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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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2017年 04月 03日 ( 1 )

三渓園の東慶寺仏殿

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横浜市本牧の三渓園に建つ

「旧東慶寺仏殿」は、

もともと北鎌倉の東慶寺にあった仏殿で、

明治40年に三渓園に移築されたものです。

なぜ東慶寺仏殿が三渓園に移築されたのか・・・。

西和夫著作の「三渓園の建築と原三渓」を

読むとこう書かれています・・・。


〇〇 〇 〇 〇


江戸時代の東慶寺は112貫という寺領をもっていた。石数にすると約450石、鎌倉では鶴岡八幡宮、円覚寺に次ぎ、建長寺より多い。

しかし明治に入り、寺領を上地し(明治政府に没収され)、明治五年には円覚寺の末寺となった。

駈込寺あるいは縁切寺と呼ばれるもとになった縁切の寺法も廃され、寺は急速に衰退した。年貢も入らず、山林も大部分失脚し、子院も全部消滅した。

このころの東慶寺はひどい廃寺で、本堂の雨漏りがひどくて傘をさして経を読んだ。という状態であった。

仏殿がなぜ明治40年に三渓園に移されたか、それは上のような状態だったからである。恐らく仏殿は維持がむずかしかったのであろう。原三渓が建物を救ったといってよい。


〇 〇 〇〇  〇

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旧東慶寺仏殿の様式は室町時代に属し、

1509年(永正六年)の火災後に

再建されたとされています。

禅宗様の様式の特色をよく保持し、

この仏殿は重要文化財に指定されています。

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現在の東慶寺本堂・・・。

この建築は、鎌倉内でも

好きな建築のひとつです・・・。


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by y-hikage | 2017-04-03 11:14 | 鎌倉の建築 | Comments(0)