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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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カテゴリ:国宝建造物( 37 )

厳島神社・平清盛の宇宙観

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先月の4月のなかごろの週末、

広島の国宝建造物をみてきました。

広島にいくつかある国宝建造物の中で、

最大の目的は宮島の厳島神社でした。

一泊二日の旅でしたが、

初日に他の国宝建造物を見て、

宮島の厳島神社の近くにホテルに宿泊しました。

厳島神社の開門は朝の6時半から・・・。

潮が引いている

開門前の境内(砂の上)を歩き、

人がいない神社を

じっくりと見てみようと考えました。

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平清盛は久安二年(1146年)に

安芸守(あきのかみ)に任じられました。

それ以来、厳島神社に対する崇敬は篤く、

それは生涯変わることはなかった

とされています。

清盛は仁安三年(1168年)頃までには、

厳島神社の多く社殿を造営し、

現在の景観を創出しました。

厳島神社が鎮座する厳島は、

宮島とも呼ばれています。

厳島神社のそもそも起こりは、

荘厳な弥山(みせん)の姿に

神霊を感じた古代人が神の棲む島として、

あるいは島そのものを神として崇拝した、

自然発生的な信仰とされています。

厳島を神の島と考える風習は

現代の生活にも影を落としていて、

島内には今でも墓地を作らないそうです。

厳島神社を設計のコンセプトを考える場合、

弥山(みせん)という神の山への信仰が、

まず最初にあったことが重要なのだと思います。

厳島神社の配置はとても明快で、

海中から大鳥居から本殿に向かって

軸線を伸ばすと、

まず舞楽のための舞台があり、

祓殿(はらいでん)、

拝殿(はいでん)、

幣殿(へいでん)、

そして本殿と続きますが、

この軸線の目標は、

神の山である弥山(みせん)に向かっています。

僕の推測ですが、

平清盛は厳島神社を

海の岸辺に浮かべることによって、

「 山の神と海の神を結ぶ媒体 」

にしようと考えたのではないかと思います。

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そしてまた、

厳島神社は京都の

平等院鳳凰堂(天貴元年・1053年)に

似たところも感じます。

その印象は、

左右対称の配置計画にもよりますが、

鳳凰堂の前に展開される池が似たような

印象を与えるのではないかと思います。

鳳凰堂は奥州平泉と

同様に浄土式庭園を創作することによって、

極楽浄土を出現させました。

平清盛は厳島神社で

「 極楽浄土を演出する池 」を

海に見立てたのはないかと思います。

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このように考えていくと、

平清盛という建築家は、

壮大な宇宙観をもっていたと

驚くしかありません。

同じく平清盛が構想(設計?)した

京都の三十三間堂に

今年の1月に堂内に足を踏み入れた時は、

感動のあまり

その場に立ちつくしました。

東大寺南大門や兵庫県小野市に建つ

浄土寺浄土堂を設計した俊乗坊重源は、

平清盛よりも三歳年下とされていますが、

この天才二人の存在は、1000年近い時を経ても

まったく色あせない力をもっています。

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by y-hikage | 2017-05-26 08:21 | 国宝建造物 | Comments(0)

広島県の国宝建造物をみてきました。

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先月の4月のなかごろの週末、

広島県の国宝建造物を見てきました。

広島県には国宝建造物は7棟あります。

都道府県内では、

奈良県・62棟、

京都府・49棟、

滋賀県・22棟、

兵庫県・11棟、

に次ぐ5番目の多さです。

(和歌山県も7棟)


西から東に向かって・・・


厳島神社(廿日市市宮島町)

不動院金堂(広島市東区)

向上寺三重塔(尾道市瀬戸田町・生口島)

浄土寺本堂(尾道市)

浄土寺多宝塔(尾道市)

明王院本堂(福山市)

明王院五重塔(福山市)

※ ※ ※

広島県は東西に長い県ですが、

端から端への移動の見学・・・。

一泊二日の短い旅でした。

広島県の国宝建造物の

最大の目的は「 厳島神社 」。

この社殿は京都の三十三間堂と同様に

構想(+設計?)は平清盛です。

(厳島神社はまた後日、記事にいたします)


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厳島神社   (廿日市市宮島町)


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不動院金堂  (広島市東区)

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向上寺三重塔 (尾道市生口島)

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浄土寺本堂  (尾道市)

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浄土寺多宝塔 (尾道市)

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明王院本堂  (福山市)

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明王院五重塔 (福山市)

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広島へは、

羽田空港から飛行機で往復しました。

考えてみると、

飛行機に乗ったのは、

ちょうど6年ぶりでした。

ハワイから帰ったのが

2011310日。

その翌日、東日本大震災が発生しました。
その日から、僕の建築人生が
一変することになるのですが・・・

〇 〇〇 〇

追記・・・

ハワイに行ってきたと言うと、

えっ? 日影さんがハワイ・・?

と驚かれます。

見たい建築がない場所には、

基本的には旅に出かけたことはありません。

が・・・

ハワイは、お付き合いで行きました。

まったく期待しないで行ったのですが、

気候がとても気持ちよく、

誘われたら、

もう一度行ってもいい場所になりました。

市街地から離れた住宅地に建つ住宅も、

こじんまりとしていて、

スケール感がいい住宅が多いと思いました。




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by y-hikage | 2017-05-15 11:16 | 国宝建造物 | Comments(0)

100棟目の国宝建造物:厳島神社

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今年の1月、

京都の国宝建造物・三十三間堂を見てから、

100棟目の国宝建造物採集は、

広島の 厳島神社 と決めました。

三十三間堂は1165年の完成。

厳島神社は1168年に造営開始とされています。

この二棟の建築は共に

平清盛が深くかかわっています・・・。

厳島神社についての詳細な記事はまた後日・・・。

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今までの100棟の国宝建造物の記録は、


日影良孝建築アトリエの


Facebookpageに保存されています⇒⇒


https://www.facebook.com/HikageYoshitaka/



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by y-hikage | 2017-04-20 15:34 | 国宝建造物 | Comments(0)

二刀流・宮本武蔵の直筆

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東京から新幹線で京都に着くころ、

左側に五重塔が見えてきます。

その塔が建つお寺は、

通称「 東寺 」とよばれていて、

正式には「 教王護国寺 」というお寺です。

その教王護国寺の塔頭に

「 観智院(かんちいん) 」

というお寺があります。

観智院の客殿は

国宝建造物に指定されていますが、

この客殿の床の間の絵は、

かの二刀流で有名な宮本武蔵の絵であることは、

それほど知られていないのではないか

と思います。

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その絵は「鷲の図」といわれ、

宮本武蔵が一条寺下り松の決闘で

吉岡一門を破ったあと

公儀指南の吉岡家の報復を避けるために、

観智院に三年間隠棲している間に

描いたものとされています。

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観智院客殿は1605年(慶長十年)に建築され、

国宝建造物に指定されています。

観智院客殿を訪ねたときは、

まさか宮本武蔵の絵があるなど

まったく知りませんでした。

そういえば、大河ドラマのオープニングに

その絵が登場していたことを

思い出しました・・・・。

(たしかこの絵だったはず・・・)



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by y-hikage | 2017-04-15 13:50 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝建造物採集の数、100棟まで残り2棟・・・。

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国宝建造物を採集した数が98棟になりました。

100棟まで残り2棟です。

国宝建造物は全国で約230棟あるので、

全て見るまではまだまだ長い道のりですが、

記念すべき100棟まで

残り2棟となると胸がときめきます。

写真の国宝建造物は、

教王護国寺・蓮華門です。

今まで見た中で2番目に小さいと思います。


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by y-hikage | 2017-04-11 18:19 | 国宝建造物 | Comments(0)

永遠の建築・三十三間堂

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今年の1月の終わりの

京都・国宝建造物採集で

最も印象に残ったのは、

三十三間堂でした。

初めての見学ではなかったはずですが、

内部空間に足を踏み入れた瞬間、

衝撃で身体が凍りつきました。

空間から「建築の永遠」を感じたのです。

今まで建築から

「建築の永遠」を感じたことが

あっただろうか・・・、

と、茫然と立ちつくしてしまいました。

なぜそう感じたのか・・・。

三十三間堂は22m×120mという

世界最長の木造古建築で、

千体の観音菩薩像を安置しています。

この細長い空間に千体の観音菩薩像を

安置するだけでは

「建築の永遠」は生まれません。

僕は「架構の連続」にあるのではないかと

堂内で思いました。

観音菩薩像と共に

34本の同じ架構をひたすら連続させることで、

内部空間に遠近法の空間を生み、

永遠の空間を

演出したのではないかと

僕は読み解きました。

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三十三間堂を見学してから、

ずっと三十三間堂の図面を

探しているのですが、見つかりません。

建築学会図書館に行っても、

修理報告書も関連する図書もありません。

神田の古本街でもみつかりません。

そもそも三十三間堂の資料が

極めて少ないのではないかと疑うほどです。

とりあえず平面図は見つかりましたが、

僕がもっともほしい資料は、

断面図もしくは軸組図です。

連続する架構の図面なのです。

これからもあきらめずに

探してみようと思っています・・・。

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三十三間堂は、

正式には蓮華王院三十三間堂

(れんげおういんさんじゅうさんげんどう)

という名前です。

1164年、後白河上皇のために平清盛が

建築(寄進)したものだとされています。

現在の姿は焼失後に再建されたものです。

同時期に平清盛が建築したもので

有名なのは広島の

国宝建造物・厳島神社です。

三十三間堂も厳島神社も

「超」がつくほど名建築です。

平清盛の設計力が圧倒的であることを、

この二棟が証明しています。


※堂内の写真は、

「古寺をゆく・三十三間堂」(小学館)

からの引用です。




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by y-hikage | 2017-03-12 12:53 | 国宝建造物 | Comments(0)

南禅寺方丈の軒裏

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1月の末に見て歩いた


京都の国宝建造物の中で、


南禅寺方丈は、


三十三間堂に次いで


印象にのこるものでした。


日本の建築は屋根や軒先・軒裏まわりを


どう見せるかが設計の中で


特に重要とされています。


その意味で、


南禅寺方丈の軒まわりは国内でも


美しい部類に入るのではないかと


見学をしてみて思いました。


枯山水庭園に面した


こけら葺きのおおらかな屋根の美しさと


広縁のゆったりとした空間は


時の流れをわすれさせてくれます。

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南禅寺方丈の特徴のひとつに



軒裏の意匠があるとも思いました。

屋根を支える部材のひとつである

垂木(たるき)は、目立つことから

多くの苦心が払われてきました。

垂木の並べ方や間隔だけでなく、

垂木の上下の配列も

一段(一本)、二段(二本)、三段(三本)と

建築の様式や格によって使い分けられます。

専門的にはこれを、

一軒(ひとのき)、

二軒(ふたのき)、

三軒(みのき)

と呼んで区別しています。

二軒の場合、

下の垂木を地垂木(じだるき)、

上の垂木を飛櫓垂木(ひえんたるき)

と呼んでいます。

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南禅寺方丈の軒裏の垂木を見て、

「おや?」っと

思ったのは二軒に見えて実は、

三軒になっていることでした。

こけら葺きの屋根は段葺きになっていて、

その段葺きのちょうど境目のあたりで

三軒に切りかわり、

まるで後付けのように

薄い軒先(一軒)に変化しています。

あくまでも僕の仮説ですが、

普通に軒先をおさめると

軽快さが失われるため、

軒先を薄くするための

工夫なのではないかと思いました。

よく見なければわからない、

さりげないのですが

実は高度な技術が隠されている・・・。

この設計姿勢は共感するところが大きすぎます。

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基本的なことですが、

実際の屋根の勾配と

軒裏に見える垂木の勾配はことなります。

軒裏に見える勾配はかなり緩勾配です。

この化粧勾配は

ものすごく大切な要素だと思います。

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方丈の前の枯山水庭園。

小堀遠州の作庭だと言われています。

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塀越しに見る、南禅寺方丈の屋根・・・。

とても美しいと思うのです・・・。



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by y-hikage | 2017-03-01 14:37 | 国宝建造物 | Comments(0)

金閣寺と銀閣寺

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1月の末に京都の国宝建造物のひとつ

慈照寺銀閣を見たあと、

金閣を見てみたい衝動にかられて、

すぐに金閣に向かいました。

金閣は高校の修学旅行で

見学したときから見ていないので、

国宝建造物ではないのですが、

銀閣と比較してみたいと思ったのです。

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かつてブルーノタウトが桂離宮を高く評価し、

日光東照宮を酷評したように、

現代の建築の眼は、

どちらかというと装飾に否定的です。

僕も桂離宮のモダンデザインに

通じる美しさは十分に認めますし、

日本建築の中でも好きな建築のひとつです。

かといって装飾過多に見える

日光東照宮を否定する気持ちにはなれません。

日光東照宮を見ると、

彩色や彫刻に目を奪われてしまいますが、

自分の心の中で

彩色や彫刻をはがしてみると、

美しい木割りや矩計りが

存在することがわかります。

とても短期間で設計し

工事をおこなったとは思えないほど、

設計力の高さに驚くのです。

鹿苑寺金閣(ろくおんじきんかく)の場合も

同様に金ぴかのピカピカな印象が

前面に出てきます。

金閣を心の中で金箔をはがしてみて

冷静に見つめなおしてみたいと考えました。

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37年ぶりに見た鹿苑寺金閣は、

この世と思えないぐらいに

圧倒的な美しさを放っていました。

周到に計算された全体のバランス。

屋根まわりの美しさ。

極限まで見えがかり部材の量を

減らした緊張感。

金箔を張ることを前提に

設計したと思いますが、

銀閣のどこかむっくりとした感じにくらべ

建築がシャープです。

金閣は三層(三階建て)の楼閣建築です。

一層目は白木づくりとして、

二層目と三層目を

全面金箔張りとしています。

この一層目を白木づくりとしたところが

究極なコンセプトで、

まるで建築が浮遊しているかのように

演出しています。

その演出を池の水面に映っている

二層目と三層目の金色が

浮遊感の効果を高めています。

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鹿苑寺金閣は、

足利義満が舎利殿として

応年五年(1398年)に建築したものです。

下の二層は和洋住宅風であるのに対し

三層目は禅宗様仏堂に造られた

混合様式としています。

一方、国宝建造物:慈照寺銀閣は、

足利義政によって長享三年(1489年)ごろに

建築されたものです。

下層は書院造仏堂風に、

上層は禅宗様仏堂風に造られています。

金閣は、もともと国宝建造物でしたが、

昭和25年(1950年)に

放火によって消失したため、

国宝指定を解除されてしまいました。

現在の姿は、

昭和30年(1955年)に再建されたものです。

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余談ですが、

金閣の雨といはとても個性的です。

屋根と建物を守るためと

タテといを設けたくないために、

超!跳ねだしの雨といにしています。

金色の「超!跳ねだし雨とい」に驚きました・・・。



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by y-hikage | 2017-02-27 12:36 | 国宝建造物 | Comments(1)

清水寺本堂の屋根の葺き替え

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前々回の記事で


国宝・清水寺本堂について書きましたが、

ひとつ書き忘れたことがありました。

清水寺本堂の檜皮葺の屋根が50年ぶりに

葺き替えられるという記事を

新聞で読み驚きました。

工事は2月6日から

開始されると書いてあったので、

1月末の見学は

ぎりぎりセーフだったことになります。

工事は2020年まで続くようで、

4月ぐらいから建物は

すっぽりと素屋根で覆われるので

外観はしばらく見ることができなくなります。

1月末に見ておいて本当によかったです。

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by y-hikage | 2017-02-15 13:08 | 国宝建造物 | Comments(0)

国宝:清水寺本堂の東側立面

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128日と29日、

京都市内の国宝建造物採集のひとつである

清水寺は、

観光地としてあまりにも有名なお寺です。

当日も参道は、鎌倉の小町通りのように

人混みで渋滞していました。

〇〇〇  〇〇

国宝建造物である清水寺本堂は、

山の斜面にせり出した舞台は

懸造(かけづくり)によって持ち上げられています。


この懸造は139本ともいわれる

ケヤキの長大な柱と貫によって


組まれていて、見る人を圧倒させます。

下から見上げても良し、

舞台の上から眺める

京都の風景もまた人々を魅了させます。

〇〇 〇 〇〇 〇

僕は清水寺本堂の懸造舞台も

素晴らしいと思いますが、

清水寺本堂で最も好きな部分は、

東面からみる屋根の曲線です。

大屋根のむくり屋根と

翼廊(よくろう)の反った屋根との

曲線の調和がとても美しいと思うのです。

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清水寺本堂は、九間×七間の寄棟造りに

正面東西に入母屋造りの翼廊を出して

楽屋とし、その間を舞台としています。

寄棟の屋根はむくらせ、

翼廊の屋根をそらせる手法を採用し、

この二つの曲線が

破たんすることなく美しく調和しています。

この東側から見る

屋根の景色を見るだけでも

一見の価値があるというものです。


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清水寺本堂、南側正面
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懸造(かけづくり)見上げ

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清水寺本堂、東側立面

美しい檜皮葺き(ひわだふき)屋根の曲線

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清水寺本堂の断面図・・・。

国宝:清水寺本堂は、

徳川家光の寄進によって

寛永10年(1633年)に再建されたものです。


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by y-hikage | 2017-02-13 18:35 | 国宝建造物 | Comments(0)