井上ひさしさんの芝居「父と暮らせば」を一昨日の夜に一人で観て参りました。たしか三回目ぐらいの観劇。広島の原爆で父や友人を失い、娘は一人引き残ります。「私だけなぜ生きているのか(もっと美しく有能なとても親しい友人が死んでなぜ私は生き残るのか)。私は生きている価値があるのか(友人の手紙と父が私の身代わりになって死んでくれた)。人に恋することも人と結婚することも、生き残った私には幸福になる資格ががない」と思い悩む娘を、生きる勇気と希望を蘇させるために、幽霊になって父は娘と共に四日間共に暮らします。戦争のむごさや、原爆の爆風の恐怖が、広島弁の強くはっきりした言葉で舞台を観る人々の心をえぐりとります。娘はこうも言われました。親しい友人の母親(三日後に亡くなります)を見舞いに行ってその母親に「私の娘が死んでなぜあなたは生きているの?」。これらの役者の言葉は井上さんが広島に行って調べあげた事実の言葉だと思います。ホール前のロビーに井上ひさしさんの直筆の言葉が展示されていましたので紹介します。「知識」ではなく「知恵」といっています。考えれば考えるほど遠くに行ってしまう建築のようです。
歴史は過ぎ去らない
歴史は積み重なる
人はまず姿勢をつくり
次に姿勢がひとをつくる
どんなに少しずつでもよいから
前へ進め
どんなに少しずつでもよいから
知恵をつけろ