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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:建築巡礼( 127 )

鎌倉の大屋根を、ようびの大島さんに見ていただきました。

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岡山県西粟倉村で家具をつくっている

「 ようび 」の大島正幸さんとあったのは、

先月の615日のことでした。

それはとある会で鳥取県智頭町の

「サカモト」の坂本社長からの紹介でした。

大島さんといろいろと話しているうちに、

木の好き方(すきかた)が

なんとなく似ているような気がしてきました。

近日中に大島さんがなにかの用事があって

鎌倉に来ることがあると聞き、

28年前に竣工した僕の処女作

「 鎌倉の大屋根 」を

見ていただくことになりました。

78日の土曜日の午前10時に

鎌倉の江ノ電側の改札で待ち合わせをして、

木のことや建築のことなど話しながら

鎌倉の大屋根にむかって歩きました。

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家に着いてから

建主さんと大島さんと三人で、

食卓を囲みながら

大島さんが

西粟倉村でつくっている家具のことや、

西粟倉村や隣町の智頭町のことや、

大島さんたちが西粟倉村で現在進めている

「ツギテプロジェクト」の話などで

大いに盛り上がり、

西粟倉村には温泉もあるし、

来年にはぜひみんなで行こう・・・!

という話になりました。

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主屋である「鎌倉の大屋根」や

11年前に完成した離れの書庫

「宝蓮寺文庫」の中を

大島さんと二人で

歩いたり立ち止まったりしながら、

やはり木のことや建築のことをはなしながら

「 そうだよね・・・! そうだよね・・・! 」

といろいろなことに

共感し共有できたように思いました。

その感じは綺麗な光がそそぐ

森の中を歩いているようでした。

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鎌倉の大屋根の見学を終えて、

日影アトリエがある北鎌倉駅から徒歩5分ほどの

「 蜂の木 」というお店で昼ご飯を食べてから

日影アトリエの製図室に来ていただきました。

大島さんが本棚の中の

建築家ルイス・カーンに反応していたことが

とても印象に残りました。

僕もルイス・カーンがとても好きなので・・・。

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ところで628日から711日まで、

伊勢丹新宿店でようびの

家具展示会がおこなわれていることを

大島さんから聞いていました。

大島さんと木のことや建築のことを話しているうちに

とても楽しくなったので

翌日の79日の日曜日の午後に

展示会に行ってみることにしました。

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展示会のタイトルは「 縁起良し 」。

大漁旗をクッションの生地にした

賑やかで縁起良くとてもモダンな

ホタルスツールが置かれたり、

タイとカツオのモビールが吊るされたり、

ヒノキの筆箱が置かれたり、

ボンテーブルが置かれたりして、

伊勢丹5階の会場が

まさにお祭り気分になっていました。

( どれもほしいものばかりでしたが、

ヒノキの筆箱を購入しました・・・)

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伊勢丹の展示空間

賑やかでお祭りのようです。

手前に置かれているのがホタルスツール。

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「ようび」の家具は、

西粟倉村の森で育ったヒノキでつくられています。

大島さんが西粟倉村の森を訪れたのは

20091月のこと・・・。

この森のことを好きになってしまった大島さんは、

この森で育ったヒノキで家具をつくることで、

50年先の

美しい森の風景をつくることを決意します。

ようびの代表的な作品である

ヒノキでつくられた

ウィンザーチェアは

世界の中でもここだけ・・・。

大島さんがつくっては壊し、

つくっては壊しながら、

2年間の試行錯誤を経て完成させたもの。

軽くて美しい・・・。

世界的にも評価されています。

ホタルスツールも同様に、

シンプルで美しい椅子です。

美しいだけではなくとても座り心地がいい。


大島さんに初めてあったとき

作家の井上ひさしさんの言葉が

好きだと言いました。


「 むずかしいことをやさしく。

やさしいことをふかく。

ふかいことをおもしろく。 」


そして僕はこう思いました。

大島さんがつくった家具は、

さりげなくて美しく、

ほかではまねできない高度な技術が

ひっそりと隠されている。

そしてなによりも木が主張していない。

木が椅子に生まれかわって

すやすやと眠っているようだ・・・。

そしてまた僕は建築家ルイス・カーンの

この言葉を思い出しました。


「 私はつねに始原、始まりを探し求める。

まず第一に生まれる感情は美に対するものである

・・・美しいことでも、

またきわめて美しいということでもない・・・、

ただ単純に美そのそのものについてである。

それは完全な調和の瞬間とも、

またその香気とも言えるものである・・・ 」


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ここに、

ようびがつくった筆箱があります。

なにげなく見ると

普通の木の箱のように見えますが、

実は一本の木を彫り出してつくられています。

しかも平面のかたちに工夫があって、

箱をさかさにしても落ちません。

一本一本の木を見ながら

彫り出して箱をつくる・・・。

僕はこの美的執念に驚異さえ感じました。

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大島さんが見る未来は

すごく大きいものではないかと

僕は今、感じています。

人と人をつなぎ、

未来と過去をつなぐ

希望の世界が

森を背にして

広がっていくようにみえてきます。

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タイのモビールを製図室に飾りました。

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伊勢丹で大島さんと記念撮影。


「 ツギテプロジェクト 」

の現場に行ってみたいです・・・!


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ようびのホームページ








by y-hikage | 2017-07-26 12:08 | 建築巡礼 | Comments(0)

智頭町のことと西粟倉村のこと

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米原万里展を見に行くために、

鳥取県智頭町を訪ねたのは、

2010年の秋のことでした。

智頭町は、鳥取県の南東部に位置し

面積の93%を山林が占め、

鳥取藩の宿場町「智頭宿」で知られる町です。

県境をはさんで位置する

南隣の岡山県西粟倉村は、

岡山県の最北東端に位置する村で

面積の約95%が山林、その内の

85%を杉や檜などの人工林が占めています。

2010年に智頭町を訪ねたときは、

西粟倉村のことは知りませんでした。

それから5年後のこと・・・・

マガジンハウスのウェブマガジン

「コロカル」の取材を受けているときに、

編集長の及川さんから、

しきりに西粟倉村の話がでてきました。

「 この村に行くと、

この村を絶対、日影さんは好きになるよ・・・」と

それでもまさか西粟倉村が

智頭町の南隣の村だとは

思ってもみませんでした。

そして今年の6月のこと、

智頭町で家や暮らしにまつわる

木製品を製造する「サカモト」の

社長の坂本さんからの紹介で、

西粟倉村で家具を作っている

「ようび」の大島さんと出会いました。

大島さんと話しているうちに

感覚的に通じるところを感じ、

大島さんがちょうど鎌倉に来るということで、

僕の処女作の「鎌倉の大屋根」を

見ていただくことを約束して別れました。

大島さんに「鎌倉の大屋根」を

見ていただいた様子などは、

次回の記事にゆずるとして、

ひとまず智頭町の風景を

再度記事にしてみたいと思います。


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米原家住宅・・・

智頭町は、米原万里さんの妹の

米原ユリさんと共に智頭町を旅しました。

( 時々「サカモト」の坂本さんともご一緒に・・・)

智頭町の米原家住宅は、

米原万里さんのお父様のご実家です。

非公開の住宅ですが、

この日は特別に内部を

見学させていただきました。

素晴らしい建築でした。

智頭町でもっともすぐれた

和風建築ではないかと思いました。

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米原家住宅北東側外観

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米原家住宅南西側外観

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米原家住宅北側外観

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米原家住宅西側外観

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智頭町の重要文化財「 石谷家住宅 」

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石谷家住宅の巨大な土間空間

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智頭町の「 虫井神社」

神社の名前が気に入りました。

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「 虫井神社 」の境内に建っていた蔵。

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智頭町の町並み

智頭町には興味深い建築がたくさん残っています。


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智頭町に残る洋風建築。

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智頭町の庶民の蔵。

蔵の扉まわりの彩色が特徴的です。

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智頭町の「みたき園」

石置き屋根が特徴です。

山菜料理がおいしかったです。

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山の中の「 板井原集落 」

ひっそりとした山の中の集落でした・・・。

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智頭町は、

もう一度行きたいまちです。

この次には、

西粟倉村から智頭町に

入って行ければと考えています。

おそらく岡山県と鳥取県のちがいを

感じないほどに、

近い距離にあると思います。

風景とともに・・・

(僕の想像の世界ですが・・・)


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コロカル・西阿粟倉村の映像




コロカルの「 ようび 」の記事




コロカルの「 サカモト 」の記事


コロカルの「 森びとの会 」の記事


コロカルの「 アトリエデフ 」の記事











by y-hikage | 2017-07-22 12:23 | 建築巡礼 | Comments(0)

京都国立博物館・平成知新館の南ゲート

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京都国立博物館・平成新知新館の

南ゲートを見て、

屋根や壁の分節の構成が

とても美しい建築だと思いました

(設計:谷口吉生)。

と同時に

どこかで見たような建築だとも思いました。

それはミース・ファン・デル・ローエが

設計した

バルセロナ・パヴィリオン(1929年)でした。

バルセロナ・パヴィリオンを

意識したかどうかは別として、

装飾をぎりぎりまで排除し

美しい線と面の構成を

追及していくと

似たようなかたちに

なっていくのかもしれないと思わされました。

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平成知新館・南ゲート

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平成知新館・南ゲート



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バルセロナ・パヴィリオン


(設計:ミース・ファン・デル・ローエ)

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バルセロナ・パヴィリオン

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南ゲートの向こうに見える門は、

三十三間堂の南大門です。

三十三間堂・南大門と

平成新知新館のエントランスは、

南ゲートを起点として

南北の軸線でまっすぐにつながっています。

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京都の碁盤目状の軸線と

関係づける軸線のデザインは見事です。


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by y-hikage | 2017-07-19 11:12 | 建築巡礼 | Comments(0)

谷口吉生の建築

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6月の日本経済新聞・文化欄の

「私の履歴書」は、

現在、世界的に活躍する

建築家・谷口吉生(たにぐちよしお)でした。

毎朝、読んでいるのは毎日新聞なので、

6月の私の履歴書は図書館で

コピーをしながら読みました。

言うまでもないことですが、

谷口吉生の父は、

ホテルオークラのメインロビーの設計で

有名な建築家・谷口吉郎です(~1979年)。

親と子の作風は、一見すると

全く別の世界であるように見えますが、

その清らかな意匠は、

共通するところが多いように

僕は思ってきました。

「私の履歴書」を読んでみて、

息子・谷口吉生は親のことを

強く意識してきたことがわかりました。


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思えば、僕がまだ建築の学生の頃なので

36年も前のことです。

図書館で建築雑誌「新建築」を

眺めていて見つけた、

谷口吉生の作品

「資生堂アートハウス」に衝撃を受けました。

当時の僕は、泥臭い手仕事派の

吉阪隆正や象設計集団に夢中だったので、

まったく正反対の「資生堂アートハウス」の

逃げのないストイックさにめまいを覚えました。

この建築の実物は今だに見たことはなく、

東海道新幹線の車窓から一瞬見えて、

あっという間に通り過ぎてしまう存在です。

新聞の連載を読みながら、

今までどれぐらいの

谷口吉生の建築を見たことがあるだろうかと、

パソコンの中に眠っている

データを発掘してみることにしました。

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まずは豊田市美術館の敷地内にある

茶室「一歩庵」と「豊祥庵」。

まさか豊田市美術館の中に

数寄屋建築があると思わなかったので、

とても嬉しかったのを覚えています。

ところどころの詳細の意匠が

父・谷口吉郎に似ています。

おそらく初めての和風建築のはず、

それにしては完成度の高い建築です。

谷口吉生の作品の中でも好きな建築です。

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「一歩庵」の外観

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「一歩庵」の内部空間。

立礼の茶席です。

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「豊祥庵」の外観。

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「豊祥庵」の躙り口。

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「豊祥庵」の三畳台目の席。

中柱の袖壁をよしずにしていることで、

涼やかさを演出しています。

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豊田市美術館の全景。

水を張ったランドスケープと一体となる建築。

この設計手法は、一貫しています。

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豊田市美術館の全景。

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豊田市美術館の内部空間。

乳白色のガラスから入る柔らかい自然光。

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豊田市美術館の内部空間。

谷口吉生の空間は必ずと言っていいほどに、

天井に余計なものがありません。

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上野にある法隆寺宝物館。

この宝物館は建築も素晴らしいのですが、

展示内容と展示方法が素晴らしいです。

法隆寺おたくの僕にとって、

展示されている宝物を

間近で見れるので嬉しい場所です。

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法隆寺宝物館の外観。

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法隆寺宝物館の外観。

やはり建築が水と共にあります。

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香川県丸亀市の

猪熊玄一郎現代美術館。

駅前広場にドーンと建っていて、

建築が猪熊玄一郎の作品となっています。

このおおらかさが、

猪熊玄一郎の作風を表しているようです。

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猪熊玄一郎現代美術館の内部空間。

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山形県酒田市の土門拳記念館。

水と一体とする初めての作品?

写真家・土門拳は好きな写真家です。

土門拳の作品を

一度にたくさん鑑賞できる貴重な場所。

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中庭の作庭と彫刻は、

イサム・ノグチ。

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土門拳記念館の内部空間。

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最近完成した

京都国立博物館「平成知新館」。

国宝建造物・三十三間堂の隣の敷地に建っています。

やはり水と共にある建築。

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京都国立博物館の内部空間。

タテのラインを強調した意匠は、

ぐっと父・谷口吉郎に近づいています。

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東京の青山通りに建つ

フォーラムビルディング。

手前の美しいビルは、

吉村順三設計の

青山タワービル。



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フォーラムビルディングは、

谷口吉生自身が隅々まで

ディテールを直接手がけた

装飾的要素を

切取り除いたシンプルな建築。

建築のプロポーションに合わせて

極限まで構造体を細くしています。




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新幹線の車窓からしか

見たことがない資生堂アートハウス。

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葛西臨海公園展望広場+レストハウス。

いつ行ったか忘れるほど昔のこと。

洗練されたガラスのドームが、

海に浮かんでいるように見えました。

ぜひもう一度行ってみたい場所です。

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岩手県の安比高原に建つホテル安比グランド。

スキー場に併設された建築。

岩手の実家から近いと言えば近いので、

昔、スキーに行ったときに見た建築。

谷口吉生の作品と知ったのは、

かなり後になってから・・・。

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ここからは、

谷口吉生の父である

谷口吉郎の作品をいくつか・・・。

東京国立近代美術館。

この建築の

柔らかいプロポーションが好きです。

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東京国立近代美術館の内部空間。

改修される前の大きな階段がよかった。

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東京国立博物館東洋館。

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東京国立博物館東洋館。

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ホテルオークラのメインロビー。

繊細な障子の意匠と

照明の調和が美しかった。

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ホテルオークラのメインロビーを

2階の渡り廊下から見下ろした景色。

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ホテルオークラのメインロビー。

現在、ホテルオークラは建て替え中で、

このロビーは、

新しいホテルオークラのロビーとして

一部復元されるということです。

その設計は、

息子である谷口吉生が担当しています。

谷口親子の

寡黙で清らかな建築でした。


(※ 柱:モノクロ写真は

デジタル写真がないため、

新建築の写真を転載しています)


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by y-hikage | 2017-07-17 16:52 | 建築巡礼 | Comments(0)

乃木神社に行きました。

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乃木坂のギャラリー間があるビルの

通りをはさんだところに

「 乃木神社 」があります。

その存在は昔から知ってはいましたが、

興味をもつことはありませんでした。

ところが

「磯崎新と藤森照信とモダニズム建築談義」

という本を読んでいたら、

この乃木神社が登場しました。

設計は、大江宏という建築家。

代表作は渋谷区千駄ヶ谷にある国立能楽堂。

大江宏の父は、

建築家の大江新太郎で明治神宮造営に従事し、

明治神宮宝物殿を設計しています。

この本の中で、磯崎新と藤森照信は、

大江宏設計の乃木神社を

高く評価しています。

藤森氏と磯崎氏は、

本の中でこのように対談しています。


〇〇〇 〇 〇


磯崎: 大江さんの作品の中では、僕は「乃木神社」がいいと思っています。そして晩年につくられた伊勢神宮の「神宮美術館」と「国立能楽堂」。この三つがモダニズムから抜けたところにきていると思います。堀口(捨己)さんが非正統日本建築の正統のようなものをやっているのに対して、結局大江さんはお茶室をやっていません。能舞台のような日本建築の正統はやるけれど、茶室のような「はずれもの」はやらない。

藤森: 数寄屋もやらない。

磯崎: そういうスタンスが非常に徹底した人だったと思います。だからレーモンド以来、前川さんなどいろいろな人達による木造和風モダニズムというものをさまざまに展開した流れが一方でありましたが、それはわかるけれど、大江さんにしてみたらそれらはすべてはずれているんだと思ったんでしょうね。正統はここにしかないよ、ということを、最後は非常にはっきりと意識されていたと僕は思います。

~中略~

藤森: 大江さんに、なぜ数寄屋をやならないのかと直接聞いたことがある。そしたら、あんなもの建築家がやるものじゃないって言われた。

~中略~

藤森: 「乃木神社」は名作ですね。僕も「乃木神社」の拝殿は明らかに伝統と違うと思います。ヒノキの丸柱を使っていて、一見サバイバルのように見える。けれど、我々から見ると、微妙なプロポーションなどから伝統建築とは空間の質の違いを感じます。

磯崎: そうですね。京都の宇治上神社に近い感じですね。それに上賀茂神社の橋廊まわりが重なっている。非常に単純なのだけれど、いい建築ですよ。

藤森: スケール感が小さくて、身体感覚があっていいです。内外の空間の繋がり方もいい。

磯崎: 神社というのは権現様系統とか、住吉神社系統とか、系統がある。その系統でつくるから、型も江戸時代には決まってしまったんですね。「乃木神社」は明治時代にできた新しい神社だから、古くからの神社の系統にあてはまらない。「明治神宮」に似たようなものですね。それを新しくデザインするということでしたから。


・磯崎新と藤森照信とモダニズム建築談義

(六耀社)から抜粋・

〇 〇 〇〇〇


この二人の対談を読んで、

「 乃木神社 」を見てみたくなりました。

ちょうどギャラリー間で

「 板茂 展 」をやっていたので、

見に行くことにしました。

そういえば横浜の三渓園の中にある

「三渓記念館」も

大江宏の設計だったことを思い出しました。

流麗な屋根の曲線が印象に残っていました。

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「 乃木神社 」は、

想像以上に素晴らしい建築でした。

なんと言うか・・・、

全てが「上手」なのです。

木割り

全体と矩計りのプロポーション

細部の意匠・・・。

戦後、

ここまで上手な木造建築があっただろうか

・・・と言うと、少し大げさですが、

そこまで思わせるほど美しい建築なのでした。

いつか伊勢神宮の「神宮美術館」と

千駄ヶ谷の「国立能楽堂」も

見学に行ってみようかと思います。

実は「国立能楽堂」は、

大きすぎる建築のようで、

今まで見学をしてみたいと

思うことがありませんでした・・・。

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乃木神社


設計:大江宏

1962年竣工

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明治神宮宝物殿

設計:大江新太郎

大正10年(1921年)竣工

国指定重要文化財

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三渓記念館

設計:大江宏


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磯崎新と藤森照信とモダニズム建築談義(六耀社)

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参考までに

明治神宮の社殿の建築を掲載してみます。

明治神宮社殿は1920年に竣工しました。

設計は、伊藤忠太や佐野利器らの共同設計で

工事が進められました。

一部をのぞき国指定重要文化財に

指定されています。

明治神宮社殿は、好きな建築のひとつです。

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by y-hikage | 2017-07-05 13:53 | 建築巡礼 | Comments(0)

「 日本、家の列島 」展に行きました。

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先月の625日まで開催されていた

「日本.列島の家」(パナソニックミュージアム)に

終了日前日に行きました。

終了間際のせいか大勢の人たちが訪れていました。

展示スぺ―スに対しての会場構成が複雑なことと、

人混みのおかげで、

じっくりと展示物を

見ることができなかったのが残念でした。

最後にアンケートに記入すると、

建築家・篠原一男が設計した

「上原通りの住宅」のクラフト模型を

頂けたことが幸いでした(上の写真)。

〇〇〇 〇〇

展示は、「昨日の家」と「今の家」の

二つのコーナーに分かれ、

「昨日の家」は、

1933年から1984年にかけての

名作が展示されていました。

例えば、


夏の家/1933/アントニン・レーモンド

前川國男邸/1942/前川國男

斎藤助教授の家/1952/清家清

住居/1953/丹下健三

スカイハウス/1942/菊竹清訓

吉屋信子邸/1962/吉田五十八

白の家/1966/篠原一男

塔の家/1966/東孝光

上原通りの住宅/1976/篠原一男


などなど・・・。


展示物は撮影不可なので、

日影アトリエのパソコンに眠っている

数少ない資料を紹介します。

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住居/1953/丹下健三

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住居/1953/丹下健三

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吉屋信子邸/1962/吉田五十八
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吉屋信子邸/1962/吉田五十八

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塔の家/1966/東孝光

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塔の家/1966/東孝光

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斎藤助教授の家/1952/清家清

(模型製作:日影アトリエ)

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斎藤助教授の家/1952/清家清


「昨日の家」のコーナーで

個人的に好きな住宅は、

前川國男邸/1942/前川國男

斎藤助教授の家/1952/清家清

住居/1953/丹下健三

スカイハウス/1942/菊竹清訓

白の家/1966/篠原一男

5棟です。


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by y-hikage | 2017-07-03 11:55 | 建築巡礼 | Comments(0)

琵琶湖疎水の取水口

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京都の南禅寺の境内に

「 水路閣(すいろかく) 」とよばれる

煉瓦造りの水道橋が残っていて、

1890年建築の現役の近代化産業遺産です。

この水道橋は、

琵琶湖の水を京都に引くために作られた

「琵琶湖疎水(びわこそすい)」を構成する

構造物のひとつです。

この水路閣を何度か見学し、

琵琶湖疎水によって

京都が水の都であることは理解していましたが、

いったい琵琶湖のどこから

水か引かれているのかわかりませんでした。

〇 〇 〇 〇

先週の615日、

滋賀県大津市の

国宝建造物・三井寺(みいでら)を

見学に行って、

その取水地に偶然出会いました。

琵琶湖疎水の取水地は、

三井寺に隣接する

滋賀県大津市三保ヶ埼が取水地だったのです。

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琵琶湖疎水の取水口の水路・・・。

水路の向こうが国宝建造物・三井寺の境内。

琵琶湖疎水は、

1疎水(1890年完成)と

第2疎水(1912年完成)を総称したもので、

現在でも琵琶湖の水の恵を

京都にもたらし続けています。

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地図上で南西に走る水路が

三保ヶ埼の取水地と水路。

その先が三井寺の境内。

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大津市三保ヶ埼が取水地の建造物。

琵琶湖疎水の成り立ちですが、

明治2年(1869年)に首都が

東京に遷都されたことにより、

京都は産業も人口も急激に衰退していきます。

それを復興させ、

産業の振興を計るために、

琵琶湖から京都まで水路(疎水)を

開通させることが計画されました。

琵琶湖と京都の高低差を利用して水を引き、

灌漑・舟運・動力・防火などに

利用することが目的です。

疎水の距離は全長20㎞とされ、

あの哲学の道の横を流れる川も

疎水の一部のようです。

ところで大津市と京都の高低差は

どれぐらいあるかと調べてみると、

大津市は標高95m

京都は標高47.6mなので、

高低差は47.4mになります。

意外と高低差が少ないと思いました。

ちなみに京都駅ビルの最高高さは59.8mなので、

琵琶湖の湖面の高さは、

おおむね京都駅ビルの高さの-10mの

高さであると考えてもいいのかと思います。

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大津市三保ヶ埼から見る琵琶湖・・・。

実は琵琶湖を間近で見るのは初めてで、

滋賀県に降りたのも初めてです。

滋賀県は、奈良、京都に続き

三番目に国宝建造物があります。

滋賀県は22棟の国宝建造物があります。

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琵琶湖と京都の位置関係。

右の赤い丸は、琵琶湖疎水の取水口。

左の赤い丸は、南禅寺の水路閣の位置です。

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赤い丸は、南禅寺の境内の中の水路閣の位置。

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南禅寺の境内に建つ「 水路閣 」。

全長93.2m・高さ9m

煉瓦造りのアーチ型橋脚。

ローマの遺跡のようだと例えられますが、

僕には、以前訪ねたことがある南フランスの

ル・トロネ修道院のようになぜか見えるのです・・・。

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by y-hikage | 2017-06-21 10:08 | 建築巡礼 | Comments(0)

厳島神社の中の天神社本殿

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厳島神社に社殿の中に、

とても好きな建築をみつけることができました。

本殿の西側に建つ小さな建築、

「 天神社本殿 」です。

部材が細く、

華奢な意匠で、

吹きさらしの空間は可憐でもあります。

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天神社本殿は

連歌の会を行うために

室町末期に建てられたもので

連歌堂とも呼ばれていました。

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回廊に囲まれた能舞台も綺麗な建築です。


〇〇〇〇 〇


国宝建造物を採集していると、

その周辺の建築物も

美しいものが多いと思います。

いつか「 国宝建造物周辺の建築 」を

記事にしてみたいと思います。


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by y-hikage | 2017-05-27 11:00 | 建築巡礼 | Comments(0)

尾道の林芙美子の家

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先月の4月のなかごろの週末、

瀬戸内海の生口島にある

国宝建造物・向上寺に行きました。

生口島には尾道港から船で行ったのですが、

船の出発までいくぶん時間がありましたので、

駅周辺をぶらぶらしていました。

そうしていると、

林芙美子の名前が目にとまりました。

林芙美子(明治36年~昭和26年)は、

作家で「放浪記」や「浮雲」が有名です。

僕にとっての林芙美子は、

作家というよりも新宿区中井にある

林芙美子邸(現・林芙美子記念館)の建築と

同義なため、

生い立ちはそれほど

詳しいわけではありませんでした。

林芙美子は幼いころ、

旅商いの両親について山陽地方を転々とし、

13歳のときに尾道市に落ち着き

小学校から高等女学校まで生活したそうです。

その時期の住まいが

駅の近くに残されていたのです。

まさか尾道で林芙美子に会えるとは、

思ってもみませんでした。

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林芙美子ゆかりの家。

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新宿区中井の林芙美子邸。

設計は山口文象。

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林芙美子の幼いころのことは、

あまり知りませんでしたが、

心から尊敬する井上ひさしさんの

戯曲「太鼓たたいて笛ふいて」で、

林芙美子の波乱な人生については、

強く胸に残っています。

主演の大竹しのぶの演技が

本当に素晴らしいのです。


〇〇 〇 〇


せっかく尾道に来たのだから、

ゆっくりと町並みを見てみたかったのですが、

残念ながら時間がありませんでした・・・。

次回は、「ぶらり生口島」です。


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by y-hikage | 2017-05-24 10:14 | 建築巡礼 | Comments(0)

青山タワービルとフォーラムビルディング

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坂本龍一の「設置音楽展」の会場である

ワタリウム美術館の近くに、

吉村順三が設計した

「 青山タワービル 」が建っています。

その青山タワービルの正面右隣に、

ものすごく洗練されたビルが建っていることに、

気づいたのはつい最近のことでした。

そのビルは、

「 フォーラムビルディング 」とよばれ、

設計が谷口吉生だと聞いて驚きました。

谷口吉生は、現在、

現役でモダンなデザインをする

建築家の中では、最も好きな建築家です。

尊敬する吉村順三が設計したビルと

谷口吉生が設計したビルが並んでいる・・・。

なんて贅沢な場所でしょう・・・。

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左が青山タワービル(1969年竣工)。

右がフォーラムビルディング(2009年竣工)。

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フォーラムビルディングの見上げ。

ステンレスとガラスで構成され、

タテの柱と横の梁の幅は

400㎜で統一されています。

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フォーラムビルディングの見上げ。

細部のディテールがまるで工芸品のようです。

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左がフォーラムビルディング。

右が青山タワービルの妻面。

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青山タワービルの見上げ。

洗練されたデザインは

フォーラムビルディングに負けてはいません。

40年の開きを感じさせません。

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青山タワービルのエントランス。

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青山タワービルのエントランスの扉。

よく見ると、

扉のたて枠が天井に達していないことが

わかります。

枠が下のスラブの中から

片持ち梁で自立しています。

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青山タワービルのピロティ―から

フォーラムビルディングを見ます。

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青山タワービルに付属した入り口。

かつて青山タワービルの地下は、

音楽ホールだったそうです。

すぐれた音響効果だったようで、

なくなったのが残念でしょうがありません。

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かつての青山タワービルの音楽ホール。

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1969年竣工当時の1969年竣工。

昔の青山通り・・・。


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現在の青山タワービル。
右側がフォーラムビルディング。




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青山タワービルのすぐ近くに、

住宅の名作「 塔の家 」が建っています。

1966年竣工。設計・東孝光。

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ワタリウム美術館。

設計はスイスの建築家・マリオボッタ。




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by y-hikage | 2017-05-22 11:52 | 建築巡礼 | Comments(0)