騰や、建築様式の変化で杉や檜の需要は減り、今、山には伐るに伐れない針葉樹が溢れているのだ。それらの木を使うことで、山は循環を取り戻し、林業は再生し、人々と自然が密接に結びついていた時代をへと向かう一歩となる。

SOMAとは杣、つまり山の仕事をして生きる人々のことを指す言葉だ。
そしてこのシリーズは、そんな針葉樹を使い、日本の木の本当の価値を深く探っていきたいという思いから生まれたものである。


〇 〇 〇


山や海、森や川、またそこに住む植物や動物を、ひとことで言い表すことのできる言葉「自然」。

そのあまりにも慣れ親しまれている「自然」という日本語は、実は、明治の後半になりようやく生まれた。

英語のネイチャーや、フランス語のナチュールを日本語に訳す時、それらに当てはまる日本語かなく、外来語の訳語として、自然という言葉は造られた。

しかし、自然、という日本語は、それ以前からあった。

ジネン、と発音する言葉として。

では、ジネンとはどういった言葉なのだろうか?

自然という言葉を分解してみると、

自(おの)ずから然(しか)り、となる。

これを私は、「ただそこにあること、あるもの」と理解する。

人は遥か昔より、自然とともに暮らしてきた。

しかしそれは、現代的にいう人間の対象物としての自然ではなく、人間と同様にただそこに或り、そしてただ無くなってゆくものとして。

その時代の人間と自然の間には、明確な境はなく、緩やかに溶けて混じりあっていただろう。

人と自然は、同じものだったのだ。


「 無境 」 

ものをつくる上で、忘れてはならない事のように思う。

※ ※ ※ ※ ※

「 SOMA 日本の木のしごと 」
川合優さんの文章を
そのまま引用させていただきました。




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最近、

若い世代で木をあつかう

優れた作家に出会うことが多い気がします。

「木をあつかう」という小さい世界ではなく、

時空を超えた地球規模で思考していると、

表現しても、

けして大げさではないような

若者が育ってきているのではないかと思います。

僕は彼らの存在に刺激を受けるのです。

川合優さんの作品を

見ながらそんなことを考えていました。



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by y-hikage | 2017-11-09 10:14 | 森の中と町の中で | Comments(0)