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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:鎌倉の建築( 41 )

鎌倉巡り・その2

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110日の

大町の家の現場打合せの後は、

鎌倉駅から電車に乗らずに

歩いて北鎌倉の製図室に向かいました。

歩く道は、

普通に鎌倉街道を歩いて行きました。

道の途中に社寺などの

建造物がありますので、

のんびり行くには

ちょうどいい散歩道です。

〇 〇〇      〇〇〇〇

北鎌倉までの鎌倉街道沿いには、

鎌倉駅を起点にすると

「 旧 」神奈川県立近代美術館

鶴岡八幡宮

円応寺

長寿寺

浄智寺

東慶寺

円覚寺

という順番になります。

円応寺の次に

禅居院という寺がありますが、

存在さえも感じさせない地味なお寺で

ほとんど立ち寄ることはありません。

〇 〇〇 〇〇 〇  〇

歩いたのが午後だったので、

太陽の光が西に落ちる時間帯でした。

冬のこの季節、太陽高度が低いので、

朝の光とはちがった風景をつくってくれました。

特に建長寺は、

伽藍の軸線が南西に向かっているので、

おとずれた時が

太陽の光の方向と伽藍の軸線が一致し、

独特な光の空間を生み出していました。




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「 旧 」神奈川県立近代美術館

1階のピロティ―が白い幕で囲われ、

なにやら工事をしている様子。

はたして何の工事をしているのでしょうか。


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鶴岡八幡宮・舞殿


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この日の鶴岡八幡宮は、

初詣の人たちは

あまり多くありませんでした。


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鶴岡八幡宮の鳥居絵馬


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鶴岡八幡宮の本殿を西から抜けて

鎌倉街道に降りていきます。


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円応寺本堂

円応寺には閻魔大王の本尊としています。

閻魔大王像は運慶の作と言われています。


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円応寺・鐘楼


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建長寺・山門


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建長寺・山門見上げ


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建長寺・仏殿

仏殿は、正保4年(1647年)に

東京・芝の増上寺から移築されたものです。



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建長寺・仏殿見上げ


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建長寺・仏殿の内部空間

南西の角度から太陽の光がさしこんでいます。


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仏殿に安置されている

本尊地蔵菩薩


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法堂から仏殿の背後を見ます。


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法堂内部


法堂は、文化11年に再建され、

木造建築物では関東最大のものです。


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建長寺・唐門

仏殿は、正保4年(1647年)に

東京・芝の増上寺から移築されたものです。

現在の姿は、

平成23年(2011年)に

解体修理され金色の輝きを取り戻しました。


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建長寺・法堂の妻面外観


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建長寺・仏殿の全景

南西の太陽の光が地面に反射して

屋根の軒裏を照らしています。

あまり見られない光の演出です。


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長寿寺の山門


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長寿寺の境内

いつも閉門しているので、

門の外からしか見ることができません。


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浄智寺の山門


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浄智寺本堂にまつられる木造三世仏坐像


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浄智寺・木造観音菩薩立像


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浄智寺の茅葺屋根の庫裏客殿


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浄智寺・庫裏

設計は、白井晟一


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白井晟一らしい屋根のフォルム

美しい屋根の典型


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浄智寺・庫裏の玄関まわり

建築家・白井晟一らしさがにじみ出ています。


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東慶寺・本堂

旧本堂は、

横浜三渓園に移築保存されています。

現在の本堂は、

旧本堂に負けないぐらい美しい建築です。


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東慶寺の宝物館「松ヶ丘宝蔵」

瓦の屋根と漆喰の外壁と黒い腰壁の

シンプルな構成の度合いがとても上手です。


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東慶寺の宝物館「松ヶ丘宝蔵」の屋根は、

土蔵に見られる置き屋根形式としています。


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東慶寺の宝物館「松ヶ丘宝蔵」の腰壁。


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東慶寺の宝物館「松ヶ丘宝蔵」の腰壁の詳細。


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東慶寺と言えば、

墓苑の澄み切った空気(霊気)と季節の花・・・。


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東慶寺の茶室の中門。

屋根の苔が年々味わいを深くしていきます・・・。

〇 〇〇〇〇 〇〇



散歩の順番の最後の円覚寺は

12日に参拝したので、

立ち寄りませんでした・・・。



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by y-hikage | 2018-01-11 16:36 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

1月2日の円覚寺


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12日の午後は毎年、

北鎌倉の円覚寺を参拝することしています。

新年の清々しい境内にこころあらわれます。


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by y-hikage | 2018-01-02 20:08 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

鎌倉の本覚寺のえびすさま

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鎌倉駅から大町の家の現場へは、

本覚寺の境内を抜けていきます。

本覚寺には、

鎌倉七福神のえびす様がお祀りされています。

年明けの11日から3日まで

初えびすが開かれ、

110日には本えびすが開かれます。

紅白のちょうちんが吊るされているのは、

来年の初えびすと本えびすのためです。



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作家の高橋源一郎の

ちょうちんも吊るされています。


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「 鎌倉REN 」は、

古くからの友人のラーメン屋さんです。


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今年も残り二日になりそうです。

元旦の初朝RUNが楽しみです・・・。



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by y-hikage | 2017-12-29 18:06 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

雪ノ下教会のひかり


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ときどきふと立ち寄る、


鎌倉の雪ノ下教会・・・。

鎌倉の中でも好きな建築のひとつです。

椅子に座ってぼぉーとしているのが好きです。

そそぐ光をながめながら・・・。

オルガンの音も綺麗です。


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by y-hikage | 2017-12-07 13:03 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

鎌倉のノーマンフォスターの建築

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鎌倉の扇ガ谷に

世界的な建築家である

ノーマンフォスターの建築が建っています。

もともとセンチュリー文化財団が

所有する個人住宅として

2004年に建築されたものですが、

(センチュリー文化財団は

旺文社創業者・赤尾好夫の

美術コレクションや資産を

保存するために設立された財団)

2013年に土地と建物を鎌倉市に寄贈され、

現在では「鎌倉市歴史文化交流館」として

20175月から

鎌倉市によって運営されています。

〇 〇〇〇  〇

建築当初からその存在は知っていて、

外壁の全面を人造研ぎ出しで仕上げている、

ものすごく贅沢な設計だと

不思議に思っていたのですが、

先日近くで打合せがありましたので

見学しました。


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建築を見学する場合、

設計の意図を読もうと努力します。

設計意図を読むことは、

評価することとはちがい、

自分なりに、

建築にこめられた作者の奥を

読み込むことによって、

対象の建築を自分化する作業です。

それでは、

このノーマンフォスターの

建築の設計意図は何か・・・。

「 わからない 」のです。

どうしてもイメージがわいてこないのです。

文脈がつかめないと

表現してもいいかもしれません。

どうも理解するまでに

時間が必要なようです・・・。



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内部の壁も

人造研ぎ出しで仕上げられています。

ところどころ、

石をガラスに変えて、

内部に照明を埋め込んでいます。


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中庭には、

鎌倉時代のヤグラが保存されていました。

ヤグラは鎌倉時代の墳墓です・・・。


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by y-hikage | 2017-12-01 11:15 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

鎌倉長谷の旧山本条太郎邸

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鎌倉長谷の

旧山本条太郎邸の存在を

今まで知りませんでした。

1116日から19日の

特別公開で見学に行くまでは・・・。

旧山本条太郎邸(以下:条太郎邸)は、

鎌倉長谷桑ヶ谷の南面する

丘の上約5千坪の土地に建つ

150坪の数寄屋建築です。

大正7年の建築で、

大正12年の関東大震災以前の建物です。

鎌倉で関東大震災前の建物は少なく、

多くの建築物は大震災によって

被災、倒壊、破損し、

その後建て替えられています。


大震災前の建築物は、

扇ガ谷の古我邸、

大町の旧石川賢治邸、

長谷の旧諸戸邸などです。

その意味で、

旧条太郎邸は鎌倉の保養地・別荘地時代を

知る貴重な建築物であり、

戦前期の実業家・政治家の別荘スタイルを

知るうえでも恰好な事例です。

この数寄屋建築は、

京都の数寄屋大工・

笛吹嘉三郎の設計と伝わり、

由緒正しい京都の

数寄屋大工によるものされています。


海浜別荘の思想は

明治以降の輸入思想であり、

鎌倉では洋風建築の意匠で

建築されることがほとんどでした。

旧前田邸、古我邸、

浄妙寺の旧華頂宮邸も大規模な洋風建築です。

その中にあって旧条太郎邸は、

数寄屋建築で珍しい例です。


山本条太郎は三井物産出身の実業家です。

その大番頭は、

近代数寄屋の茶人と知られる益田孝(益田鈍翁)。

この建物を益田孝より

「無畏庵」と命名されています。

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旧条太郎邸は、

南東に面する谷戸地形を利用し

海抜40mの敷地の上に

雁行型に建てられています。

庭から南東の相模湾を一望できます。

遠くに見える半島は

逗子の大崎公園と逗子マリーナです。

僕の朝RUNのコースです。


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by y-hikage | 2017-11-20 12:29 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

鎌倉の妙本寺

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大町の家の現場に行くのは

朝の8時半から9時の間です。

現場に行く道順は決まっていて、

鎌倉駅を出て、

本覚寺の境内を抜け、

妙本寺の総門の突き当りを

右に曲がった路地を進みます。

今朝は少し早めに製図室を出て、

妙本寺の総門を右に曲がらずに

そのまま門をくぐり、

妙本寺の境内に入りました。

妙本寺はいつも朝早くに行くせいか

人影がありません。

実は、

鎌倉の寺の中で妙本寺は

東慶寺の次に空気が

澄みわたっていることを

知っている人は少ないかもしれません

( 僕が感じていることなので一

般論ではないかもしれませんが・・・)。

なので、妙本寺は好きな寺のひとつです・・・。



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by y-hikage | 2017-09-08 15:02 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

鎌倉近代美術館別館で柚木沙弥郎の作品に出合いました。

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昨日の93日、

神奈川県立近代美術館別館に行きました。

展示内容は「建築家・大高正人と鎌倉別館」

大高正人は近代建築の

巨匠・前川國男の弟子であり、

この鎌倉別館の設計者でもあります。

豊富な図面や模型の展示を

期待して行ったのですが、

同じ展示室に絵画などの鎌倉別館所蔵品と一緒に

図面や模型が展示されている

不思議な展示空間でした。

あまり広くない展示室をぐるぐる

何度か見ながら、

好きな日本画家の山口蓬春や

アンリ・マティスの絵をスケッチしてみました。

その中で、強くひかれた作品に出合いました。

柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)という人の

広巾布という作品。

初めて知った芸術家でした。

後で調べてみたら型染の第一人者とのこと・・・。

柚木沙弥郎の作品と

出会えたことが最大の収穫でした。

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柚木沙弥郎の広巾布

(ネットで見つけました・・・)

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柚木沙弥郎の広巾布の色と模様の残像が

頭の中に残りながら

歩いて製図室に帰りました。

その途中、道端で見つけた花。

なんとなく柚木沙弥郎の広巾布の色と模様に

似ているように思いました。


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by y-hikage | 2017-09-04 12:02 | 鎌倉の建築 | Comments(1)

吉田五十八設計の吉屋信子邸

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旧吉屋信子記念館は、

鎌倉の由比ガ浜通りを

北に入った突き当り建っています。

今年、鎌倉市内では国有形文化財に

三棟指定されましたが、

旧吉屋信子記念館はその中の一棟です。

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作家・吉屋信子の家は、

1962年に建築されたものです。

設計は近代数寄屋建築の第一人者である

吉田五十八(よしだいそや)です。

吉田五十八は、

吉屋信子の家を三回設計していますが、

鎌倉の家は最後の設計です。

〇 〇〇 〇 〇

鎌倉市長谷にある吉屋信子邸は、

既存建物を移築再生し増築したものです。

この家の解説を

吉田五十八はこのように書いています。


〇 〇〇 〇〇


この三番目の家は、古い家を買って改造されたものであるが、昔の家であるため、今どきの家のような、へんに利口がった、こましゃくれたものにならず、どこかぼうっと間の抜けたところがあって、おもしろい家になったようでもあるし、また、そこを吉屋さんも喜ばれたようである。


「改造の魅力」とでもいうのであろう。昔から、ひとの家を買うときは、うめ木の跡の多い家を選べ、きっと住みいい家であるという口伝が残っている。今度の吉屋さんの家も、この口伝通り、住みよい家に違いない。

(「室内」196211月号より抜粋)


〇〇〇 〇 〇


吉屋信子邸は、

今まで何度か見ていますが、

なんとなく大雑把な印象を抱いてきました。

この大雑把さ加減は、

移築再生されたことが理由なのか

僕はわかりません。

ただ吉屋信子は吉田五十八に

「奈良の尼寺のように」という

設計コンセプトを与えたとされていますので、

このコンセプトの延長上に

この家の空間があるのかもしれません。

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吉屋信子邸の建築的な特徴は、

なんと言っても天井の意匠に

あるように思います。

吉田五十八にしては、

前衛的なかたちと文様をしており、

僕の知る限りでは吉田五十八の作品では、

この家だけです。

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国指定有形文化財に指定されたのは、

主屋だけではなく、

門と塀も共に指定されました。

門は数寄屋風の肘木(ひじき)門(二脚門)。

塀は石積みの家に化粧土台を回して、

桟瓦葺き・腰板付きの土塀としています。

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参考までに鎌倉市内で、

吉田五十八の作品で

一般に見学できる建築が

もうひとつあります。

鏑木清方記念美術館の中にある画室です。


鏑木清方(かぶらぎきよたか)は

懇意にしていた建築家の吉田五十八に

牛込矢来町の画室の設計を依頼します

1932年、その後戦渦により焼失)。

この画室をたいそう気に入っていた清方は、

この鎌倉雪ノ下に牛込の画室を

模して再建しています(1954年)。

この美術館に展示してある部材は

その当時のものを再利用しているとのことです。

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by y-hikage | 2017-04-04 07:35 | 鎌倉の建築 | Comments(0)

三渓園の東慶寺仏殿

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横浜市本牧の三渓園に建つ

「旧東慶寺仏殿」は、

もともと北鎌倉の東慶寺にあった仏殿で、

明治40年に三渓園に移築されたものです。

なぜ東慶寺仏殿が三渓園に移築されたのか・・・。

西和夫著作の「三渓園の建築と原三渓」を

読むとこう書かれています・・・。


〇〇 〇 〇 〇


江戸時代の東慶寺は112貫という寺領をもっていた。石数にすると約450石、鎌倉では鶴岡八幡宮、円覚寺に次ぎ、建長寺より多い。

しかし明治に入り、寺領を上地し(明治政府に没収され)、明治五年には円覚寺の末寺となった。

駈込寺あるいは縁切寺と呼ばれるもとになった縁切の寺法も廃され、寺は急速に衰退した。年貢も入らず、山林も大部分失脚し、子院も全部消滅した。

このころの東慶寺はひどい廃寺で、本堂の雨漏りがひどくて傘をさして経を読んだ。という状態であった。

仏殿がなぜ明治40年に三渓園に移されたか、それは上のような状態だったからである。恐らく仏殿は維持がむずかしかったのであろう。原三渓が建物を救ったといってよい。


〇 〇 〇〇  〇

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旧東慶寺仏殿の様式は室町時代に属し、

1509年(永正六年)の火災後に

再建されたとされています。

禅宗様の様式の特色をよく保持し、

この仏殿は重要文化財に指定されています。

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現在の東慶寺本堂・・・。

この建築は、鎌倉内でも

好きな建築のひとつです・・・。


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by y-hikage | 2017-04-03 11:14 | 鎌倉の建築 | Comments(0)