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日日日影新聞 (nichi nichi hikage shinbun)

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先日の日曜日「さあのはらへいこう」 を観た後に、吉村順三記念ギャラリー「浜田山の家展」に行きました。

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1歳児、2歳児、3歳児の子供たちが大人の口も手も借りずに(なかよし会のルールは、「口はチャック、手は後ろ」というように全くといっていいほどに野原で遊ぶ幼児を遠くからみているばかりです)。この映画を観た後に、目白の吉村ギャラリーに行きました。子供の余韻が強く残るなかでの、吉村順三の建築はどんな風にみえるのだろうか。と行きの電車の中で考えました。
吉村の建築は、「動」か「静」か、としたら「静」だと考えます。
それは「強いしずか」。吉村順三はこう言っています。
「先生はいつも建築を組み立てられる前に、空中に漂うというか、浮遊感というか、そういうところにご自分のイメージを描かれるのではないかという気がするのですが」という質問に対して吉村順三はこう答えます。
「だいたい柱はないほうがいいということを考えています。だけど、建築は重さがあるからどうしても柱が要ります。仕方がないから、要らないところに柱を立てないということをずいぶん考えているんだね」
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吉村順三の設計は、静かなので、その物理的な浮遊感を目で感じることは少ないのですが、その心地よさには「宙に浮いた軽やかさ」が空間の中に潜んでいます。
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例をあげると、軽井沢の山荘、NCRビルの階段、浜田山の家、湘南秋谷の家も室内から海を眺めると宙に浮いている印象を受けます。青山タワービルのピロティ、軽井沢の脇田邸、奈良国立博物館、アメリカのロックフェラー三世の家、愛知県立芸術大学の教室棟、インターボイス軽井沢山荘、八ヶ岳高原音楽堂もあの大きな屋根が浮いているように見えなくもありません。
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この浜田山の家は、およそ三メートルの片持ちの床で平屋の家が宙に浮いています。日当たりのこと、駐車スペースのことを考えた結果であるとのこと。でも理屈ではない何かをこの浜田山の家の断面から感じるのです。
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当日はギャラリートークが行われました。当時の設計担当の方の貴重なお話を聞くことができました。浜田山の家の完成は1965年、これは最も吉村的であると宮脇壇は言ってます。(参考文献:吉村順三を囲んで)
by y-hikage | 2011-02-12 20:57 | 吉村順三ギャラリー | Comments(0)
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