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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:国宝建造物( 40 )

国宝・光浄院客殿と吉村順三

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滋賀県大津市の

国宝建造物・三井寺(みいでら)は

どうしても見ておきたい建築でした。

なぜなら建築家・吉村順三が

三井寺の境内に建つ

「 光浄院客殿 」の写しを

ニューヨーク近代美術館の

中庭に設計したからです・・・。

時は1954年のことです。

建築雑誌・JA 59・吉村順三の32頁の

解説を引用してみます。


〇〇〇〇

ニューヨーク近代美術館(MoMA)の中庭に建てられた展示用の住宅。モダンリビングの啓蒙を狙いとして、モダニズムの住宅を2年間ずつ展示ずるシリーズ「House in the Gardenの第3回目に企画された。来日したアーサー・ドレクスラー(当時MoMAの建築部門担当)の意向により、モダニズム建築への近似を示す日本の伝統的なモチーフとして、書院造りである光浄院客殿が選ばれた。吉村はただの「 写し 」に留めることなく、高層ビルに囲まれた敷地、来場者の同線処理、住居として成立させるための別棟の付加といった諸条件に対応している。また建物と庭の連続性の強調、より装飾性を排したディテールの採用等、自らの意図を存分に反映しており、伝統的な日本建築への造詣の深さが、デザインする自在さに到達していたことを示している。

〇〇〇〇


この建築は

「 松風荘(しょうふうそう) 」と

名づけられMoMAの中庭に建てられました。

その原型となる「 光浄院客殿 」を

自分の眼で確かめたかったのです。

三井寺には国宝建造物が三棟建っています。

一つめは「 光浄院客殿 」。

二つめは「 勧学院客殿 」。

三つめは「 金堂 」。

光浄院客殿と勧学院客殿は、

自由に拝観することはできなく、

3人以上という条件付きで

一週間前に事前申し込みが必要です。

僕は時間的に見学できるかどうか

迷っていたため、

事前申し込みはできませんでした。

まあ行けばなんとかなるだろうと思い、

朝、早起きして新幹線に乗り込みました・・・。

午前9時ぐらいには、石山寺に到着し、

石山寺の見学の次に

三井寺の境内に入ることができました。

三井寺の境内は

山ひとつぶんあるのではないかと

思わせるほど広く、

坂も多く移動がたいへんでした。

まずは「 勧学院客殿 」から・・・。

想像のとおりで門から中には入れません。

屋根がわずかに見えるだけ・・・。

金堂を拝観したあとに

目的の「 光浄院客殿 」へ・・・。

やはり拝観不可・・・! 

門からわずかに見えるだけ・・・。

それでも側面全体を

見ることができたので大収穫でした・・・。

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光浄院客殿を塀越しに眺めます。

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MoMAの中庭に建てられた「 松風荘 」

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MoMAの中庭に建てられた「 松風荘 」

(写真は建築雑誌・JA 59より転載)

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「 松風荘 」の平面とスケッチ

(建築雑誌・JA 59より転載)

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「 勧学院客殿 」を門から眺めます。

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三井寺の光浄院客殿

(写真は三井寺のパンフレットからの転載)

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光浄院客殿は慶長6年(1601年)の建立で、

寝殿造の流れをくむ「主寝殿造」と

呼ばれる寝殿造様式の初期の形式のものです。

妻戸・蔀戸・舞良戸・唐破風の車寄・中門廊など

寝殿造の名残をとどめています。

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三井寺の勧学院客殿

(写真は三井寺のパンフレットからの転載


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勧学院客殿は慶長5年(1600年)に

再建されたもので、光浄院客殿とともに

日本を代表する書院造です。


〇〇〇 〇 〇 

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三井寺・金堂

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金堂は慶長4年(1599年)に

再建されたもので、建物全体が和様で統一され、

木割りが太く、重厚さのなかに

柔らかさをもつ仏堂として

桃山時代の代表的な建築とされています。

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今回の

石山寺と三井寺を見学できたことで、

現時点での国宝建造物222棟のうち、

110棟を見学できたことになりました。


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by y-hikage | 2017-06-26 09:52 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝建造物・石山寺

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現時点で222棟ある国宝建造物を

全て見ると決めたときに、

避けて通れない地域は、

国内で三番目に多い滋賀県です(22棟)。

滋賀県は今年の615日に

行ったのがはじめてのことでした。

滋賀県で最初に見た国宝建造物は、

大津市の「 石山寺 」。

石山寺には国宝建造物が2棟あります。

ひとつは本堂。

もうひとつは多宝塔です。

〇 〇 〇〇

本堂は、

正堂(しょうどう)・

会の間(あいのま)・

礼堂(らいどう)からなる複合建築です。

正堂は永長元年(1096年)の再建されたもので、

会の間と礼堂は慶長7年(1602年)に

淀殿の寄進によって

建立されたものとされています。

本堂は国の天然記念物の

石山寺珪灰石という

巨大な岩盤の上に建っています。

〇〇 〇 〇

多宝塔は、

建久5年(1194年)の建立で

日本最古の多宝塔とされています。


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国宝建造物・石山寺本堂


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国宝建造物・石山寺多宝塔


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by y-hikage | 2017-06-25 14:29 | 国宝建造物 | Comments(0)

三十三間堂の障子紙

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先週、早朝に家をでて滋賀県に向かいました。

大津市の国宝建造物を二棟見学した後に、

京都国立博物館と三十三間堂を見学しました。

三十三間堂は今年二度目の見学です。

前回は1月末のこと・・・。

6月の暑い京都の昼時の三十三間堂で

1月とは違っているところを見つけました。

障子の下1段の風通しのために

障子紙が貼られていませんでした。

その景色はとても涼やかで

機能性を兼ねた日本的な意匠となっていました。

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1月末の障子・・・。

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1月末の閉じた障子紙・・・。

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615日の障子紙・・・。


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今回の三十三間堂も

その空間のすごさに感動し、足が震えました。




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by y-hikage | 2017-06-19 11:56 | 国宝建造物 | Comments(0)

厳島神社・平清盛の宇宙観

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先月の4月のなかごろの週末、

広島の国宝建造物をみてきました。

広島にいくつかある国宝建造物の中で、

最大の目的は宮島の厳島神社でした。

一泊二日の旅でしたが、

初日に他の国宝建造物を見て、

宮島の厳島神社の近くにホテルに宿泊しました。

厳島神社の開門は朝の6時半から・・・。

潮が引いている

開門前の境内(砂の上)を歩き、

人がいない神社を

じっくりと見てみようと考えました。

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平清盛は久安二年(1146年)に

安芸守(あきのかみ)に任じられました。

それ以来、厳島神社に対する崇敬は篤く、

それは生涯変わることはなかった

とされています。

清盛は仁安三年(1168年)頃までには、

厳島神社の多く社殿を造営し、

現在の景観を創出しました。

厳島神社が鎮座する厳島は、

宮島とも呼ばれています。

厳島神社のそもそも起こりは、

荘厳な弥山(みせん)の姿に

神霊を感じた古代人が神の棲む島として、

あるいは島そのものを神として崇拝した、

自然発生的な信仰とされています。

厳島を神の島と考える風習は

現代の生活にも影を落としていて、

島内には今でも墓地を作らないそうです。

厳島神社を設計のコンセプトを考える場合、

弥山(みせん)という神の山への信仰が、

まず最初にあったことが重要なのだと思います。

厳島神社の配置はとても明快で、

海中から大鳥居から本殿に向かって

軸線を伸ばすと、

まず舞楽のための舞台があり、

祓殿(はらいでん)、

拝殿(はいでん)、

幣殿(へいでん)、

そして本殿と続きますが、

この軸線の目標は、

神の山である弥山(みせん)に向かっています。

僕の推測ですが、

平清盛は厳島神社を

海の岸辺に浮かべることによって、

「 山の神と海の神を結ぶ媒体 」

にしようと考えたのではないかと思います。

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そしてまた、

厳島神社は京都の

平等院鳳凰堂(天貴元年・1053年)に

似たところも感じます。

その印象は、

左右対称の配置計画にもよりますが、

鳳凰堂の前に展開される池が似たような

印象を与えるのではないかと思います。

鳳凰堂は奥州平泉と

同様に浄土式庭園を創作することによって、

極楽浄土を出現させました。

平清盛は厳島神社で

「 極楽浄土を演出する池 」を

海に見立てたのはないかと思います。

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このように考えていくと、

平清盛という建築家は、

壮大な宇宙観をもっていたと

驚くしかありません。

同じく平清盛が構想(設計?)した

京都の三十三間堂に

今年の1月に堂内に足を踏み入れた時は、

感動のあまり

その場に立ちつくしました。

東大寺南大門や兵庫県小野市に建つ

浄土寺浄土堂を設計した俊乗坊重源は、

平清盛よりも三歳年下とされていますが、

この天才二人の存在は、1000年近い時を経ても

まったく色あせない力をもっています。

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by y-hikage | 2017-05-26 08:21 | 国宝建造物 | Comments(0)

広島県の国宝建造物をみてきました。

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先月の4月のなかごろの週末、

広島県の国宝建造物を見てきました。

広島県には国宝建造物は7棟あります。

都道府県内では、

奈良県・62棟、

京都府・49棟、

滋賀県・22棟、

兵庫県・11棟、

に次ぐ5番目の多さです。

(和歌山県も7棟)


西から東に向かって・・・


厳島神社(廿日市市宮島町)

不動院金堂(広島市東区)

向上寺三重塔(尾道市瀬戸田町・生口島)

浄土寺本堂(尾道市)

浄土寺多宝塔(尾道市)

明王院本堂(福山市)

明王院五重塔(福山市)

※ ※ ※

広島県は東西に長い県ですが、

端から端への移動の見学・・・。

一泊二日の短い旅でした。

広島県の国宝建造物の

最大の目的は「 厳島神社 」。

この社殿は京都の三十三間堂と同様に

構想(+設計?)は平清盛です。

(厳島神社はまた後日、記事にいたします)


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厳島神社   (廿日市市宮島町)


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不動院金堂  (広島市東区)

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向上寺三重塔 (尾道市生口島)

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浄土寺本堂  (尾道市)

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浄土寺多宝塔 (尾道市)

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明王院本堂  (福山市)

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明王院五重塔 (福山市)

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広島へは、

羽田空港から飛行機で往復しました。

考えてみると、

飛行機に乗ったのは、

ちょうど6年ぶりでした。

ハワイから帰ったのが

2011310日。

その翌日、東日本大震災が発生しました。
その日から、僕の建築人生が
一変することになるのですが・・・

〇 〇〇 〇

追記・・・

ハワイに行ってきたと言うと、

えっ? 日影さんがハワイ・・?

と驚かれます。

見たい建築がない場所には、

基本的には旅に出かけたことはありません。

が・・・

ハワイは、お付き合いで行きました。

まったく期待しないで行ったのですが、

気候がとても気持ちよく、

誘われたら、

もう一度行ってもいい場所になりました。

市街地から離れた住宅地に建つ住宅も、

こじんまりとしていて、

スケール感がいい住宅が多いと思いました。




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by y-hikage | 2017-05-15 11:16 | 国宝建造物 | Comments(0)

100棟目の国宝建造物:厳島神社

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今年の1月、

京都の国宝建造物・三十三間堂を見てから、

100棟目の国宝建造物採集は、

広島の 厳島神社 と決めました。

三十三間堂は1165年の完成。

厳島神社は1168年に造営開始とされています。

この二棟の建築は共に

平清盛が深くかかわっています・・・。

厳島神社についての詳細な記事はまた後日・・・。

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今までの100棟の国宝建造物の記録は、


日影良孝建築アトリエの


Facebookpageに保存されています⇒⇒


https://www.facebook.com/HikageYoshitaka/



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by y-hikage | 2017-04-20 15:34 | 国宝建造物 | Comments(0)

二刀流・宮本武蔵の直筆

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東京から新幹線で京都に着くころ、

左側に五重塔が見えてきます。

その塔が建つお寺は、

通称「 東寺 」とよばれていて、

正式には「 教王護国寺 」というお寺です。

その教王護国寺の塔頭に

「 観智院(かんちいん) 」

というお寺があります。

観智院の客殿は

国宝建造物に指定されていますが、

この客殿の床の間の絵は、

かの二刀流で有名な宮本武蔵の絵であることは、

それほど知られていないのではないか

と思います。

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その絵は「鷲の図」といわれ、

宮本武蔵が一条寺下り松の決闘で

吉岡一門を破ったあと

公儀指南の吉岡家の報復を避けるために、

観智院に三年間隠棲している間に

描いたものとされています。

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観智院客殿は1605年(慶長十年)に建築され、

国宝建造物に指定されています。

観智院客殿を訪ねたときは、

まさか宮本武蔵の絵があるなど

まったく知りませんでした。

そういえば、大河ドラマのオープニングに

その絵が登場していたことを

思い出しました・・・・。

(たしかこの絵だったはず・・・)



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by y-hikage | 2017-04-15 13:50 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝建造物採集の数、100棟まで残り2棟・・・。

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国宝建造物を採集した数が98棟になりました。

100棟まで残り2棟です。

国宝建造物は全国で約230棟あるので、

全て見るまではまだまだ長い道のりですが、

記念すべき100棟まで

残り2棟となると胸がときめきます。

写真の国宝建造物は、

教王護国寺・蓮華門です。

今まで見た中で2番目に小さいと思います。


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by y-hikage | 2017-04-11 18:19 | 国宝建造物 | Comments(0)

永遠の建築・三十三間堂

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今年の1月の終わりの

京都・国宝建造物採集で

最も印象に残ったのは、

三十三間堂でした。

初めての見学ではなかったはずですが、

内部空間に足を踏み入れた瞬間、

衝撃で身体が凍りつきました。

空間から「建築の永遠」を感じたのです。

今まで建築から

「建築の永遠」を感じたことが

あっただろうか・・・、

と、茫然と立ちつくしてしまいました。

なぜそう感じたのか・・・。

三十三間堂は22m×120mという

世界最長の木造古建築で、

千体の観音菩薩像を安置しています。

この細長い空間に千体の観音菩薩像を

安置するだけでは

「建築の永遠」は生まれません。

僕は「架構の連続」にあるのではないかと

堂内で思いました。

観音菩薩像と共に

34本の同じ架構をひたすら連続させることで、

内部空間に遠近法の空間を生み、

永遠の空間を

演出したのではないかと

僕は読み解きました。

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三十三間堂を見学してから、

ずっと三十三間堂の図面を

探しているのですが、見つかりません。

建築学会図書館に行っても、

修理報告書も関連する図書もありません。

神田の古本街でもみつかりません。

そもそも三十三間堂の資料が

極めて少ないのではないかと疑うほどです。

とりあえず平面図は見つかりましたが、

僕がもっともほしい資料は、

断面図もしくは軸組図です。

連続する架構の図面なのです。

これからもあきらめずに

探してみようと思っています・・・。

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三十三間堂は、

正式には蓮華王院三十三間堂

(れんげおういんさんじゅうさんげんどう)

という名前です。

1164年、後白河上皇のために平清盛が

建築(寄進)したものだとされています。

現在の姿は焼失後に再建されたものです。

同時期に平清盛が建築したもので

有名なのは広島の

国宝建造物・厳島神社です。

三十三間堂も厳島神社も

「超」がつくほど名建築です。

平清盛の設計力が圧倒的であることを、

この二棟が証明しています。


※堂内の写真は、

「古寺をゆく・三十三間堂」(小学館)

からの引用です。




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by y-hikage | 2017-03-12 12:53 | 国宝建造物 | Comments(0)

南禅寺方丈の軒裏

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1月の末に見て歩いた


京都の国宝建造物の中で、


南禅寺方丈は、


三十三間堂に次いで


印象にのこるものでした。


日本の建築は屋根や軒先・軒裏まわりを


どう見せるかが設計の中で


特に重要とされています。


その意味で、


南禅寺方丈の軒まわりは国内でも


美しい部類に入るのではないかと


見学をしてみて思いました。


枯山水庭園に面した


こけら葺きのおおらかな屋根の美しさと


広縁のゆったりとした空間は


時の流れをわすれさせてくれます。

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南禅寺方丈の特徴のひとつに



軒裏の意匠があるとも思いました。

屋根を支える部材のひとつである

垂木(たるき)は、目立つことから

多くの苦心が払われてきました。

垂木の並べ方や間隔だけでなく、

垂木の上下の配列も

一段(一本)、二段(二本)、三段(三本)と

建築の様式や格によって使い分けられます。

専門的にはこれを、

一軒(ひとのき)、

二軒(ふたのき)、

三軒(みのき)

と呼んで区別しています。

二軒の場合、

下の垂木を地垂木(じだるき)、

上の垂木を飛櫓垂木(ひえんたるき)

と呼んでいます。

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南禅寺方丈の軒裏の垂木を見て、

「おや?」っと

思ったのは二軒に見えて実は、

三軒になっていることでした。

こけら葺きの屋根は段葺きになっていて、

その段葺きのちょうど境目のあたりで

三軒に切りかわり、

まるで後付けのように

薄い軒先(一軒)に変化しています。

あくまでも僕の仮説ですが、

普通に軒先をおさめると

軽快さが失われるため、

軒先を薄くするための

工夫なのではないかと思いました。

よく見なければわからない、

さりげないのですが

実は高度な技術が隠されている・・・。

この設計姿勢は共感するところが大きすぎます。

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基本的なことですが、

実際の屋根の勾配と

軒裏に見える垂木の勾配はことなります。

軒裏に見える勾配はかなり緩勾配です。

この化粧勾配は

ものすごく大切な要素だと思います。

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方丈の前の枯山水庭園。

小堀遠州の作庭だと言われています。

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塀越しに見る、南禅寺方丈の屋根・・・。

とても美しいと思うのです・・・。



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by y-hikage | 2017-03-01 14:37 | 国宝建造物 | Comments(0)